飼われる僕。
柊さんかく
理不尽な世界。
なぜ。これを思い浮かべることはいけないことなの?
僕は他のみんなとは何かが違うらしい。お母さんもお父さんも他のみんなもこの世界を当たり前のものとして受け入れている。
でも、僕には不思議でならない。だからお父さんに聞いてみた。
この会話は何十回してきた話なのだろうか。だって不思議で不思議で仕方がないから。
「お父さん、また聞いてもいい?」
「コタロウはいつも同じようなことを聞いてくるな。」
お父さんはいつものように呆れた顔をしている。
「コタロウ」とは僕の名前である。あいつらが僕を呼ぶ名前とは違うようだが、これがお父さんとお母さんがつけてくれた僕の本当の名前である。
お父さんは優しい。どんなに呆れた顔をしていてもいつも質問には答えを返してくれる。しかし、その「答え」とは「真理」には程遠いもので、「この世界で当たり前とされている常識」を僕に再認識させるための作業のようなものでしかない。
だからと言って、僕はお父さんはレベルが低い生き物だとは思わない。なぜならば、それがこの世界では「常識」と言われるような「当たり前」であるからだ。
むしろ、僕自身の方が頭がおかしいのだろう。「なぜ」とか「そもそも」なんてことをいつも考えてしまっているのだから。
もちろん、それは僕も重々承知の上だし、こんな変わり者の僕に付き合ってくれるだけでお父さんはむしろレベルが高い生き物なんだといつも再確認する。本当に尊敬している。
「やっぱり、おかしいと思うんだ。」
この文字列を使うのも何回目だろうか。
「ふー。お父さんの答えはいつもと変わらないよ。それでもコタロウが満足するならそれでもいいが。」
やっぱりお父さんは優しい。
「なんで僕たちはこの檻の中に閉じ込められているの?そもそも、いつも僕たちを見下してくるあの巨人たちは一体何者なの?」
僕にとって一番の疑問を投げかける。
そう、僕たちはこの狭い狭い檻の中で生活を強要されている。それは、「飼育」と表現しても間違いはないだろう。
なんでこんな疑問が思い浮かぶようになったのか、その始まりの記憶はない。いつの間にか、「なぜ」が増えて「なぜ」が「なぜ」を呼び起こすようになったのだ。
だが、考えれば考えるほどこの世界はおかしいと思う。
なぜ何もしていない僕たちがこんな檻の中に閉じ込められているのだろう。
お父さんとお母さんから生まれた時から僕はこの檻の中で育てられてきた。もちろん、育ててもらったのは一緒に檻の中にいるお父さんとお母さんであり、あいつらではない。
あいつらは敵だ。そういう思いがいつの間にか僕の頭の中にこびりついた。
その考えは捨てなさい。それがお父さんの最終的な考え方である。
お父さんは最初の質問に答えてくれた。
「それがこの世界の【当たり前】だからだよ。それ以上でもそれ以下でもない。コタロウもお父さんもこの世界から逃げることはできない。ただ、それだけだよ。」
やっぱりいつもの答えだ。
毎回同じこのやり取りに意味がないと言われてしまったらそれまでだ。けれど、僕があいつらに争うためにはこの会話ぐらいしかできることがなかったのだ。
もちろん、これまでもこの世界から脱出しようと努力をしたことがある。
僕の身長の2倍くらいはある大きな檻の壁。これに何度も体当たりをしたり飛び越えようと必死になったこともあった。
実は一度だけ檻を飛び越えることができたことがあったのだ。
檻の外はさらに大きな壁で囲まれている。見上げてもてっぺんが見えないくらいに高い。ここを乗り越えたり壊すことは現実的ではない。それくらいは当時の僕にも理解できた。
では、どこから脱出できるのだろうか。
できるとすれば、あの巨人たちが出入りしている大きな柵からであろう。僕はその柵に向かって全速力で走った。
お父さん、お母さん、助けを呼んでくるから少しだけ待っていてね。僕は脚で精一杯走った。
目の前で起こる急な脱走劇に驚きの顔を見せていたが、二人には僕を追いかける気力がなかった。もうだいぶ年老いている。体力的なこともあってこの世界を「当たり前」のものとして受け入れているのかもしれない。
しかし、僕の脱走劇は一瞬で終結した。
柵にたどり着くまでに巨人たち何人かが僕を取り押さえたのだ。それからの記憶はない。
気がつくと、元の檻の中で眠っていた。
