透明な独裁

伊達 慧

公聴会

「ここに来ていただいたのは張憧(チャン・ドゥ)博士です。博士は20年前に世界標準AI(Global Standard Artificial Inteligence)、通称GSAI(グザイ)の開発に従事されていた。

 ご存知の通りGSAIは民主国家手動で進められた標準AIプロジェクトの産物です。今でこそ誰もが使え、インフラとなっているAIですが、当時はAIの技術とAIを育てるデータが一部の企業や国家に独占されていました。そのような状況を重く見た民主国家が主体となり、AIの民主化を旗印にAIの標準化を進めた結果、GSAIは生まれました。

 リリース直後からGSAIは多くの自治体、団体、企業に導入され今に至るわけですが、先日、GSAIにバックドアと思われるコードが見つかりました。調査中の段階ですが、GSAIは特定のアドレスとの通信を維持し、そこから来るコマンドを無条件で実行するようになっているようです。アドレスの先に何があるのかはまだわかりませんが、非常に独裁的なシステムであると言えるでしょう。民主国家が実は、独裁的なシステムに支配されていることが明るみになったわけです。これは重大な問題です。

 GSAIプロジェクトの責任者はラブレス氏ですが、彼は四年前に亡くなっています。今となってはGSAIの開発チームのリーダーを務めていた張氏こそが、当時の状況について最も詳しい人物であるといってよいでしょう」

 名前をジョンソンといった若手の黒人議員は、議員席からの階段をゆっくりと下りながらそう言った。その仕草は芝居がかっていて、真実を明るみにするというこの場の趣旨以上に、彼が有権者へのカメラ写りを気にしていることが見てとれた。

「単刀直入に聞きましょう」

 ジョンソン議員が私の前に到着するのと前口上を終えて本題の質問に入るのは、何度も練習したかのようにタイミングがぴったりだった。

「GSAIにバックドアはあるのでしょうか」

「あります」

 予告通りの単刀直入な質問に敬意を評し、直球で応じた私の答えに、会場の空気がざわつく。何も隠す必要はないし、隠そうとしても私にはできない。

 Big brother, Big sister, Big sibling is watching me.

 公聴会に立たされた私の手首には腕時計サイズのセンサーが装着されていて、バイタルが常に監視されている。脈拍、血圧、血中酸素濃度などなど。取得されたさまざまなデータはGSAIの標準AIをベースにしたシステムに送られて、私が嘘をついているかどうかの判断材料にされる。

 聖書に手を置いた宣誓なんて不要だった。

 もともと私はキリスト教徒ではないから効果はないけれど。

 会場のざわめきが静まったところでジョンソン議員は質問を重ねる。

「なぜそのような機能がGSAIにあるのですか」

 私は20年前の夏の日を思い出す。

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