第134話 聖女の祝福

 翌日、ヴィムは昼前くらいに起き出した。

着替えを済ませると、ハナたちと王宮へと向かう。


「王妃様、目を覚ますといいですね」

「ああ、そうだな」


 ハナと話しながら歩いていると、王宮へ到着した。

王宮の門番はいつもの騎士だったので、そのまま顔パスで通してくれる。


 そして、王宮に入るとそこには陛下とエリンの姿があった。


「待っていたぞヴィムよ」

「お帰りなさい。ヴィムさん」

「ヴィムのことだから早急に動いてくれるのだろうと思ったが、まさかこの短期間で聖女の祝福を手に入れてしまうとはな……」

「さすがですね」


 ヴィムが王都を立ってからまだ三日しか経過していない。

このスピードは本来あり得ないだろう。


 あのクラスの迷宮なら、攻略に一ヶ月かかるなんてこともザラにある。


「今回は多少無茶してでもスピードを重視しました。時間がありませんでしたから」

「本当にありがとう」

「お礼はまだちょっと早いですよ。早速、王妃様に使ってみましょう」

「ああ、こっちだ」


 陛下とエリンを先頭に王宮の中を歩いていく。

そして、王妃様の寝室へと足を踏み入れた。


「ヴィム、頼めるか?」

「わかりました」


 ヴィムはマジックバッグの中から、手に入れた《聖女の祝福》という最上級の聖水であり、どんな状態異常でも回復するという聖水を取り出した。


「それが、聖女の祝福か」

「ええ、そうです。一本しか手に入りませんでしたが、十分でしょう」


 逆を言えば、あのクラスの迷宮に一本しか無いほどの高価なもので、もう二度と手に入れることは出来ないかもしれない。

モール大迷宮でずっと手に入る保証はどこにも無いのだ。


「では、始めさせて頂きます」


 ヴィムは王妃が眠っているベッドのすぐ隣に立った。


『力よ無に帰せ』


 まず、王妃にかけられている時間停止の死霊術の効果を解いた。

時間を停止されている状態では、聖女の祝福の効果を発揮できない可能性がある。


「ハナ、手を貸してくれ」

「了解です」


 ハナの手を借りて、王妃の上半身を起こす。

そして、聖女の祝福の栓を抜いた。


「頼むぞ」


 ヴィムは王妃の肩甲骨付近にある、赤黒い魔法陣に少しずつ聖女の祝福をかける。

すると、悪魔の祝着は徐々に消えていく。


 聖水を全てかけ終わると、悪魔の祝着は完全に姿を消した。

そして、王妃様の目がゆっくりと開いた。


「あなた、エリン……」

「シャルメル!」

「母上!」


 エリンは王妃に抱きついた。

そして、陛下は二人を一緒に優しく抱きしめている。

その目には一筋の涙が流れていた。


「あなた、その方々は?」

「そうだ、紹介しよう。彼が《深淵の魔術師》ヴィム・アーベルとそのお仲間だ」


 陛下は一人ひとり、王妃に紹介してくれた。


「この者たちが、命懸けで聖女の祝福を手に入れてくれて、シャルメルを救ってくれたのだ」

「聖女の祝福、そんな高価なものを私のために……」


 そう言うと、王妃はベッドから立ち上がる。


「本当にありがとうございました」


 王妃はヴィムたちに頭を下げた。


「頭を上げてください。僕はただ、もう二度とエリンの涙を見たく無かっただけですから」


 ヴィムがそう口にすると、王妃は驚いたような表情で見つめてきた。


「そういう男なんだよ。ヴィムという男は」


 その様子を見ていた陛下がフォローを入れる。


「王妃様、まだ回復されたばかりですので、横になっていてください。この僕が調合したポーションを置いていきますから」


 マジックバッグの中から体力回復のポーションを四本取り出して、ベッドの横に置いた。


「すまないヴィム、それをちょっと見せてくれんか?」


 陛下がポーションに視線を落として言った。


「ええ、構いませんよ」


 そして、陛下がポーションの入った瓶をじっと見つめる。


「これ、ただのポーションでは無いよな?」

「まあ、そううですね。僕の魔力が込められているので、市販されているものより効力は高いかと」

「君ってやつは……」

「どうかしました? 体に害はありませんよ?」

「そんなことはわかっている。ただ、これは国宝級の回復ポーションだぞ……」


 確かに、これと同じ物は王宮の薬師でも作れない。

これにはヴィムの魔力か、それと同等な魔力が必要なのだ。


「そうなんですか? でも、僕なら何本でも作れますから、差し上げますよ」

「そうだな。これは、ありがたく頂こう。私はヴィムと話してくる。シャルメルはまだ休んでいな」

「わかりました」

 

 王妃はベッドに横になった。


「お大事に」


 ヴィムたちはそう言うと、応接間へと移動した。

そして、陛下とエリンの対面のソファーに腰を下ろす。


「今回の事、本当にありがとう。また、妻と話すことができて嬉しくてたまらない」

「ありがとうございました!」


 陛下とエリン王女は頭を深く下げた。


「二人とも頭を上げてください。前にも言いましたけど、僕は口だけのつもりはありません。誰かを守ると言うことはその人の居場所を作ることだと思います。僕は、陛下とエリン王女と王妃様の居場所を作っただけです」

「本当に、君は頑固だな」

「陛下には負けますけどね」


 このレオリア国王も相当な頑固者だ。

曲がったことは許さないし、自分の正しいと思った道を進む。

その進む道がいつも正しいので、民はこの国王について行くのである。


「今回の褒美は何がいい? 望むのなら、爵位でも金でも領地でもやるぞ」

「爵位もお金も領地も要りません」

「しかし、それでは王家の名が折れる。何かさせてほしい」

「陛下にお願いがあります」

「なんだ?」

「レオリア王国に、魔術学院を、魔術を専門的に学べる教育機関を設置しては頂けないでしょうか?」


 この国には、騎士学院という騎士を志す者が通う教育機関がある。

しかし、魔術を専門に学ぶことができる教育機関は存在しない。


「わかった。我が国に、魔術学院を設置することを約束しよう。でも、そんなことでいいのか? ヴィムにはなんの得もないように感じるが」

「いえ、未来の魔術師を育てるのも、二つ名を持った者の役目だと思いましてね」

「ヴィムのそういう所が気に入っているんだ」

「ありがとうございます。では、我々はこれで失礼しますので陛下とエリン王女は、久しぶりの王妃様との時間を楽しんでください」


 そう言って、ヴィムたちは王宮を後にするのであった。

この時、ヴィムは後に王妃を救った英雄として王家に語り継がれることになるのだが、この時はそんなことを知る由も無かった。

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