恋欠片アンロック・ハート

二木弓いうる

第1話 

「イだっ」

少年は突然、先の尖った鉛筆で思いっきり刺されたような痛みを背中の中央に感じた。

いつも通り学校から帰宅する途中であった彼は、人通りの少ない道を歩いていただけ。背中を変に痛めるような行動はしていない。

「痛い?」

背後から聞こえた、少女の澄んだ声に少年は顔を向ける。

クセっ毛の強い赤髪を、肩甲骨まで伸ばした中学生くらいの少女がジッと彼の事を見つめていた。白いワンピースに赤いハートのポシェットという、随分とレトロ感のある子供服を着た少女。

ただ服装とは違って、妙に大人びた顔立ちをしていて。明らかに年下に見えるものの、少年は思わず敬語で質問をする。

「すいません、今かなり痛かったんですけど何かしました?」

「……もしかして私の事見えてるんですか? 貴方霊感お強いタイプ?」

「霊は見た事ないですが」

「そうですか。まぁこの際そんな事はどうでも良いですね」

思ってもない返答に、敬語なんてものはどこかへ行った。

「自己完結しないで。何かしたの?」

「えぇ、ちょっと矢を刺しました」

「それだ」

「いつもなら刺さって消えるんですけど、何故か刺さったままなんです。こんな事今までなかったのに。それに痛いって……そんなはずは」

「いや矢を刺されたら普通痛いよ?」

「あり得ないんですよ。すいません、もう一回試させて下さい」

彼女はポシェットに手を入れ、中からダーツの矢を一本取り出した。銀色に輝く矢の先を見て、この後どうなるか予想した少年。走って逃げた。

当然少女も、走って追いかける。

「何で逃げるんですか!」

「逃げるわ普通!」

後ろを見ながら、真っ直ぐな道をひたすら走り。

運良く右手側に見えた自宅前。大きく右に曲がり、そのまま中へ駆け込もうとした。

「ただいっ」

「ひゃあっ!」

自分の足に、急ブレーキをかける。

勢いあまって、玄関の扉に両手をつけた。扉と少年の間に挟まれた、また別の少女。

追いかけてきていた少女と、お揃いの服装。しかし比べてしまうと、幼く見える顔立ちの桃色髪の彼女。

「あっ……あの、えっと。あ、見えないよね」

彼女の呟きに、思わず疑問を浮かべた少年。

「え、何が?」

「え?」

いわゆる壁ドン中、目が合った二人。特に不思議な点はないが、彼女はどうも不思議で仕方がないらしい。

「見ーつけた」

その声を合図に、桃色髪の彼女から目を逸らした彼。

少年を追いかけてきた赤毛少女の目は、彼の背中を捉え、ダーツを投げる構えに。

前には進めない上、横に逃げる道も無い。

少年は痛みに耐えるという覚悟を決め、目を瞑った。

しかし。

「あっ、待って先生、間違い、間違いなんです!」

少年の脇下から顔だけ出した桃色髪の少女。

先生と呼ばれた赤毛少女は、投げようとしていた矢先を下ろす。

「アンロック・ハート? 貴方何してるの」

「先生が行った後、間違いって分かったから言いに来ました……」

「……手遅れだわ」


 ソファの前に少女二人。二人は揃って頭を下げた。

「申し訳ありませんでした」

対面に置かれた、背もたれのない椅子に座り注意をする慎一。

「謝ってくれるのは良いんだけど、何で君はダーツぶっ刺したんだ。危ないだろ」

「あぁ、そうなりますよね。ご挨拶遅れました。わたくし恋欠片チェリー・ブロッサムと申します。こっちは同じく恋欠片、アンロック・ハートです」

赤毛の紹介に、ペコリと頭を下げた桃色髪。

彼は彼女達の容姿を見て、判断と疑問を言葉にする。

「確かに日本人っぽくはないな。そのコイカケラ? がどこの国かは知らないけど、日本じゃ人に矢を刺す事は犯罪なんだぞ」

慎一の最もな質問に答える赤毛、チェリー。

「恋欠片は国名でも人種名でもありません。私達恋欠片は、人間の好きという気持ちを芽生えさせる存在。一目惚れさせたりだとか、好きだと気づいた瞬間を作ったりする。それが恋欠片。実らせるのは人間自身ですから」