目が覚めるとお父さんとお母さんが心配そうに僕を見つめていた。
「ごめん。」
僕の頭に最初に出てきた言葉がこれだった。
二人は目をつぶってため息を吐いたように見えた。それは安堵のものだったのだろうが、僕にとっては「諦めなさい」と苦言を呈されたようにも映った。
結局、その事件から僕らを監禁するための檻は強化されることになった。
それからは、お父さんとお母さんのためにも無理はしないと誓った。当時は何も起こらなかったが、今考えれば僕が無茶をすることでお父さんとお母さんに危害が及ぶ可能性だってあったわけだ。
僕の無茶のせいで、両親が拷問にあうことも考えられる。それだけ、あの巨人たちは知能も持っているし、何をするのか分からない恐ろしい存在だ。
当時の僕はなんと浅はかだったのだろうか。
僕はみんなが想像もしない「なぜ」を思い浮かべられる存在だと、自分を高尚な存在だと信じきっていた。
今考えてみれば、きっとこの二人にだって同じようなことを考えた時期はあったはずだ。それでもこの現実を受け入れているということは、つまりそういうことなのだ。
だから、今の僕にできることはちょっとでも知識を増やす努力をすることぐらいなのだ。この会話で知識が増えるとは思えないが、何もしないよりはマシなのだ。
僕は続けて質問をした。
「そもそもあの巨人たちはなんの権利があって僕らをこんなところに閉じ込めているんだ!」
「四六時中監禁しているわけじゃないだろう。一日に一回は外の世界に連れて行ってくれるじゃないか。コタロウが大きな声で騒げば二回外の世界に連れて行ってくれることだってある。」
そう、僕が不思議に思っているのはこの制度なのだ。
お父さんが言うように全ての時間をこの檻の中で過ごしているわけではない。あいつらの管理下で定期的に外の世界に出してもらえることがあるのだ。
僕らには首輪がつけられている。ある一定の時間になったらこの首輪に頑丈な鎖をつけて連れていかれる。そして、この檻から、さらにはあの大きな壁の外の世界へ連れ出してくれる。いや、「連れ出してくれる」と言うのも「あいつらのおかげ」というポジティブな意味になりそうなので訂正する。「連れ出される」のだ。
そして、一つだけわかることはこの首輪は簡素なもので爆弾がつけられているわけではなさそうだ。それだけはこれまでの経験で分かった。
この世界はどれだけ広いのだろう。それが一番最初に外の世界を知った時の感想だ。
壁の中もそこそこ広く、一日中走り回っていられるような空間だったが、壁の外はそんなレベルではない。
しかも、見たことのないものばかり。やっぱり、外には何かがあるんだ。そう思わされるのだ。
しかし、その時間に本当の自由は存在しない。
走って逃げようとすれば巨人と僕をつなぐ鎖がピンと張り首を痛めることになる。巨人は一定のスピードで歩かなければいけない時もあれば、巨人が立ち止まった時には僕も合わせて立ち止まることも。
たまに巨人同士が何かを会話していることも目にする。巨人の言葉は分からないし、巨人の顔の違いなんて分からないし、興味もない。何が言いたいかと言うと、この時間は巨人のための時間なのか僕らのための時間なのかが分からないということだ。
知らない場所を歩いていたり、新しい物を目にしていれば外にいる時間は楽しい時間ではあるが、このどれくらいかかるかも分からない立ち止まる時間は苦痛でしかない。残念なことにいつも決まった場所でその苦痛な時間は起こりやすいのだ。
昔、しびれを切らして僕が大声を上げた時があった。その時の巨人の目を僕は忘れない。巨人同士が楽しく話していたのに、急に僕に向けて見せる目。あの目がトラウマになったので僕は逆らうことをやめた。
巨人の言葉は分からなくても、怒っている空気だけは何となく察知できた。自分のこの能力を恨んだこともあった。
この外の世界では、たまに見かける不思議な光景もある。
基本的には巨人や見たこともない建物や機械が中心なのだが、僕と同じ境遇の仲間を見ることもある。
そう、同じように首輪に鎖をつけられて歩かされているのだ。
僕は必死で声を掛けるが様子は様々である。
なんのリアクションも返してくれない奴がいれば、僕に敵対してくる奴もいる。もちろん、仲良くしてくれそうな奴もたまに見かけるが、そこで結束が生まれることはない。
なぜならば、それをさせないのが巨人だからだ。
