永遠は真実の愛/2
妻が少しだけ振り返ると、部屋のドアの前にいきなり男が立った。
「颯茄さん、素敵っす!」
やけに調子だけよく、やんややんや言うだけで、さわやか好青年の笑みを見せるばかり。妻は夫にペナルティを課す。
「いやいや! 褒めてないで、助けてくださいよ!」
そうこうしているうちに、部屋の窓際に、両腕を組んですらっとした夫がふと立った。完璧と言わんばかりのファッションセンスで、足元はゴスパンクのロングブーツ。土足――。
神さまルール、その三。
――神さまの世界は汚れというものは存在しない。つまり、床に土埃はつかない。さらに素晴らしいことで、洗濯機がいらない。洗濯という家事は存在しない。
モデルばりに足をクロスさせている、その夫はバカにしたように鼻でふっと笑い、
「毎日毎日、同じ罠にはまるとはな。所詮人間のお前の頭はガラクタだな。ふんっ! 神に触れられているだけ、光栄だと思え」
「カチンとくるな!」
何事でも極めれば、得るものはあるわけで、現実に具現化する神々――。つまりは彼らに触れるわけだ。これは、霊感持ちの颯茄だけのルール。
しかも、これも特別ルール。
――彼らと颯茄は結婚している。いや、結婚されていたが正しい。
地上と違って、ただの紙切れの結婚ではない。魂――心を交換するという儀式を行なっている。この世界で言えば、血や遺伝子がつながっているのと同じ。れっきとした家族である。
というわけで、神であろうと、人間であろうと立場は対等だ。ひねくれ言葉を浴びせた夫を、妻はきっとにらみ返してやった。
すると、その男が立っている脇の窓ガラスに、がたいのいい男が映り込み、しゃがれた喧嘩っ早そうな声が、別の夫に話しかけた。
「おう。てめえ触ってねえじゃねえかよ。いいのかよ? いっつも暇さえありゃ、胸とか触ってんだろ?」
ウェッスタンブーツで現れて、また土足だ。どうなっていやがる? 神さまである夫どもよ――! ちょっと待った。今の話は聞き捨てならない。
夫婦でする会話は夜色になりかけて、未だに抱きつかれている妻は、急に慌て出した。
「あ、あれ? なんでそっちに話が飛んでしまって……」
すると、すぐ近くから地鳴りのような低い声が、真面目に回答する。
「さっき触っているのを見た」
――神さまルール。いや、我が家のルール。
夫婦間での隠し事はしない。
「いやいや! 何を勝手に答えてるんですか!」
妻は動けないなりに、今は健全なシーンだけにしてほしいと願った。夫婦にはいろいろ秘密はあるもので、他人には聞かせられな――
「また、してたんでしょ? 夕飯前に帰ってきたみたいだから。もう二時間近くになる。少なくとも一回は終わってるよね?」
白い着物――いやモード系ファッションで妻に抱きついている夫が、月明かりが入り込む窓辺にいつの間にか立っていた、逆三角形のシルエットを見せる男に聞いた。
「えぇ。リビングに入ってすぐに、瞬間移動でこちらの部屋へきましたからね」
「キミにしては珍しいね。簡単に答えてくるなんて」
うちに秘める激情を、クールな頭脳で抑えているみたいな、夫二人の修羅場のような緊迫した会話が飛んだ。
殺人事件の犯人探しをする場面で、主人公の探偵が二人一緒に誤って出てきてしまったように推理が繰り広げられてゆく。
「帰ってきたみたいという言葉から、子供たちに聞いてきたという可能性が高い。大人ならば、きちんと時刻が言える可能性が高いですからね。そうして、終わった頃を見計らって、あなたはこちらへきた。何か用があるのではありませんか?」
「そう。でも、それはボクだけじゃない。そうだよね?」
聡明な瑠璃紺色の瞳は、実はさっき廊下の窓ガラスを鏡のようにして、しっかりターゲッティングしていた、女性的な夫を見た。
「うふふふっ。バレてしまいましたか〜。僕も話に参加したかったんです」
身の毛もよだつような含み笑いなのに、語尾がゆるゆると伸びていた。ガタイのいい夫が疑いの眼差しを、逆三角形のシルエットを作る夫に投げかける。
「二時間で一回きりってか? 今日は少なくねえな」
「いいえ、三回です」
王子のように気品高い声なのにしれっと否定し、正確な数字を告げた。鼻にかかった声を持つ夫はゲンナリした顔をする。
「日に何回する気なんだ?」
「よいではありませんか。彼女は私の妻なのですから」
教会へ昼間行っていた夫が、優雅な惑わせ感のある声で綺麗にしめくくる、神と人間の性生活を。
というか、古い密教か何かの、打楽器が激しく鳴る焚き火の前で、トランス状態になるまで踊り続け、行われる神に捧げる性的な儀式みたいな言い方をした。
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