「つまりアレか、恋のキューピット的な。弓の代わりにダーツの矢って事?」

「そんな感じですねぇ。というより恋のキューピットっていう名称が人間の創作物なのですよ」

「へぇ。その矢に当たったらどうなるんだ」

「矢は綺麗に体内に入り込んで。それから二十四時間以内に好きになる相手が現れる。私達が矢を当てる人間は、恋の神様が定めた人。一生当てられないかもしれないし、何度も当てられるかもしれない。それはその人の運命次第」

「それってつまり、恋の神様とやらは俺が誰かを好きになるって言ってるって事だよな」

「そう……だったから、私は貴方に矢を刺したんですけど。どうやら手違いで私に間違った情報を渡してしまったらしくて」

「つまり俺じゃないと」

「はい」

笑顔を見せるチェリー。

慎一は少女二人に対し苦笑いを見せた。

「って……ちょっと待て。もしかして君ら外国人とかそういうのですらなく、人間じゃない?」

「今更何を」

「……ごっこ遊びか」

「現実を否定する人間は、人との縁も結ばれにくかったりするんですよねぇ」

チェリーは変わらず笑顔だが、妙に黒い雰囲気を漂わせている。

桃色髪、アンロック・ハートはオドオドした様子ながらも精一杯声を出す。

「だ、ダメですよ先生。とりあえずコッチのミスだから、こ、ここは謝らなきゃ」

「真実を言っただけですし、謝りましたよぅ」

ぷいと顔をそむけたチェリー。

アンロック・ハートは周囲を見回した。

「と、ところで、弟さんの慎二さんはどちらに」

丁度その時、彼の弟が部屋に入って来た。

「おかえり」

まだ中学生になったばかりの弟。ゲーム機片手に、一瞬だけ兄の顔を見るもすぐテレビ方へ目線を変えて。

チェリーは弟を指さした。

「仕方ない、ここはアンロック・ハートに譲ってあげるわ。おやりなさい」

「あ、ありがとうございます。じゃあ」

ポシェットの中から、一本のダーツの矢を取り出したアンロック・ハート。

「えいっ」

弟に向かって、投げた。

「えっ、ちょっまっ」

兄はとっさに反応し、手を伸ばしたが届かず。

ダーツの矢は兄の声に反応し、振り返った弟の額にぶっ刺さった。

「何してんの兄貴」

痛がる様子をちっとも見せない弟。それどころかおかしな言動の兄を心配しだした。

ジッと弟の額を見つめる兄。

「……痛くないのか」

「何が?」

弟から見れば、兄が意味不明な事を言っているだけだ。

何事もなかったように、ダーツの矢はフッと消えた。

血が出て無ければ、傷跡も無い。まるで元から刺されていないかのように、綺麗に。

思わず弟の頭を掴んだ兄。そして当然怒る弟。

「だから何!」

「いやこの子達が」

「誰だよこの子達って……」

「は? 失礼な事言うなよ。この子達だよ」

「何言ってんの兄貴」

「お前が何言ってるんだよ」

「いやだって誰も居ない……ん?」

弟は薄目にしたり瞬きしたりを繰り返して、ようやく、見えた。

「うわっ、誰かいる!? あ、いや、すんません!」

「本当だよ。何言ってんだ、ずっと居ただろ」

「そうだった……?」

チェリーはクスクスと笑って、兄を指さした。

「残念ながらおかしいのは木元慎一さん、貴方です」

「俺?」

「はい。本来私達、そこに居るって強く意識しないと見えない存在なんです。だから普通に生活している人間には見えるはずがない。それが貴方は今、普通に見えちゃってるみたいですねぇ。恋欠片の矢が刺さりっぱなしだからか」

