伝説の勇者が盗賊に世界救えとか言ってきた
伊藤 黒犬
第一編 やっぱ勇者向いてなかったと思う
01
遥か昔より語り継がれている伝説があった。
『魔が生まれし時、一筋の赤い髪と勇気を持つ者がそれを打ち払うであろう』
その通り勇者は魔王を倒し平和をもたらした。
だが二年後、遺書を残して、勇者は伝説の剣と共に失踪する。
これは勇者失踪から更に二年後の物語。
新たな脅威により、人類は再び危機に陥っていた――
木陰で眠っていた青年が目を覚ます。
鉄鎧の兜だけを被ったその姿は、まさしく不審者。
「…………はあ」
青年は体を起こし、被っていた兜の下で目をこすった。
と、同時に腹が鳴る。
「……腹減ったな」
大あくびをしながらズボンのポケットに手を入れる。取り出されたのは銅で出来た硬貨が三枚、反対のポケットに手を入れてみるもそちらは空だった。
「まじか……さしもの俺でもそろそろ断食はきつい、よな……」
連続して鳴り続ける腹をさすり、よし、と独り頷く。
「出来れば避けたかったが、ここは最終手段を……」
言い終える前に背後から流れてきた煙を吸い、青年は倒れて木に兜をぶつけた。
煙の中で鈍い金属音が響く。
片腕から煙を上げつつ、グーサインをする猫耳猫しっぽのメイド服の女。
「サクセスっと……さて、早速こいつを連行するにゃ」
熟睡している兜の青年を軽々と肩に担ぎ上げる。
うららな晴れ空の下、猫耳の女は南の方角へと歩き出した。
「可愛い妹の頼みとあらば……でも、どういう意図にゃ……?」
妹の行く末を案じながら。
天井付近の窓から光が差し込む地下室。
床に並んだ二皿のケーキを、上着を着た少年は眉間にしわを寄せて眺めていた。
「……やっぱりこれ……明らかに大きさが違うような」
少年が首を傾げ、バンダナに通された一本結びの黒い髪が横に垂れる。
「……せめて、じゃんけんして勝った方が」
提案も聞かずに、横から伸びた太い手が大きい方のケーキを持ち上げた。
少年はあっと声を上げ、素手でケーキを持って口にクリームを付けてほおばる中年男の方を見た。茫然としていたその目は、次第に恨めし気なものへと変わっていく。
男はケーキを飲み込んだ。
「まーまー、男がそんなこまけえこと気にするなって」
手で口元のクリームをこすり落とす。
「気にするよ! だって、おやつがケーキの日って滅多にないんだよ!?」
男を睨んでいた目を皿に移し、雑に切り分けられた約二口大のケーキを、少年はフォークで少しづつ切り分けながら大切そうに口にする。
「まあ……俺も二歳児相手に大人げなかったかもな」
「十七だよっ!」
あっという間に皿の上のケーキを食べ終え、少年はフォークを口にくわえたまま膝を抱えてそっぽを向く。その様子を茶髪の少年が横で不安げに見ていた。
まだ手を付けていない自分のケーキを差し出した。
「……パタ、俺のやるよ」
明らかに年下な茶髪少年の気づかいに、パタと呼ばれたバンダナの少年は慌てて首を横に振った。結わえた髪が横に揺れる。
「いっ、いいよ!」
「良かったなーパタ、優しい十五歳のお兄さんがいて」
パタは振り返り半分涙目で男を睨みつけた。
「何だ、やるのか?」
言葉とは真逆に男の表情はこわばり、手でパタを制しながら後ずさっていく。
茶髪少年は一触即発な空気のパタをなだめつつ視線で男に注意する。
だが男の視線は茶髪少年より上の方へ向いた。
「おお。今日のケーキ、最高にうまかったぜ」
突如声色が変わった男に少年二人も振り返ると、くるくるとカールした金髪の女が微笑みながら立っていた。
「良かった。ところで、パタ……ボスが呼んでる」
えっと声を漏らし、パタは顔を上げた。
「ルノも」
ルノと呼ばれた茶髪の少年も顔を上げ、やや不安げに少年二人は顔を見合わせる。
「……パタの、初任務」
しかし金髪の女の言葉にパタは即座に立ち上がった。表情が一気に明るくなる。
「ほっ……本当!?……い、行ってくる!」
「あっ、パタちょっと」
ルノを置いて、パタは奥の部屋へと駆けて行った。
「あいつ……大丈夫なのか……?」
中年の男は腕でクリームを再度拭い、やや心配そうにパタを見ていた。
それは中年男だけでは無く、金髪の女も同じだった。
「やっと、僕も皆と一緒に行けるんだ」
意気揚々と、期待に満ちた笑顔でパタは扉をノックした。
真っ暗な森の中を通り抜ける二つの人影。
「パタ、左に回れ。俺が右から紐を狙う」
紐を切るための小型ナイフを手に、ルノは馬車の右側へと回った。パタは頷いて足音を忍ばせながら左側の茂みに身をひそめる。
ランプの灯りの中、馬車に寄りかかって兵士が寝息を立てている。
その裏側からルノはそっと近づいて行って、馬車の紐を解こうとナイフを立てた。
上から降ろされた網がルノを捕獲する。
「かかったな」
木の陰からもう一人の兵士が姿を現した。ルノは突然のことに混乱しているのかナイフで網を切ろうとしない。
「ルノっ!」
隠れていたパタが茂みを飛び出してルノの網を切った。だが今度はパタが寝ていたはずの兵士に後ろから腕を掴まれる。
「るっ、ルノ逃げて!」
茫然としていたルノは兵士に掴まれそうになり咄嗟に木々の闇の中に逃げ込む。兵士はちっ、と舌打ちをしてパタを馬車の中に押し込んだ。
「こいつだけでも連れてくぞ」
兵士二人は馬車に乗り込み、眠っていた馬を鞭打って風のような速さで森の中から去って行った。
「ぱ、パタ」
馬車のわだちの上に出て来て、ルノは去っていく馬車をいつまでも見つめていた。
その目は、酷く何かを恐れているよう。
「…………たっ……助けねえとっ」
馬車を追って、ルノはわだちの上を走り出す。
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