04

「ただいまもどりま」

「遅えよ! つうか今日何してたんだ!」

 吸血鬼が部屋に入るなり鬼の怒声が飛んだ。手を後頭部にやり、吸血鬼は立っていた三人から視線をそらす。鬼をなだめて魔女が顔を上げた。

「でも無事でよかった……やっぱり迷った?」

「あーう、うん。まあそんなとこかな」

 明らかに不自然に顔ごとそらす吸血鬼だったが、魔女は苦笑して立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ夜ご飯の支度してくる」

「あっ、ねえねえ先輩方」

 切り出した吸血鬼に部屋を出る寸前で立ち止まる。

「さっき、椅子に座ってる人間の男の子を見たんだけど……あの子って」

 続けようとした吸血鬼は三人の視線に言葉を詰まらせる。


「……吸血鬼、以降あの部屋に近づかないでください」

 狼男は忠告をすると、吸血鬼から目を離した。

「何で……」

 じっとこちらを見てきた狼男に吸血鬼は足を引いた。

「わ、分かりましたっ!」

 背筋を伸ばして敬礼をする。横に立っていた魔女は体から緊張を解いて、改めて部屋を出ようとする。

「そうだ、魔女先輩」

 吸血鬼に呼び止められて振り向いた。

「どうしたの?」

「前に聞いたんだけどさ、魔女先輩って人間のアンデットなんだよね」

 真っ直ぐと見てくる吸血鬼に、魔女は茫然とした様子で頷いた。

「うん、そうだけど……」

「じゃあさっ、魔女先輩には名前があるんだよね?」

 再び一同の視線が吸血鬼に集まった。緊張して吸血鬼は三人を見回し、前方の廊下に立っている魔女へ視線を戻す。

 こちらを向き直し、魔女は笑みを作った。

「私、生前のことほとんど覚えてなくって……あった気はするけど分からないや」

 あだ名が魔女だったことは覚えてたんだけど、と苦笑いする。

「でも、急に何で?」

「や、た、単なる好奇心の類だよ。ありがと」

 礼を受けて首を傾げつつも魔女は前を向いて歩き出した。

 ろうそくの灯る廊下の角に魔女の姿が消える。


 廊下の奥を見つめる吸血鬼の背中に鬼が声をかけた。

「……テメェ、まさか人と」

「私ちょっとトイレ行ってくるよ、じゃっ!」

 みなまで聞かずに大声で宣言して吸血鬼は廊下を走り出す。





 窓の無い扉を閉め、便器の方を向いて吸血鬼はスカートの下に手を入れた。

 吸血鬼の魔力で壁のろうそくが灯り、便器に火の灯りが映る。

「はあ、バレるとこだったよ。危ない危ない……」

 スカートをたくし上げて真っ白なパンツに指をかける。

「緊張したら本当にしたくなってきちゃ……」

 かけた指を外して上げたスカートを元に戻した。便器のみの狭い部屋の中を天井から床まで入念に見回し、首を傾げる。

「……まあ、ちょっとくらいの覗きは見逃してやろう……」

 便器の方を向き、再びスカートをたくし上げる。


「そこだなっ!」

 勢いよく振り向くもそこには窓の無い扉しかなかった。

「な、なにコレ……ホラー系のどっきりかなー?」

 笑みを浮かべた口角を引きつらせ、便器の前で両手を腰に当てた。

「ここ、こんなもので私が動揺するとでも思ったか! したけど!」

 声は狭い室内に反響することも無く消えた。

 吸血鬼のドヤ顔が、次第に不安げな表情に変わっていく。

「あ、あのー? 動揺したのでそろそろ……」

 室内は静寂に包まれていた。ただでさえ白い吸血鬼の顔から血の気が引く。

「だっ、誰!? 覗きは変態というか犯罪だよ!?」

 声は前方の壁にぶつかるのみで、吸血鬼は背後の扉に手を当てて床にへたり込んだ。

 体を震わせて縮こまらせ、片手で握った黒と赤のワンピースに涙が染みる。

「やだ……見ないで……」

 両手で頭を覆い、狭い室内の角に身を寄せる。

「お願い……もう、独りにして」

 ろうそくの灯りが消えて部屋の中は暗闇に包まれる。







 背面の窓から明かりの漏れる室内。

 長机に並んで座る三体のゴーレムが、中央の宝箱をじっと見ている。

「じ、自分は西の砂漠の方から来ました、特技は擬態です!」

 宝箱の自己紹介をゴーレムは手に持った紙を眺めつつ、頷きながら聞く。

「西の砂漠というと……例の研究所出身ですかね」

 中央の体の大きなゴーレムの質問に、宝箱は身を跳ねさせてやや縦長になる。

「い、いえ。ですが両親がそこの出身だと申しておりましたっ」

「ほう、二世の方ですか。それはいい」

 右ゴーレムのコメントに宝箱の蓋が開いて笑みを浮かべるかのように左右に湾曲した。左のゴーレムは顔をぴくりとも動かさず、目を細めて宝箱を凝視している。

「でしたら、特技の方を……ん?」

 紙をめくった中央ゴーレムの反応に宝箱はモチの如く縦長になる。

「幹部にミミックの方が既にいらっしゃいましたね……では不採用で」

 中央ゴーレムの判断を受け、左右のゴーレムが席を立って宝箱を掴み上げる。

「えっ、そ、そんな理不尽なっ」

「だって呼びづらいじゃないですか」

 連れ出される宝箱もといミミックの断末魔を無視して扉の方を向いた。

「では次の方ー」

 ノックの後に扉が開き、水色の毛の大型犬が扉の隙間から頭を下げる。


 部屋の中央でおすわりした水色の犬を見て、紙へと目を移す。

「おや、雑務希望ですか。種族はスライム……これまた珍しい」

 紙に書かれた情報を読んでいた中央ゴーレムが顔を上げた。

「ああ。ここではお気になさらず、楽な形態に」

 突如聞こえた甲高い悲鳴に、ゴーレム三体は席を立つ。

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