「えぇ?」

「もっと言えば、本来恋欠片の矢は当たっても痛くないんです。神様が認めてない人間に刺さると痛いかもしれませんが……」

「待て、二十四時間以内に好きな人が出来るのはまさか……」

「はい。貴方ではなく、弟の慎二さんです」

兄は若干傷ついた。色々と弟に先を越されそうで。

断片的な事しか聞いていない弟だが、顔は緩んでいる。

「何? おれに彼女が出来るって?」

首を横に振ったチェリー。

「違います。今から二十四時間以内に恋に落ちるだけ。その後どうなるかは人間の行動次第」

「つまり出来る可能性もあるって事か、ちなみに相手は!?」

「さぁねぇ……少なくとも私達じゃありませんよ?」

弟は両手で、アンロック・ハートの肩を軽く叩いた。

「そっかぁー、そっかぁー。でも相手の歳だけでも教えてくれると嬉しいんだけどなぁ!」

完全に浮かれている弟。

「やっ……でっ……あっ……」

完全に怯えているアンロック・ハート。チェリーは弟の腕を思いっきり抓った。

「離しなさい低脳!」

「痛い、けど構わない!」

怯えるアンロック・ハートは、チェリーの背中にしがみ付く。

「これだから男は。気軽に絡まないで下さい、呪いますよ」

「そうかー、ごめんなー」

浮かれまくってる弟を見て、少し羨ましく思い始めた兄。

「なぁ……俺、木元慎一の方はいつ?」

チェリーは兄、慎一の方を向いて。

「神様が間違えたって言ってる位ですし。今日でない事は確かです」

「じゃあ明日かもしれないと」

「永遠に来ないかも、とも言ってるの」

「おぉ……」

どう見ても温度差のある兄弟の感情。

この温度差が、次の物語を紡ぎだす。

「慎二ーっ、ゲーム対戦しよー!」

部屋の中にまた一人。まんまる一つ、お団子頭の少女が入って来た。笑顔で出迎える弟、慎二。

「由依、おれ好きな人が出来るらしい」

ただ自慢がしたいだけだ。一瞬キョトンとした顔を見せた少女。かと思いきや。

「ぶっ……ははははははっ。意味分かんないし! 好きな人出来たならまだしも、出来るらしいって何へへへへ」

変な笑い声を出す少女、由依。慎二は適当な説明をする。

「いや占いみたいな? よくは知らないけど」

「当たる訳ないじゃん。だって慎二だよ? 慎二だよ?」

「そんなに否定しなくても良いだろが」

お腹を抱え始めた由依の態度に怒り始める慎二だが、顔はまだ笑顔だ。

そんな二人を見ていて、兄が気づく。

「あ、相手由依ちゃんって可能性もあんのか」

慎一の言葉を聞いて、同時に真顔になった慎二と由依。そして同時に否定した。

「「ないないないない、ないない」」

慎二は由依を指さした。

「だって由依だよ? 色気は無いわ、口は悪いわ、態度はデカいわ、人間よりゴリラに分類した方が適切な女だよ」

由依も慎二を指さした。

「バカ言わないでよ慎一兄ちゃん。こんな悪口平気で言えるデリカシー無しのクソ野郎だよ。ないわぁ。あたしとの関係は幼馴染という枠を超えて、飼い主とクワガタ位が丁度いいよ」

