4.「黒髪おかっぱ女」


 ……何が、どうなってやがるんだ。

 俺の眼前、灰色の地面にへたりこんでいる黒髪おかっぱ女が、うるうると目に涙を浮かべながら、ガキみたいなツラで俺の顔を見上げている。

 ツッコミどころが多すぎる。何から処理していいのかてんでわからねぇ。

 ……ええと、とりあえず、数分前に戻るぞ――



 軽音部の練習室を飛び出した俺……、真手雷太は、そのままおうちに帰る気になんかなれなくて。とりあえず、タバコでも吸おうかなって、学校の屋上へと足を向けていた。


 人気のない階段をのそのそと昇って、錆びた鉄扉がお目見えされたトコロで。

 俺の足が、ピタリと止まった。

 全身が、ゾワリと逆立つ。 


 ……猛獣? 悪魔? 妖怪? 怪物?

 形容不能、この世のものとは思えない唸り声。

 ――スリップノットも真っ青の『デス声』が、

 俺の耳に流れて、俺の意識を一瞬で奪っていった。


 バタンッ――、と大仰な音が空間に響いて、ハッとなった俺の目に光が飛び込んだ。

 屋上への扉、錆びた鉄扉が凄い勢いで開け放たれかと思うと、足をもつれさせながら転がり出てきた中年のジャージ男が一人。

 ……えっ、コイツ、うちのクラスの担任の……、下田?


 血相を変えたようなツラを晒している下田は、俺がいるってコトにまるで気づいていないらしく、熊にでも会ったかのような勢いで階段を駆けおりていった。


 再び、静寂。

 開きっぱなしで放置されている鉄扉がキィッ――、と軋んで。

 ……さっきの、声――


 俺は、二段飛ばしで階段を駆け上がっていた。

 まさに今閉まりかかっていた鉄扉のノブを掴み、強引に開き開けると、まっ平な青空と灰色の地面が俺の視界に広がり――


 ど真ん中に、ポツン。

 一人の女子高生が、地面にへたりこんでいる。


 謎すぎる状況に少しだけ逡巡した俺だったが、でもずかずかと無遠慮にソイツに近づいた。


「オイ」


 俺が声を掛けると、ビクッと肩を揺らしたソイツが、おずおずと顔を上げ、

 赤ちゃんみたいにくしゃくしゃの泣き顔が、俺の目に飛び込んで。


「お前……、ゴソー?」


 五奏ごそう あんず

 時代遅れの黒髪おかっぱ、小学校高学年にも負けず劣らずで小柄な彼女。

 ――『全く喋らない』という、ある意味で強烈な自己紹介をかました彼女の声は、同じクラスになって半年以上経つというのに、俺は未だに聴いたことがない。


 ……まさか。

 ……さっきの、デス声。

 ……五奏が――


「なぁ、お前、さっき――」


 再び、口を開いたのは、俺。

 再び、ビクッと肩を揺らしたのは、五奏。

 破竹の勢いで立ち上がった五奏の剣幕に、今度は俺の身体がギョッと固まり、超スピードで駆け出した彼女が俺の脇を抜けていく。ふいを突かれた俺は、気づいた時にはマヌケに振り返るくらいしかできなくて――

 バタンッ――、と鉄扉の開閉音が寂しく響く。


 無駄にだだっ広い屋上。一人残された俺の脳内、記憶の音。

 この世のものとは思えない唸り声。

 ――聴いたこともないような『デス声』が、耳にこびりついて。


「……すげぇ」


 思わず、震えた声を漏らしていた。

 ……あの声、本当に、五奏だとしたら、アイツを――

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