MIGHTY MIND ~マッチョになって帰国したら親友が殺されたので、少女と殺人セクサロイドを追うことにした~
山門芳彦
プロローグ
プロローグ 十年前の別れ
「ね、寂しくない?」
彼女にそう訊かれて、
梗治と肩を並べた彼女は、口を尖らせた。
「もう会えないかも知れないんだよ?背ぇ高いくせに、ハッキリ言わないよね」
「背は関係ない」
「関係ある」
「何で?」
「私が関係あるって言ったら、大ありなの」
そう言って、彼女は吹き出した。
「自爆かよ」
「だって、言ってて可笑しいなって」
「そりゃ可笑しいよ」
梗治もつられて笑い、会話は途絶えた。
その沈黙が嫌で、他愛ない話でも振ろうとしたら、プラットフォームにアナウンスが響いた。中央線の東京行きが到着しようとしている。
「あ、お兄ちゃん」
「わりぃ、遅くなった」
梗治の同級生で、彼女の双子の兄―― 折笠悠が遅れてきた。
梗治は吉祥寺駅に電車が来るまでの間、身長一八五センチの視界で高架駅からの景色を見回した。
駅前のロータリーを囲うようにビルディングが立ち並び、シネコンの大型ビジョンには、
キャリーバッグの取っ手を握りしめる。梗治の両親はひと月前にアメリカに引っ越していて、梗治だけが中学の卒業式まで日本にいた。これから電車に乗って空港へ行く。
オレンジバーミリオンの十両編成が風を起こして、梗治の頬を打った。ブレーキの金切り声が収まるとドアが開き、梗治は一歩、踏み出した。
「…… 本当に行っちゃうの?」
梗治はその声に振り向いた。悠は好青年らしく微笑んだが、彼女は寂し気だった。肩口まで切った癖のない黒髪を弾ませて、梗治に寄ってくる。
「梗治。離れたくないよ」
「大丈夫だよ。ハイスクールを卒業したら、きっと日本に戻ってくる」
梗治はそう返したが、確信はなかった。
梗治は電車へともう一歩進んだ。言いようもない切なさに、ため息が漏れた。
「連絡してね。向こうの生活をアップしたら、必ず反応するから」
「ああ。じゃあな、悠も元気でな」
梗治は、悠に目を合わせた。悠が少し頷く。
梗治はキャリーバッグを持ち上げて電車に乗った。生まれつきの茶髪を掻き上げて、二人に手を振った。
ドアが閉まります。ご注意ください――アナウンスが響くと、彼女が梗治の名を叫んでドアに駆け寄った。
梗治は、閉じられたドアのガラス越しに、彼女の潤んだ瞳を見た。彼女の口が動き、何かを言い残す。だが、その言葉は梗治の耳に届かなかった。
電車が重いモーター音を鳴らして、ゆっくりと吉祥寺駅を離れていく。梗治は、思わずドアに手を当てて、窓に顔を寄せた。
遠ざかる彼女の顔を、最後までみたかった。彼女は何度も口を動かしている。
遂に、梗治の親指大まで小さく見えても、全身を揺らして叫んでいた。
ドアの窓から彼女が見切れ、梗治はスマートフォンを取り出した。暗い画面に、自分の
中学の三年間を、梗治と悠と彼女は仲良く過ごしていた。親の都合でアメリカに行くことが無ければ、このまま吉祥寺の街で青春を送っていたはずだった。
梗治は、スマートフォンで卒業式の写真を表示した。
「卒業おめでとう」と描かれた黒板を背に、学ラン姿の梗治と悠、そしてセーラー服の彼女が笑顔で写っていた。梗治は胸の奥に湧き起こる感情を理解して、心の中で呟いた。
――俺は、彼女の事が好きだったんだ、と。
事件が起きたのは、梗治が日本から離れて九か月が経ったクリスマスの夜だった。
家族でささやかな食卓を囲むなか、梗治がそれとなくテレビを点けると、見慣れた街が映っていた。
東京の吉祥寺だ。――なんだ? 画面下のテロップは、「TERROR《テロ》」と読めた。梗治は、急ぎスマートフォンでSNSをチェックした。
写真、動画、テキスト――画面の上から下へ、なだれ込む情報によると、〈粉砕者〉を名乗るテロ組織が吉祥寺で人々を拉致しては虐殺をしているということだった。
残虐な映像は即刻削除されたようで、テロ組織の詳細も分からない。
梗治は、偶然見つけた一分弱の動画を再生した。
ブレが酷くて内容は分からなかったが、重機のエンジン音と断末魔がうるさく、街は酷く混乱しているようだった。
――悠は、彼女は無事なのか。
梗治は食卓を抜け出して、折笠悠に電話をした。
しかし、その日はずっと電話がつながらなかった。
数か月経って、ようやく向こうから電話が来た。
「もしもし? もしもし!」
『……梗治か?』
「悠だな? 生きてるんだな!」
『……俺はな』
「え?」
梗治は、悠の含みのある言い方に戸惑った。
『あいつは――』
死んだ。妹は、テロ組織に殺された。
折笠悠は、震える声でそう言った。
「どうして!」
『連中が無差別に人を殺して……それで』
梗治は何も返せなかった。ただ、やるせなくて仕方なかった。
自分にできることは、何もなかったのだろうか。
梗治は日本を離れても、彼女を想わない日はなかった。
だが、想いだけで、人は守れないのだ。
彼女は死に、梗治は太平洋を跨いだ先で生きている。
まるで、危機を知った上で、自分だけ都合よく逃げたみたいだった。
梗治は電話を切り、あの日の別れを思い返した。
彼女の肩口までの黒髪と、潤んだ瞳と、愛らしい唇の動き。
あの時、言うべきだったのだ。好きだと。愛していると。
後悔の念は拭えそうに無かった。
心臓にぽっかりと空いた穴が、どくどくと痛みを訴えて止まなかった。
それから、十年の時が過ぎた。
『……みなさま、着陸態勢に入りました。シートベルトを緩みのないよう、しっかりとお締め下さい。小さなお子さまは……』
客室乗務員のアナウンスが、彼の意識を現実へと引き戻す。
彼はサングラスの下でゆっくりと両目を開いた。
まどろみを抜け出したばかりの湿った息を吐いて、筋肉質な巨躯をせまっこいエコノミークラスの席でくねらせてから伸びをした。
「あの子の名は、何だったか……」
彼は胸に手を当て、夢の中で見たかつての想い人の名を思い出そうとした。が、この十年の仕事の苦労が強すぎだせいか、思い出せなかった。
彼はひざ掛けにしていたレザージャケットを羽織り、オールバックの茶髪を掻き上げてサングラスを外すと、琥珀色の瞳で窓の景色を見下ろした。
夜闇の中に、綺羅星が集まって金色に輝いている。
それは、空から見える人の営みであり、今なお労働者の命を吸って豊かであろうとする、
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