慎二は由依の顔を見、憐れんだ。

「お前クワガタだったのか」

「慎二がクワガタだよ」

「何を言うか」

完全にふざけ始めた二人。一人寂しい兄は自身の背中を擦りながら質問をする。

「ところで、俺に刺さってるって言う矢? は今どうなってんの」

アンロック・ハートはチェリーの後ろに隠れたまま答えた。

「さ、刺さりっぱなしに、なってます。で、でも、人間には見えないので安心して下さい」

「抜けないの? 俺仰向けに寝る派なんだけど」

「えぇっと……ちょっと前例がないので分かりません。ごめんなさい」

チェリーはアンロック・ハートの頭を撫でながら慎一の問いに答える。

「大丈夫ですよ。恐らく死にはしません」

「恐らくで答えられても」

「まぁ用は済みました。これで失礼します」

「待ってこの矢は!」

「だから刺さりっぱなしでも死にはしませんってば。行くわよ、アンロック・ハート」

そう言い残して部屋から出て行ったチェリー。アンロック・ハートも一礼し、チェリーの後を追う。

「いやちょっと待ってって」

二人を追いかけた慎一。チェリーは靴履くアンロック・ハートを待ちながら、深くため息を吐いた。

「何ですか、まだ何かあるんですか」

「あるよ。あんなんで納得出来るはずないだろ」

「納得なんてしなくてもいいです。これ以上ついてくるならストーカーとして訴えます」

「なっ」

靴を履き終えたアンロック・ハート。おどおどしながらチェリーを宥める。

「先生、わ、私達人間じゃないから、訴えてもどうにもなりませんよぉ……」

「んもう、アンロック・ハートったら。脅迫なんて適当な言葉でどうにかなるものなんだから。そんな現実的な事言わないで」

「え、ご、ごめんなさい?」

「いいわ。じゃあ貴女が納得させて」

「えっ」

「納得させて、恋欠片の存在を信じさせて。じゃないと帰って来ても入れてあげないんだから。じゃあね」

玄関の扉を開けて、アンロック・ハートを残して行ってしまったチェリー。あまりにも不憫で、彼女を哀れんだ慎一。

「なんかごめんね?」

「い、いえ。それより、ど、どうすれば信じてくれますか」

見るからに困った表情のアンロック・ハート。漫画だったらきっと、汗の絵が描かれている。

「そう言われると難しいな……そうだ、その恋欠片? の仕事もうちょっと見せてよ」

「わ、分かりました。じゃあ、外、行きます」

「う、うん」

靴を履いて外へと出て行った二人。

きっとここが、分岐点。


 近所の公園へ来た二人。そこまで大きな広さではないが、多くの子供達が遊んでいる。

「いました、あの子です」

鉄棒で遊びながら楽しそうにお喋りをしていた、小学生の女の子三人組。その内の一人を指さしたアンロック・ハート。

「普通の女の子っぽいけど」

「どんな人でも、恋に落ちる時は落ちます、よ?」

アンロック・ハートはカバンの中からダーツの矢を取り出し、女の子に向かって投げた。

女の子は膝に矢を受けているというのに、変わらず鉄棒とお喋りを楽しんでいる。

スッと消えた矢を見た慎一は、鉄棒から少し離れたベンチに座り様子を伺う。

「これであの子に好きな人が出来るって?」

「はい。信じてもらえましたか?」

「いやぁ、現状はまだ無理かな」

「そんなぁ」

「せめて、あー今好きになったんだろなー的なシーンを見れない限りは」

「二十四時間以内に好きな人が出来る、という矢なので、いつ出来るかは分からないです。だから、このあとすぐかもしれないし、明日になるかもしれません。それまで見続けますか……?」