少しでも想定外の行動を取ろうとすれば首を痛めることになる。ひどい時にはその場で伏せて目一杯力を込めても引きずり回されることもある。
それだけ巨人の力は圧倒的で、僕たちは無力の存在なのだ。
こうしたことを感じさせるのが、僕の外の世界での話なのだ。
30分から1時間くらいが経っただろうか。檻の中に帰って外の様子をお父さんやお母さんに報告しても真新しいリアクションはない。
もちろん、外に出る体力もないのもあるが、きっと二人にとってはどれも経験済みの話なのだろう。
だけど「外の世界には何かがある」。これは絶対に間違いないことだと思う。なぜ、僕らがこんな訳のわからない巨人に「飼われているのか」。外の世界には僕たちに見られたくない何かがあるのか。そもそも、なぜ巨人がこれだけの力を持っているのか。そして、この世界を作ったのはこの巨人たちなのか。などやっぱり「なぜ」や「そもそも」が果てることはなかった。
僕は質問を続けた。
「じゃあなんで、食事はきちんと用意されているわけ?」
「さあな。だが素敵なことじゃないか。行動の自由が制限されている代わりに十分な食事が用意される。なぁ、コタロウ。こうは考えられないか?例えば、この食べ物を自分で探さないといけないとする。それができなければ空腹で死んでしまうわけだ。そうなった仲間も一定数存在すると聞いたことがある。つまりここは生活を約束された世界とも捉えられないだろうか。」
お父さんの言うことも最もだ。
この世界では定期的な「食事の制度」が用意されている。空腹で困ることはないし、足りない時には大きな声を上げれば追加でおかわりを出してくれる。何と言っても、日によって異なるメニュー。僕は生まれてから病気という病気にかかったことがないのだが、きっと栄養バランスも整えられている食事も理由なのだろう。
けれど、僕の頭をよぎるのは「なぜ」である。
じゃあ、巨人が僕たちを檻に閉じ込める目的はなんなのだ。
昔持っていたのは、「巨人が僕らを食らうために育てている」という考え方である。しかしどうやらそれではないようだ。もし、そうならもっと無限に食事をさせて太らせたりしないか。
昔試したことがあるのは食事を断ることだ。出された食事を拒み続けた。しかし、巨人たちはそれほど困った態度をとることもなく食事を下げ続けた。結果、僕は少し痩せたが何かが変わったわけではない。
本当に悩んだ。実はあの巨人たちはいい奴なんじゃないか。外にある「何か」から守ってくれる存在なんじゃないか、と。
でも納得がいかない僕は、さらに質問をする。
「食事が約束されていることはなんでか分からない。良いことなのかもしれないけれど。じゃあ、なんで僕らはずっと裸なの?あの巨人たちはおしゃれをしたり暖かそうな格好しているのに。」
僕はおしゃれが好きだ。なぜ好きなのか?
実は外の世界で見てしまったのだ。僕らは平等ではないという事実を。外の世界では、同じように首輪をつけられているがカラフルな洋服を支給されている奴がいたのだ。
初めて見かけた時には信じられなかった。すると僕の視線に気づいたのかあいつは僕を見て嫌な笑顔を見せたのだ。ニヤリと。
悔しくて仕方がなかった。けれど、同時にこの世界の理不尽さを痛感する事件でもあった。
その日、檻に戻された僕は巨人に向かって叫んだ。
「僕にも洋服をちょうだい!」
すると、その日は僕だけ食事が支給されなかった。つまり巨人にとって何か不都合なことがあれば、食事や拘束など力を持って僕たちを押さえつけようとするのだ。
けれど一度憧れてしまったものはどうしようもない。僕が何をしても状況をどうにかできるわけではないが、このモヤモヤは一生背負い続けないといけないのだろうか。
お父さんが質問に答えた。
「なんで洋服が必要なんだい?どうやらお父さんたちとあの巨人は身体の構造が違うようだな。あの巨人たちは日によって洋服の種類を変えているようだ。しかし、お父さんたちは寒さも暑さもそれほど感じないじゃないか。それは身体の構造上必要がないということなのだ。裸でも問題なく生きていけるとだ。こう考えてみよう。あの巨人たちよりも我々の方が進化しているのだと。洋服がなければ生きていけないが、我々は洋服なんてなくても生きていける。それでもどうしても暑い時には声を上げれば冷たい水だって用意してくれるじゃないか。それで事足りると言うことは事実だよな。」
