第6話

 王都全体に何度も響き渡る鐘の音。湊が教わったその鐘の鳴らし方は、そう…敵襲である。だが湊は疑問に思う。


(この王都はその通り国主が住む王城と、その場所にて管理されている国の機密情報などが保存されているから国境全体から最も離れた位置に存在している…なのに早馬は来ていないし、魔石念話も来ていない…なら貴族による…)

「湊!お前は…」

「僕も行くよ。ぶっつけ本番でも、に書いてある方法が少しでも役に立つかもしれない」


 銀河が言いかけたの遮る形で、そう言って湊は持っていた本の表紙をポンポンと軽く叩いた。

 クラスメイト4人は顔を見合わせ、全員がコクリと頷いて部屋の外へ走り出そうとしたその時、湊の腕に引っ張られる感覚が走り、彼は立ち止まり、感覚のあった手に沿って振り返っていく。それに気づいた他の3人も止まり振り返る…そこには、今にも瞳から涙が溢れ出しそうになりながら、湊の腕を強く握り締めるセナがいた。“彼女はきっと今の自分たちが行けば死んでしまうのではないか”そう思っているのではないかと湊は思った


(でも…)


 湊は優しく撫でるように自分の腕からセナの手を剥がし、優しい表情でセナを見つめた。


「セナさん…行ってきます」


 それだけ言い残し、湊は止まった三人を通り過ぎてそのまま部屋を出ていった。そのまま俯いて顔を抑えているセナの方へとは一度も振り向かずに―



「…!城へ連絡、防衛壁から約1㎞先…来ました!!」


 そう望遠鏡を使って遠くを見ていたひとり兵士が叫んだ。その兵士の守る壁に最も近い扉へと、兵士や魔術士…そして王都にいた、召喚された勇者達全員が集まった。その中にはしっかりと、湊の姿も見られていた。

 そこに集まる者の中に1人、緊張感がなく、殆ど武装もしていない…ちゃらけた男がいた。


「ハァ…めんどくせぇなあ。こんなに集まんなくたって魔物の群れぐらい簡単に倒せるだろう?」


 そう、谷嶌だ。その男は他のクラスメイト達もがこれから来る魔物達と戦う為に今できる最大限の武装をしている中、魔術が付与されているわけでも、己の持つ肉体を上手く活かし守ることの出来るわけでもない…完全なただの布の服で皆と同じ場所へと集まっていた。

 その上、欠伸を漏らす谷嶌に、赤いローブを身に纏う少女…同じく召喚されたクラスメイトの女子の一人、三琴みこと 雪美ゆきみは脳天にチョップを食らわせて、そのまま蹲った彼に怒りの表情を見せる。


「谷嶌君、君はなんでその格好でこの場所に来ているの?」

「ぃった…こんなに人間がいるんだから大丈夫だろ!?」


 自分がそう言っても当然のように言う谷嶌の胸倉を掴み、至近距離で三琴は言葉をぶつける。


「あなた、寝ぼけてるの…?これは殺し合いよ!!多分、ここにいる人の中からおそらく数人は死ぬ…でも、そうやって誰かが犠牲になっても、絶対の勝利なんてものがあるわけじゃない!!そんなことも理解できないなら…すこしでも勝利を願うこの王都に住む人達と一緒に避難所にでも行っていなさいよ!!」


 谷嶌を睨みつけ、唸り声のようなものを上げる三琴の肩を、後ろから抑える様に掴むものが一人…


「三琴さん、放してあげてほしい。それでもクラスメイトの中ではトップクラスの実力がある…少しでもこちら側の兵力を上げたいんだ」


 しっかりと鍛えられた肉体に鈍く輝いた鋼の鎧を纏い、3m程の槍を手に持つ、同じくクラスメイトの少年、一条いちじょう 雄二ゆうじであった。


「!…分かったよ、一条君」


 彼に言われた通り、三琴は谷嶌の服から手を離し、スタスタと去っていった。先程から逃れようと体を後ろへと沿っていた谷嶌は勢いよくその方向へと倒れ見事に尻もちを着いた。そんな彼に一条は右手を差し伸べるが…


「おせぇよ一条!」


 そう言って谷嶌は伸ばされた彼の腕を振り払い、服に着いた砂埃などを手ではたきながら立ち上がる。


「本当によぉ…俺は強いんだから、こんぐらいの装備でも余裕だってぇ…の!!」


 谷嶌はそのまま人混みの奥の方へと、周りにある物に八つ当たりしながら消えていった。一人取り残された一条は手に持った槍の柄をギュッと握り締め、身体の下の方から自分の心を蝕んでくるようなその不安感をそれ以上浸食しないように、“決意”という蓋で抑え付けた。

