第23話 ラーメン
夜の帳を背に、雨が降っていた。
吉祥寺駅公園口に隣接するビルから、行列が伸びていた。一階のマクドナルドを過って、地下へと続いている。階段の壁に取り付けられた電飾看板には「グルメタウン」と書かれており、そこを降りると小規模なインド料理店と喫茶店、そしてラーメン屋が軒を連ねていた。
行列の先はラーメン屋だった。白い蛍光灯の下で、行列の先頭に立つ中年男性が外の雨音を耳にしながら赤い立ち灰皿に吸い殻を落とし、懐からマルボロの箱を取り出していた。
店を、ガラスの壁と引き戸がL字型に仕切っている。十席程度のカウンターでは、男たちが冷えた身体を縮こませて自分のラーメンを待っていた。
カウンター内、厨房の茹で釜はぐらぐらと煮立ち、三玉分の麺が踊っている。肥満体の店主が湯切りザルを通し、一玉分ずつを目分量で湯切りしていた。
「大将、ビールとチャーシュー」
「あいよ」
低い声で頼んだのは、カウンターの真ん中に座るアレクだった。
厨房の後ろにいた奥さんが、店裏の冷蔵庫から氷水で冷えたビール瓶を取り出す。ポケットから取り出した栓抜きで瓶の王冠を三回叩き、引っ掛けると一息に抜いた。
カンカンカン……ポン! という一連の音に感嘆しつつ、アレクはビールを待っていた。すると、
「奥さん、グラスは二つね」
彼の左隣に座る青年が、澄んだ声で口を挟んできた。
「はーいっ」
奥さんが威勢よく返事した。アレクは、隣の青年を見た。
「お前……!」
「俺だと気付かなかったのか? 梗治?」
青年は、アレクにそう言った。
「へ、死体が喋ってらぁ」
「死体じゃない。正真正銘の折笠悠さ」
「お前の保険金から報酬をもらう予定だったんだがな」
アレクはサングラスを外して、琥珀色の瞳で親友を見た。十年ぶりに会う折笠悠は、少し頬が落ちていたが、昔と変わらない優しい顔をしていた。アレクは、悠の整った眉と凛々しい瞳に安堵を覚えた。
そこに「お待たせしました」と奥さんが席の後ろからビール瓶一つと小さいグラスを二つ、アレクと悠の前に置いてくれた。
「ありがとう」
悠はそう言うと、瓶を持ってアレクのグラスに注いだ。次いで、自分のグラスにも注ぐ。スーツ姿の悠は、睫毛が長く、整った顔立ちをしている。眉にかかるくらいの前髪を適当に分けており、背は日本人の平均程度だった。
客にラーメンを出し終えた店主が、豚バラで作った薄切りのチャーシューを小皿に重ねていく。二人は、つまみが出る前にグラスを合わせて、一息で空にした。
二杯目を注ぐ間に、お待たせです、と店主がチャーシューの小皿を出した。アレクが早々に割り箸を取る。悠は箸を取って歯で咥えると、右手で引っ張ってそれを割った。
「君の婚約者――寄道由紀子が言ってたぞ。君のぐちゃぐちゃの死体を見たってな。
ありゃ嘘だったわけだ」
「由紀子に殺されかけた」
「……由紀子が? 婚約者だろうに」
彼の脳裏に、先刻の由紀子が浮かぶ。
――紫苑と可奈を会わせないで。
その言葉の真意は分からない。ただ、結果としてあの言葉は正しかったのかもしれない。紫苑と会って菊本可奈は殺人鬼と化した。トラックに飛び込んだ可奈は、可哀想だった。
「そうだけど、由紀子が俺を殺そうとしたのは本当だ」
「じゃあ何か? 由紀子がオートメイドだって言いたいのか」
「彼女とは、本当に結婚するつもりだったんだ。それが、式の三日前に彼女の部屋で殺されかけたのさ。まあ、一から話しておこう」
悠はそうして、言葉を紡ぎ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます