5.「僕たち、高校生なんだよね」
乾いた風が私の前髪をさらい、九月も終わりに近づいてくると、残暑という言葉を使うにはそろそろ無理が生じてくるだろう。
私……、城井奈緒の目に映る景色。夕暮れが彩るグラデーションがなんだか神秘的で、陽の光を失った駅のホームは少しだけ肌寒い。プラスチック製のベンチはヒンヤリと冷たく、妙なもの寂しさがふとももから全身に伝わっていく。
イケ女四天王による目的のない会合は早々に終焉を迎え、普段は私と最寄り駅まで一緒であるはずのヒカルは、これから大学生のカレシと予定があるとか……、「浮かれて受験失敗しろ」と呪いの言葉を別れ際に浴びせたトコロで、私は一人寂しく家路を辿る末路となった。
部活動が終わるのには少し早く、実に中途半端な時間帯。各停しか停まらないマイナー駅のホームに、人影など見当たるワケもなく――
「あっ……」
「えっ……」
声と声が交錯して、
楽器のケースを背中に背負った、一人の男子高校生と目が合った。
「シン……」
私の口からその名前がこぼれて、
中学時代の友人……、大木新がゆっくりと近づいてきて、一席開けて私の隣に座る。
「ナヲ、久しぶり。部活やってるワケでもないのに、こんな時間まで何していたのさ」
相変わらず、シンは淡々と喋る。機械音声みたいに抑揚のないトーン。
ふいにシンから視線を外して、私の視界、がらんとした駅のホームが寂しく映った。
何もない空間にむかって、私はなんでもないような言葉を投げる。
「別に……、何もしてないよ。ヒカルたちと遊んでただけ」
「ああ、例のイケ女四天王ね」
「……その名前で呼ばないで」
ハァッ――、と。
イラつきを隠そうともせず、露骨なタメ息を漏らしたのは私で、
「あの子達と一緒にいて、ナヲは楽しいの?」
相変わらず、淡々とした口調で、そんなコトを聞いてきたのは新。
「……どういう意味?」
「いや……、ヒカルちゃん、昔と大分かわっちゃったみたいだし。あの子達、明らかにナヲと話が合うようには思えないから、一緒にいて、疲れないのかなって」
淡々と喋る癖に、ヤケに核心を突いてくる。
何を考えてるのかわからない顔をしている癖に、妙に勘の良い節がある。
――そういえば、大木新はこういう奴だった。心を見透かされているような態度が癪に障りつつ、でもこの苛つきがちょっと懐かしかったりもした。
「楽しくはないけど、ツマラなくもないから。他にやるコトも、ないし」
思いついた言葉を、そのまま口にする。
我ながら、ひどくやる気のない回答だな、と思った。
「そっか」
シンがそう返して、
何に対しての「そっか」なのかも、そもそも納得しているのかどうかもよくわからない。
「シンは、今日は軽音部の練習?」
「うん、まぁ色々あって早めに切り上げたんだけど」
「今年の学祭もライブやるんでしょ? ライタ君たちと」
「いや……、それがさ、ライタ、軽音部辞めるとか言い出してるんだよね」
「えっ……、それ大丈夫なの?」
「さぁ、ダメかも」
「かも、って……、最後の学園祭でしょ? それで、いいの?」
「うーん、どうなんだろうね」
チラリと、隣に目を向けてみる。
何かを考えているようで、その実、何も考えていなさそうな、
相変わらずの、能面ヅラ。
「まぁ、アンタたちの問題なんだから、私がどうこう言う筋合いはないケドね」
吐き捨てるようにそう言い、
私は何かから目を背けるように、鞄から取り出したスマホ画面に目を落とした。
「僕たち、高校生なんだよね」
「はっ……?」
それまで押し黙っていた私たちだったが、唐突に吐き出された新の台詞は、あまりにも脈絡がない。私の口からマヌケな声が漏れるのは必然だった。
「いや、学園祭が終わったら、いよいよ受験モードで……、そう考えると、僕たちが高校生でいられるのって、もう、あともう少しだけなんだなって」
スマホの画面に目を落として、興味のかけらもない他人の呟きを流し読みしながら、
頬杖をついている私は再びチラリ、能面ヅラをこっそりと横目で捉える。
「何……、黄昏ちゃってるワケ? そんなキャラでもないでしょうに」
「うん……、いや、だからこそ、かな」
シンの淡々とした声が、無人のホームによく響く。
もしかして、この世界には私たち二人しか存在しないのかなって、
そんな錯覚を、覚えるほどに。
「僕、この三年間、何やっていたのかなって。……友達もいたし、それなりに楽しかったけど。なんか……、例えば十年後とかに、あの時は若かったなぁ、青春だったなぁって、思い返すだけで胸が熱くなるような経験、できたのかな、って――」
「……軽音部。バンド、やってるじゃない」
「……うーん。僕は、基本的に、他の奴がやりたいコピーバンドに混ざってたってだけで、自分から何かをやろうとか、そういうのはあんまりしなかったし。……言ってしまえば、部活は、暇つぶしくらいの感覚でやってるかも」
シンは、相変わらずだな。変わらないのは、喋り方だけじゃない。
……もちろん、高校三年間という時間を過ごして、彼の中で色々と変化はあったのかもしれないが、本質的なところは、中学の時と一緒。……少なくとも、私の目にはそう映る。
何に対しても、どこか一歩引いて、遠くから眺めるように。
たまに手を伸ばしてみても、すぐに引っ込めて――
それが良いコトなのか、悪いコトなのかは、わからない。
そういう、問題じゃないのかもしれない。
……それに、何も変わっていないのは、たぶん、私も――
「ナヲはさ」
ハッ――、となって、思わず片手に持っていたスマホを落としそうになった。いつの間にかボーッとしてしまっていたらしく、慌てたようにシンの方に目を向けると、彼もまた、細い目つきで私の顔を眺めている。
約三年振り。私たちの視線が、まっすぐ、交錯して――
「この三年間、どうだった? 安い聞き方しちゃうけど、青春っぽいこと、できた?」
「……ナニソレ、そんなの、なかったよ」
乾いた笑い声をこぼすくらいでしか、私は自分の気持ちをごまかすことができない。
「そういう、キラキラした青春みたいなのって、ドラマとか映画だけの世界の話で……、現実の高校生なんて、何か面白いコトないかなー、って言ってる間に卒業しちゃうのよ。みんな口だけは達者、実際に何か行動を起こす連中なんて、ほんの一握りでさ」
「……そういう、モノかな」
「……そういう、モノよ」
ようやく、電車が来た。
鉄の塊が空気中を突き抜け、私の前髪を無遠慮にさらっていく。
示し合わせたワケでもなく、ほぼ同時。私たちは静かに立ち上がって。
「あのさ」
プシューッ、と。
大袈裟なドアの開閉音。
「ナヲは、もうやってないの? ドラム」
シンが、再び私に目を向けた。
私はというと、まっすぐと虚空を見つめたまま。
「……やってないよ」
そう漏らして、がらんとした車両へ静かに乗り込んだ。
「そっか」
背後ろから、遅れてシンの声。
ほぼ無人の電車内、並んで座る二人の高校生の身体が、ゆらゆら揺れる。
最寄り駅に着いて、「じゃあね」と声を交わすまで、
私たちは、一言も喋らなかった。
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