2.「酒やけかっ」


 密閉空間に、汗まみれの男子高校生が四人。

 狭い室内を支配しているのは轟音。マスターボリューム限界ギリギリ。

 歪んだ電子音と、地を這うような低音と、はた喧しい金物音と、絞り出すような金切り声と――


「――ああ~っ! ストップ! 一回ヤメ!」


 忙しなく動かしていた左手をギターから手放して、両手を大きく振りながら、

 大声を出したのは俺――、その名も、真手まて雷太らいた


「イカリ! てめー、なんだよその声、そんなんデス声でもなんでもねぇ、ただのしゃがれ声じゃねぇか! 酒やけかっ! ……それと、コゾメ! お前のドラム、バスがよれよれでテンポもクソもねぇ、開始一分でへばってんなよ! お前ら揃いも揃って、メタル舐めてんのか!?」


 汗まみれの男子高校生が四人、轟音がピタリと鳴りやんで、皆一様にハァハァと肩で息をしていた。代わりに空間を支配したのは、俺の怒号で――


「……そんなコト言われたって」

「……なぁ?」


 文句タラタラなトーンの声をこぼしながら互いに顔を向け合ったのは、ボーカルの伊刈いかりとドラムの小染こぞめ


「オレたち、メタルなんてやったコトねぇし、別に好きでもないし。いきなりデス声出せって……、無茶苦茶言ってんのはお前の方だぞ、ライタ」

「……んだよ、それでもやってみるって言ったのはテメーらじゃねぇか、やるからには、俺が求めるレベルの演奏をしてもらうからな。生半可なメタルなんざ……、やる価値がねぇんだよ」


 ギロリと、俺は野犬のような目つきを二人に浴びせて、

 罰が悪そうな、でもどこか不満そうに目を伏せたのは伊刈で――


「俺たち、フツウの邦楽ロック演りたかったのに、高校最後の学園祭ライブはメタルがいいって、聞かなかったのはライタじゃねぇか」

「……あっ? てめー、今更何言って――」

「ねぇ」


 こみ上げた怒りをこらえることができず、思わず伊刈に詰め寄ろうとした俺を制止したのは、

 淡々と、どこかマイペースなトーンの声。


「……やっぱり、今からでも曲変えない? メタルやめて、フツウのやつ……、まだ学園祭のオーディションライブまで二週間くらいあるし、今から変更しても、間に合うと思うんだよね」


 機械音声みたいに等間隔な口調で喋るは――、ベース担当の大木おおきしん


「シン……、お前まで、そんなコト言うのかよ。お前、俺以上にメタル好きで、一回でいいからメタル演ってみたいって、そう言ってたじゃねぇかよ」

「いや……、それはまぁそうだけど。メタルが好きでもない他のメンバーを無理やり、っていうのはやっぱ違うし、学園祭なんだから、みんなが知っている曲の方が盛り上がるとは思うし――」


 ポリポリと頬をかきながら、シンはどこか困ったように俺から視線を逸らした。

 他の二人……、伊刈と小染にも目を向けてみると、何か言いたげな表情を浮かべながらも、そろって地面に目を伏せている。

 ……コイツらが、『俺が折れる』のを待っているのは、誰の目から見ても瞭然で――


「なんだよ……、俺はなぁ、ずっと我慢してたんだよ。ずっと、メタルやりたかったんだよ。……ウレセンの、薄っぺらい音楽やって何になるんだっつーの。バンドマンが流行に乗ったらオシマイだろうが」


 だからこそ、ゼッテー折れてやるもんかって、俺は強く思ったんだ。


 地面にへたりこんでいた伊刈が、心底辟易するようなタメ息を漏らす。そのままだるそうに立ち上がって、汚いモノを見るような目つきで、俺のコトを細く睨んで。


「ライタ、いい加減にしろよ。俺たちも、学園祭ライブも、お前のタメに存在しているじゃないんだよ。メタルのライブを求めている高校生なんて、一部のマニアしかいないんだよ。だから――」

「――だったらっ!」


 声で、更なる声で、上書く。


「超かっこいいライブをやって、メタルの良さを、分からせりゃあいいだけの話だろうがッ!?」


 怒号が再び、狭っ苦しい密閉空間に響いた。

 どこか、白けたような静寂。

 伊刈と、小染と、新と。

 三人の顔が、表情が、

 3Dゲームの背景オブジェクトみたいで。

 俺と同じ、生きた人間のソレとは、とても思えなくて――


「もういいよ、お前クビ」


 伊刈がポツリ、なんでもないようにそう言った。

 その声は、妙にハッキリ、俺の耳に響いた。



「お前外して、違うギター入れて、俺たち別のコピーやるよ。お前は一人で一生速弾きしてろ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。冷静になって――」


 珍しく、慌てた声を上げるのはシン。だけど、伊刈と小染は、まるで俺なんて『はじめっからココに居ない』みたいな態度で、だるそうに、後片付けを始めやがった。

 

 ……もしかして、この二人。

 ……こうなるコトを、俺のコトを外そうって、

 ――始めっから、決めてたんじゃ――

 

「わかったよ」


 脳が、急速に冷めていく感覚。なんだか、何もかもどうでもよくなっていた。

 キャパオーバー。何かを考えるコトを、脳が明確に拒否していた。


「こんなクソみたいなバンド、こっちから願い下げだよ。今日限り、軽音部にも顔出さねぇからな」


 吐き捨てるようにそう言って――

 電子アンプからケーブルを乱暴に抜き取り、俺は相棒であるエレキギターをケースにしまいこんだ。背中にかついで、そのままずかずか、練習室の二重扉をガチャリと開け放つ。

 背後ろで、シンが何やら喚いていた気もするが――

 耳を傾けるのも、億劫だった。

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