18.「早速、ホームセンター行くぞ」
まっ平な青空と、無限に広がる灰色の地面と――
「――シロイ! おっせーよ! 遅すぎてゴソーがオネムになってんぞ!」
「ね、寝て……、ない、もんッ!」
無駄にだだっぴろい屋上、私の目に映る光景、
地べたにあぐらをかいて、だらしない姿勢で怒号をまき散らす雷太くんと、顔を真っ赤にしてふくれっ面を披露する五奏さん。
……五奏さん、なんかカワイイ。デス声やばいし。噂と、全然違うんだけど――
ついでに、相変わらずの能面ヅラで、我関せずとあさっての方向に目をやっている新の横顔が、チラリと視界に映って――
「ゴメンゴメン……、っていうか、なんで屋上集合なの? バンドの話し合いをするにしても、チューンラボならどうせタダなんだから、スタジオでやればいいじゃない」
「いやー、それなんだけどさぁ……」
あさっての方向に目をやりながらもしっかりと会話は聞いていたらしく、何かをごまかすように頬を掻いたのは新で。
「僕たち三人、実は学園祭で、クラスの出し物手伝うコトになっちゃってて……」
「……えっ?」
思わず他の二人にも目を向けると、皆一様に、罰の悪そうに私から視線を逸らしていた。
「うちのクラス、自主制作映画を作るんだけど、僕たち『小道具係』で、映画に登場する小物とか、撮影用に準備しなきゃいけなくてさ、今日も、練習の前にみんなでホームセンター行こうって話してて」
「……なんで、そんなクソめんどくさい仕事引き受けたのよ。オーディションライブまで、もう二週間もないんでしょ? 演る曲も決まってないのに、そんなコトしてる暇あるワケ?」
「ご……、ごめん、なさい……ッ!」
ジト目の私が非難の声を浴びせたのは、誰でもない新に対してだったんだけど、
予想外の角度から飛んできたのは、黒髪おかっぱ少女の悲痛な叫び声。
「えっ……、なんでゴソーさんが謝るの?」
沈鬱な面持ちの彼女、声のバトンを繋いだのは新。
「あ~……、長くなるから詳しい説明はしないけど、ゴソーさんが悪いワケじゃないから。どちらかというと、ライタのせい」
「――なんで俺なんだよッ!?」
眉間にシワを八本くらい寄せた雷太君が破竹の如く立ち上がる。
ぎゃあぎゃあと彼らが責任の押しつけ合いに勢を出しているコトだけは理解できたが、経緯を知らない私の頭上は疑問符が増殖を増すばかり。首を斜め四十五度に傾けながら、これ以上の追求は無意味かなと察したトコロで――
「だからさ、学園祭の準備、ナヲにも手伝って欲しくて」
「……はっ?」
泣く子と地頭と肩を張るであろう、無茶苦茶なシンの要求に、口角の吊り上がった私の表情筋がピタリと止まる。
「いや、私、クラス違うんだけど」
「あれだよ、ナヲ、風が吹けば桶屋が儲かる、ってやつだよ」
「……何言ってんの?」
「あれだ、シロイ、細かいコトは気にすんな! これもひいてはバンドのためだと思ってくれよ!」
「……ちょ、待っ――」
「――し、シロイ、さん、私の、せいで、ゴメンナサッ――」
「……ぐっ」
……こっ……。
――コ・イ・ツ・ラ……ッ!
……おさらいしよう。私は基本的には人に流されやすいタイプの人間だ。
そんな私が、ここまで作られてしまった空気を覆す気力なんてあるワケもなく――
「……アンタら、この借りはいつか絶対返してもらうからね」
――ハァッと大仰なタメ息を漏らして、まっ平な青空を一人仰ぎ見た。
「今の内にさ、何の曲演るかだけでも話しておかない? 移動している間にゴソーさんに聴いてもらうこともできるし」
他クラスの学祭準備に私を巻き込むという悪行などまるでナカッタコトのように、涼しい顔を晒しているシンが強引に話を切り替えた。……コイツ、いつか埋める。
「曲かぁ……、やっぱメタリカ?」
何の気なしに私が声を返して、どこか納得のいっていない表情のシンが口元に手をあてがって。
「うーん、スラッシュメタルってあんまりデス声って感じじゃないし、ゴソーさんのボーカルが活きないと思うんだよね。なんか、スリップノットとか、ニューメタル寄りのジャンルの方がいいような……」
「……ノットやるには人数が足りなすぎるでしょ。っていうか、メタルバンドの女性ボーカルといったら、アーチエネミーじゃない?」
「……悪くないけど、別に、あえて女性ボーカルのバンドをチョイスする理由もないしなぁ――」
およそ進展する気配がない話し合い。
私とシンの押し問答に、それまで黙って耳を傾けていた雷太くんが、
あっけらかんとした声を放って。
「お前ら、演る曲ならもう決まってるぞ」
――そんなコトを言うものだから、私と新の目が点になるのは必然で。
「オリジナル、俺が作った曲。このあとスタジオでコード進行と構成教えるから、お前ら各パートで適当にフレーズ作ってくれ」
――目が点になった私たちが、パチパチパチと三度瞬きを繰り返すのも必然で。
「……学園祭でオリジナルって、正気? みんなが知らない曲やっても、盛り上がらないと思うんだけど――」
「――メタルって時点で、日本の高校生みんなが知っている曲やるのは不可能だろ、――ってか、そんなん気にしてる時点でだせぇんだよ! どんなバンドでも、自分たちで作った曲演るのが一番かっこいいライブになるに決まってんだろうが!」
辟易したような新の声、
――而して、捕食寸前の草食動物が如く、彼の声が雷太くんの怒声にかきけされる。
「……わかったよ」
秒で折れたのは新の心、私も思わず秒でツッこんだ。
「えっ、いいの?」
「……こうなったライタが、何を言っても聞かなくなるのは、僕が一番よく知っているから――」
天を仰ぎ見ながら乾いた声をこぼす新の横顔から、色々と察した私も、彼に習うように口をつぐむことにした。
「ゴソー、歌詞はお前に考えてもらうからな」
「――えっ!」
突然の指名に、五奏さんの肩が小動物のようにビクッと震える。
「……む、無理ッ! 歌詞なんて、書いたコト、ないし――」
「こないだスタジオで叫んでたノリでいいよ。お前が思いつく限りの罵詈雑言をメロディに乗せろ」
「そ、そんな、私、普段は人の、悪口なんて……」
「……豚の糞とか喚いてた女が、今更なにカマトトぶってんだよ」
「――むぅ……ッ!」
口弁では対抗できないと判断したのか、頬を膨らました五奏さんが雷太くんの肩をポカポカと叩き始めた。ライタ君もされるがまま、「いてぇよ、やめろ」とか声は抗っているものの、傍から見た二人はいちゃついているようにしか見えない。
……え、五奏さん、さっきから、超カワイイんだけど。
……しれっと、次から杏ちゃんって呼んでみようかな――
「とにかく、俺たちには時間がねぇ…、お前ら! 今から早速――」
私のひそかな野望など知るワケもなく、知る必要もなく、
徐に立ち上がった雷太くんが盛大な仁王立ちを披露し、
ビシッ――、と虚空に向かって指を突きつけて――
「……早速、ホームセンター行くぞ……」
ヘナヘナと全員の腰が抜けたのは、綴る価値すらもなく。
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