何だか理科の授業受けているようだった。
「でも・・・。」
頭ではわかってはいる。洋服がなくても困ることはそうない。けれど僕が言いたいのはそんなことじゃない。
「もちろん、コタロウがおしゃれが好きで洋服を自由に着てみたいという気持ちはわかる。それは、お父さんとお母さんのせいかもしれないな。こんな生活にあぐらをかいてしまっているから。もしかしたら、外の世界に行けばたくさん洋服を手に入れて、日によっておしゃれを楽しめるかもしれないのに。父さんの力不足だ、ごめんな。」
お父さんの優しい顔を見ると、自然と涙が流れてきた。
「お父さんごめんなさい。もうわがままは言わないよ。僕はお父さんとお母さんがいればそれだけでいいんだ。洋服がなくたっていい。裸でも恥ずかしいなんて感情はとっくになくなってるし。ごめんね。」
涙が止まらなかった。僕ら三人は身を寄せ合ってお互いに抱き合った。
それから何時間が経ったのだろう。泣き疲れて僕は眠ってしまったみたいだ。
「起きたのか?」
お父さんが声をかけてくれた。
「うん。さっきはごめん・・・。」
夜になったからお父さんの表情はわからなかった。けれど、優しい顔をしてくれているに違いない。
「コタロウ、上を見てごらん。今日は星が綺麗だな。」
僕は仰向けになって空を見上げてみた。屋根もない檻だからこそ楽しめる極上なのかもしれない。
「きれいだね。」
僕は思わず声が漏れてしまった。
「コタロウが言っていること、思っていることは間違いないよ。確かにこの世界はおかしい。」
初めて聞いた言葉に僕は目を見開いた。お父さんは続ける。
「実は、お父さんたちもなんとか自由な世界を取りも出せないか、今のコタロウみたいにあれこれ考えた時代があったんだ。」
こんなお父さんを僕は見たことがない。一体どうしたのだろうか。
「今の巨人に捕まる前は、実は巨人から逃げる生活をしていたんだ。」
初めて聞くことできっと僕は目を輝かせて聞いていたことだろう。
「雨に当たらないように建物の下に隠れて寝たり、巨人たちの出したゴミを漁って食べ物を見つけたり。ある日思ったんだよ。あー俺ってこんな惨めな生活をしていていいのかな、って。そこで、この町で一番力を持って集団で生活をしていたあいつの元に行ったんだよ。」
僕は生唾をごくりと飲み込んだ。
「それでどうしたの。」
「この世界をひっくり返さないかって相談したんだ。あいつは巨人たちも恐れる身体の大きさと気性の荒さを持っていたから、俺がブレーンになって一緒に抗えば世界を変えられるって本気で思っていたんだ。そしたら、」
僕は真剣な眼差しで表情の分からないお父さんを見た。
「急に攻撃をされたんだ。そのあとは仲間たちから袋叩きにあって大怪我をしたんだ。【この世界に疑問を持てる奴とそうでない奴がいる】あいつはそうでない奴だったんだろうな。俺の存在が自分のコミュニティを脅かされると思ったんだろう。自分の信じている世界を守るだけで精一杯だったんだろうな。」
「それでどうなったの?」
「そこに、巨人たちが集まってきてその場は収まった。あいつらは巨人と戦ったけれど、巨人にかなうはずなんてないからな。全員その場でねじ伏せられた。」
「お父さんは・・・?」
「ああ、俺も巨人にこのまま殺されるんだろうな、って思ったよ。そのまま意識がなくなった。目が覚めると、今の檻よりも狭い箱の中に閉じ込められていた。怪我は治療されていたが、あんな狭い場所に閉じ込められたことにはイラっとしたなぁ。」
「じゃあ、巨人がお父さんの怪我を治して、そこに閉じ込めたの?巨人は何がしたいの?」
「さあな。治療も閉じ込めたことも巨人がしたことには間違いない。ただ、その小さな箱は1つだけでなく上にも下にも横にもたくさん並べられていたんだ。それぞれに父さんと同じように閉じ込められた奴がびっしりと。」
「それで・・・?」
「定期的にあの巨人たちがやってくる。顔の違いなんてよく分からないがきっと違う巨人がやって来ていた。巨人が来ると他の箱のやつらは一様に声を荒げたんだ。」
「お父さんはどうしたの?」
「そこで考えてみたんだ。もしかするとこれは何か試されているんじゃないか?ってね。」
「試されている・・・」
「そこで声を出さずにおとなしくしてみたんだ。すると、その箱から取り出して巨人に抱きかかえられた。その巨人が今、コタロウを含め父さんたちをこの檻に閉じ込めた張本人ということだ。」