 それから少しして。一度、鎧や武器を装備した後に湊達四人が門に到着すると、そこには他のクラスメイトの殆どが固まっており、召喚された者の中でも主戦力である“勇者”である銀河が到着することを待っていたのであった。銀河が到着したのを確認したクラスメイト達の方から、恭介が湊達に近付き、銀河へと話しかける。


「銀河!」

「今ここにいるクラスメイトの数は?」

「お前達含めて、遠征隊を除いた33人全員がこの門付近に集まってるはずだ」

「そうか…じゃあ俺はこれから騎士団長に俺達の編成について聞いてくる」

「あぁ。…一応聞くけど、湊は今回は…?」


 恭介に鋭い視線を向けられた湊は、まっすぐと恭介を見返しながら、背中に付けていた大盾と片手斧を両手に持ち、軽くぶつけ合った。それを見て恭介は一度目を閉じるが、もう一度開いたとき、彼のその目は仲間を信頼する者の目へと変わっていた。


「…湊。中衛からのサポート、任せた…!」

「!あぁ…!」

「よし、それじゃあクラスメイト達で固まっていてくれ!それと…『人型を殺す覚悟もしておいてくれ』というのも頼む…」


 その銀河の言葉に、四人は疑問を抱くが、言われた通りに皆の元へ集まっていった。



「皆!これからそれぞれについてもらう場所を言っていく」


 騎士団長の元から帰ってきた銀河は、皆の前へ立ち、それぞれ名前を呼んだ者の指をさしていく。


「まず、前衛に立つメンバーだ。俺、恭介、智樹、谷嶌、堂本、一条、玄貴、えーゆー、浜井、木葉、塚越の11人は王国騎士団と共に、魔物と近接をメインとした攻撃を」

「おし…!」

「まっかせんしゃい!!」


 名前を呼ばれたうち、恭介と和田がハイテンションで返事するが、銀河はそれに構っている時間はないと感じ、そのまま配置の指定を続ける。


「次に後衛。昌子ちゃん、ひなきちゃん、高山さん、千葉さん、山崎君は“第一魔専”で、谷城君、前田君、文野君、国織さん三琴さんは“第二魔専”。そして白坂と向井は弓兵部隊で遠距離から前衛のサポートや敵を排除し、蘭野さんと関沢さんは衛生兵達と負傷者の治療を」

「が、頑張る…!」


 今度は昌子がオドオドとしながら手に持った杖をグっと握りそう言った。


「そして中衛。木内、仁藤、朝霧、流川…そして湊は魔法や結界術を使って中距離からの攻撃と防御の補助を」

  

 そう、少し二ッとした表情で銀河に言われた湊は恭介達のように勢い良く返事しようと思ったが、“今はすべきじゃない”と思い、ただ一度だけコクリと頷いた。


「島田、乾さん、新嶋さん…」

「そして私、桜木響様は負傷者の回収等の補助機動部隊ってことだね!!」


 そう銀河の言葉を遮るように言った、白い修道服と巫女装束の混ざったような服を着た長髪黒髪の少女…桜木さくらぎ ひびきは両手の親指を自分に向けてドヤ顔をしていた。そんな彼女に対して、銀河はわなわなと震え上がるが、結局何も言わず、下を向いきながら彼女へ向かってサムズアップをした。

 それを見てか、皆笑ってしまうが、その集まって大きくなった笑い声が小さくなるに連れ、彼らの表情は真剣なものへと完全にしていった。それは湊も変わらずである。


「湊、緊張…してる?」


 そんな彼の横に立ち、響はそう質問した。それに対し、湊はこう返す。


「緊張というより…覚悟かな」

「ふーん…そうだよねぇ、好きな人できたんだもんねぇ~!!」


 ニヤニヤとした表情をした響の言ったその言葉に昌大は顔を赤らめてしまう。そんな湊の表情を見て、響はもっとニヤァとした表情で肩を軽くペシペシと数回叩いた。


 その門に集まったすべての者が都市の外へと出て、役割ごとに横に整列していく。彼ら見る方向から響く、魔物達の行進の音…それに対し彼らはそれぞれの持つ道具を縦向きに持ち、次に来る指令を静かに待っていた。そして勇者は言う。


「さぁ皆…覚悟していくぞ!!」


 その言葉に皆が雄叫びを上げ、中衛と同じぐらいの位置に静かに立っていた騎士団長は鞘から剣を抜き出し、その剣先を正面に向け言い放った。


「突撃ィ!!!」


 そうして、召喚された彼らにとってで、それぞれが新たなをする理由となる…初めての戦争が火ぶたを切った

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