「それはさすがになぁ、家の中の様子とか見れる訳ないし。今だってずっと見てたら不審者って言われかねないよね」

「じゃあ、ど、どうしましょう」

口ごもるアンロック・ハート。

彼女の声が小さくなっていく代わりに、斜め横に立つ奥様方の話し声が大きく聞こえてきた。

「ねぇ、あの子一人で喋ってるけど大丈夫かしら」

「ちょっと怖いわね、早く帰ろうかしら」

奥様方の方を見た慎一。奥様方は分かりやすく顔を逸らした。

そう言えば他の人は強く意識しないと恋欠片を見る事が出来ないんだっけ、と思い出した慎一。

アンロック・ハートに小声で話しかけた。

「ほんとに他の人からは見えてない感じ?」

「私ですか? そのはずです」

「じゃあ俺変な奴じゃん! えっ、こんなにガッツリ見えてんのに?」

慎一はアンロック・ハートの頬に触れた。両手で優しく、包むように。どうしても存在を確かめたかったらしい。

突然触れられたアンロック・ハートは、頬を赤く染め上げた。

「えっ、あ、あの」

「体温低いのか、冷たいな。でもしっかり触れるし。本当に他の人には見えてない訳?」

「そ、の、はず、です」

「顔赤いけど冷たいまんまだな。大丈夫か」

「大丈夫ではあるんですけど、その、こ、こんな風に男の人に触られた事がないので、その、は、恥ずかしく」

「……あっ、ごっ、ごめ」

「いいえいいえ!」

深く考えずに行動してしまった自分を責めた慎一。

何て言ったのかは分からなかったものの、奥様方のひそひそ話す声が聞こえた。

逃げるように、ベンチから尻を上げた

「とりあえずここは離れようか。このままだと俺は完全に不審者だ」

「わ、分かりました」

公園から撤退しようとした慎一。その時だ。

「えー、アンコクジャーなんて見てるの?」

女の子三人組の内、矢の刺さっていない一人が高い声を上げた。

アンコクジャーというのは、確か今放送中の特撮番組だ。

思わず彼女達を見る慎一。

矢の刺さった女の子が、驚いた表情をしている。


「え、うん、面白いよ?」

「変だよ。あれ男の子が見るもんじゃん」

「そうかな、ダメかな」

「ダメだよ。それにアンコクジャーって敵を殴ったりして乱暴だってママ言ってたしぃ」

「でもそれは敵が悪い事してるからで」

「いくら悪い奴でも殴るなんてサイテーだよ、そんなの見ない方がいいよ。皆と違うの、恥ずかしいでしょ」

「そ、かな」

明らかに傷ついた顔をしている女の子。それくらい、その番組が好きなんだろう。

服の裾を掴み、俯いた。

そんな彼女達の前に、一人の男の子が歌いながら走ってきた。

「光を染めろや、愚民を蹴散らせ、我らがアンコクジャァァァアアア」

「きゃあああああっ!」

矢を受けていない女の子二人は、不穏な歌をうたう男の子に怯えている。

男の子は落ち込んでいた女の子の前に腕を組んで立った。

「そこのお前! 今アンコクジャーの悪口を言っていたな! アンコクジャーはすごいんだぞ。怪人差別する人間を倒して、人間と怪人の共存を目指すハートフルストーリーなんだぞ!」

「何コイツ、キモイ! 行こっ」

走って公園から出て行く女の子二人。

ふり返った男の子の顔に、女の子は見覚えがあったらしい。

「えっと、君確か隣のクラスの」

「お前も! 好きなら好きって言えばぁ?」

「で、でも変って言われちゃうし」

「俺は変だと思わない。大体あんなに素晴らしいもののどこが恥ずかしいんだよ。作った人に失礼だろ。それとも、本当は好きじゃないのか?」

「……そんな事ない。私……クロマルが好きっ」

「うんうん。アイツいいよな、マスコットキャラで可愛いけどサポート頑張ってくれるし! あ、俺描けるぞ」

木の枝を拾ってきて、地面に何だかよく分からない生物っぽいものを描く。

「ふふ、似てないよぉ」

男の子から木の枝を借りた少女は、猫を描いた。

「おー、うまいじゃん。じゃあ次はアンコクジャー描こうぜ」

楽しそうに絵を描く二人。女の子は時々、男の子の顔をちらりと見て。嬉しそうに笑っていた。


慎一は周りの目を忘れ、アンロック・ハートに普通に問う。

「もしかしてあの子は……今?」

「はい、どうやら。あとは彼女次第です。頑張れぇ」

「待って、今の甘酸っぱい感じのを慎二もやるの?」

「そう、ですね」

「俺はぁ!?」

「今の所ご予定はないみたいで……一応調べてはみますね。矢が刺さりっぱなしで大丈夫なのかとか、今後どうするべきなのか、とか」

「アンロック・ハート……良い子だなぁ。あのチェリーって奴とは大違いだ」

「せ、先生はすごい人、です」

疑いの目を向ける慎一と、また汗の絵を描かせるアンロック・ハート。

「そうかなぁ。ま、恋欠片の事は一応信じてはあげるけどさ」

「ほんとですか、よ、良かった」

「でも矢の事ちゃんと調べてね。そうだ、何か連絡先とか」

「あ、ごめんなさい。私達、携帯みたいな、連絡手段持ってないので」

「そっか」

アンロック・ハートは、にこーっと笑って。

「はい。だから、見つけてください。この地域が私の管轄なので、どこかにはいるはずです。私もお兄さんの事、見つけますから」

この地域がどれくらいの距離を示すのか、結構な規模じゃないのか、等思いはしたものの。

それ以外の手段がないと言われてしまえば、慎一はただ頷くしかなかった。

「では、今日はこれで。さ、さようなら」

深々とお辞儀したアンロック・ハート。慎一も真似して、深々とお辞儀をする。

「あ、ヒントにせめて住んでる場所だけでも」

慎一はそう言いながら顔を上げたものの、もう彼女の姿はどこにもなかった。

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