「え、よく分からない。今僕たちを閉じ込めてるあの巨人たちは悪いやつなの?」
お父さんは少し間を置いて口を開いた。
「分からない。一つだけ言えるのは、ここはあの小さな箱よりはいい生活ということだ。あの箱を考えたら今の檻の方が広くて心地いい。出される食事も食べられたもんじゃなかった。もっと言えば・・・。」
お父さんは言葉を選んでいるようだった。
「いや、これはその当時の噂だったんだが。その箱に閉じ込められていると、順番に処刑されると言われていたんだ。次は自分の番かもって思ったらあの恐怖はなかったよ。」
「お父さん・・・。」
「だから、今の巨人たちが悪い人間に思えない。それだけなんだ。父さんたちと同じ種族同士で手を取り合って世界を変えることもできない。この世界のどこかには、巨人からもっと辛い仕打ちを受けている仲間もいるかもしれない。ということは、父さんたちはすっごく恵まれているんだろうな。」
僕は涙が止まらなかった。それは昼間に流した涙とは違った種類の涙である。
「もしかすると巨人にも種類がいて、いい巨人と悪い巨人がいるのかもしれないな。けれど、この生活はコタロウにとっては不自由でも世界からしたら【悪くはない】ということなんだ。父さんにはコタロウと母さんを守る義務がある。だから、この生活を守るためには何だってする。あの巨人たちに媚だって売るし笑われたっていいからアホな芸を見せたりもする。」
僕は涙を腕で拭った。こんな気持ちは初めてだ。
「さぁ、夜もだいぶ遅くなっちゃったね。今日はもう寝よう。」
僕は頷くことしかできなかった。お父さんの表情は分からなかったが、これ以上にない優しい表情だったに違いない。こんな優しい表情はあいつら巨人には真似できないのだろう。
次の朝、お母さんの大声で目を覚ました。
「あなた!あなた!目を覚まして!」
僕は目をこすりながらあたりを見渡す。そこには、倒れているお父さんと隣で大声を出しているお母さんの姿があった。
僕はお父さんの元へ駆け寄った。
「お父さん!どうしたの!」
お父さんは、生気を全く感じられない顔で僕を見て言った。
「お父さんな、もう限界かもしれない。年齢も年齢だったからなぁ。」
僕は涙が溢れた。お母さんも涙で声が出せなかった。
「いずれ来るとは思っていたがまさか今日だとはなぁ。二人とも今までありがとうな・・・」
僕は泣きながら大声を出した。あいつら巨人は何をしているんだ。
怪我をしたり、お腹が空いたら助けてくれるんだろう?なのに、なのに・・・。
僕の声に気づいたのか、何体か巨人が集まって檻を囲んでいる。
「おい!お前ら!なんとかしてくれよ。怪我だって病気だって直せるんだろう。お父さんを助けてくれよ!」
しかし、巨人たちは何もしてくれない。
僕は涙を拭ってさらに声を上げようとした。僕はびっくりした。巨人たちは一様に涙を流していたのだ。感情なんてないと思っていたあの巨人たちが。
「泣いてる暇があったらなんとかしてくれよ!本当に頼むよ。お願いだよ。」
だが巨人たちは何もせずに泣きながらお互い身を寄せ合っていた。
きっと、巨人たちには分かっていたのだ。これが死であり、自分たちには何もできないことを。
「なんなんだよ、お前ら・・・」
僕の漏らした小さな言葉なんて世界にはなんの影響もないのだろう。
時には檻に閉じ込め、時には食事を与え、時には外の世界に連れ出す、時には理不尽な死を要求する、時にはお父さんのために涙を流す。
「僕らみたいに涙を流せるならなんとかしてくれよ・・・」
止まらない涙を拭っていると、お父さんが目を閉じたまま小さな声を出した。
「コタロウ、一つだけ言い残したいことがある。」
「お父さん、もう無理はしないで。」
僕の声は虚しく、お父さんは最後の力を振り絞って最後の声を出そうとする。
「その小さな箱で・・・他の仲間から聞いた・・・話なんだが・・・父さんたちは・・・巨人たちから・・・イヌと呼ばれる・・・存在らしい・・・」
お父さんはその言葉を最後に静かに目を閉じた。
僕もお母さんも、その場にいる巨人たちも静かに泣いた。
そう、僕たちは犬なのだ。
飼われる僕。 柊さんかく @machinonaka
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