モブ勇者一行の帰還後日常伝

高菜哀鴨

第1話

 ー 昔、とある国の王城に異なる世界から召喚された40人の少年少女達がいた。彼らの中には“勇者”と呼ばれる1人の少年がおり、その国の王は勇者である少年に向けて言った。『この世界はそなたらからすると異世界と呼ばれるものだ。そなた達には悪いが、この世界に住む邪悪なる魔王を倒してもらいたい。せなければ元の世界へと返す扉も開かぬし、人類は滅びる』と…。少年は正義感があったからかそんな無茶な願いを叶えることにして、共に呼び出されたほとんどの少年少女達と旅に出た。旅の中で何度か仲間との永遠の別れを経験した勇者一行であったが、最後の戦いにおいて魔王を倒しその世界を救った…と表ではされているが、本当に魔王を倒したのは勇者一行ではなく、共に呼び出され、一度その国から追放された1人の少年とその仲間達だった。だが、倒したには倒したので、少年達は全員、元の世界へと戻っていった…



 時刻は夕暮れ時…とある世界にある高等学校の一室。その中心には謎の黒く大きな歪みが発生しており、歪みがなくなり空間が元形に戻ったとき、そこには36名の様々な形で倒れた少年少女がいた。それも、全員が例外なく身に着けている服がその世界には合わない鎧などである。それから暫くして、倒れているうちの一人の少年が目を覚ましその場に立ち上がる。その見た目は茶色に少し近いような黒髪の落ちついた髪型に整った顔立ち。体つきは痩せ型に少し筋肉質と、まあどちらかというとモテそうな見た目である。そんな少年は周りの風景や自分の近くに倒れている少年達を見てか、ツーっと一筋の涙が流れる。


「あ、れ…?ここって俺達がいたはずの教室…なのか?…あっ!今なら…」


 そう言って少年は先程とは違うような歪みを生み出し、その中から取り出したスマホの電源をONにする。そこには“5月12日 金曜日 17時32分”と表示されている。それを見た瞬間、周りに倒れている少年のうち、茶髪で癖毛の少年の身体を揺すりながら呼び掛ける。


「起きろ、元の世界に帰って来たんだぞ!!母ちゃんのカレー食うんだろ!」

「俺はカレーは嫌いだ!!!…ん?」

「っ恭介…おはようッ!!」

「うわっ!?銀河!!抱き着くな気持ち悪い」


泣きながら笑顔で抱き着く少年・天ヶ崎 銀河あまがさき ぎんがに対し、抱き着かれている少年・木下 恭介きのした きょうすけは無理矢理剥がそうと銀河の身体を突き放すように手を伸ばす。するとその声がうるさいと感じたのか、どんどんと周りの少年や少女が起き上がっていく。


「ん~…朝からうるさいなぁ」

「いや、朝じゃないぞ」

「あれ、ここって…」

「俺達のいたクラスじゃん!」


 起きた銀河や恭介のクラスメイト達がそれぞれがいろんなことを言って声が混ざりカオスな状況になる。そんな中、皆を静かにさせたのは、 


「みんな一回静かに!とりあえず今から状況を整理するよ」


 そのクラスの委員長である江野 昌子 えの  しょうこだった。その昌子の言葉を聞いたクラスメイトはぞろぞろと以前座っていた席へと歩いていく。昌子はあちらの世界でも実力に関係なく…え?『あちらの世界とか何かわかんないから説明しろ』…?『というかお前は誰かって?』うーん…君には一度寝てもらおうか」

「…さて、まずは彼らは何者なのかを夢の中で説明してあげよう。けど、きっと君は今から見せるものを“ただの自分の頭の中で勝手に浮かんだ夢”程度に思うのだろう ―



 彼らが高等部2学年になり1ヶ月と少しが経ったある日の放課後。その日は試験前などで部活などがすべて休みだった。それぞれがクラス内にできたカーストごとにグループになって、それぞれの話題についてワイワイガヤガヤと談笑していたり、まったく誰とも話さず参考書を使って勉強をしていたりしたその時、何故か教室中の扉や窓がすべてバタンと閉まり、誰もその外から出れなくなりる。それからすぐ教室の外の空間が見える場所すべてに黒いモヤが掛かり蛍光灯からプツンと光が失われ、彼らは完全な闇に包まれる。次の瞬間、教室の真ん中に謎の白く光る直径2mほどの球体が現れその周りの空間が歪み、全員が吸い込まれる。その後、目を覚ました少年たちが最初に見たものは、幅3mほどのまっすぐに敷かれた赤い絨毯や均等に両脇に置かれた蠟燭立て…そして絨毯の先の大きな椅子に横柄にどっしりと構える、豪華な服を身に纏い頭に冠を付けた50代後半ぐらいの見た目の白髪の男と、その横で鎧を付けて大剣を下向きに構えて仁王立ちする40代ぐらいの赤髪の男だった。


「やぁ、異世界から召喚されし勇者達よ。私は…」

「ココドコ!?」

「俺達はアニメとかでよく見る“異世界転生”?ってやつしたのか…!?」

「いや、僕らの肉体の状態や服装…ポケットに入ってるものからして“異世界転移”の方かと…」

「やだ、これドッキリ…?帰りたいんだけど」

「ウガァァ!あーもう!あと少しであの難問解けそうだったのに、なんでこのタイミングなんだよぉ!!!!」


 白髪の男が話そうとする途中で少年たちがギャーギャーと騒ぎ始める。その声は壊れた音声認識ロボットをいくつも並べたみたいに無限に繰り返し続ける。その声が大きくなっていく度、白髪の男の顔が赤くなっていく。


「静まれェ!!!」


 キィン…!と金属が振動する音がその場に響く。赤髪の男が手に持っていた大剣を絨毯の敷かれてない石の床に打ちつけたようだ。その瞬間、場は静まり返る…それから少しして白髪の男は再び話し出す。


「…あー、私は現在、君達が認識しているこの世界に存在するサンドロクス王国の王である。名前は…長いから私のことは“国王”か“王様”と呼んでくれればいい」

「えーっと…王様、現在我々が置かれているこの状況について説明していただいてもよろしいでしょうか…?」


 少年達の中の一人がそう言った。


「うむ。先程の私の言葉通り、ここは君達が存在していたはずの世界とは違う世界である…まぁ君達からした“異世界”だな。そしてここにいる者には、この世界の理からは外れた強大な力を使う素質のあってなぁ、その中でも“勇者”と云われている素質を秘めている者が一人以上いる」

「…」

「あのー…もうちょっと反応してもらっていいんだが…」

「…」

「と、とりあえず…すまないがこの世界に潜む魔王を倒してもらいたい…


 

 ― と、とりあえず今はここまで。この続きは、またいつか夢をみせてあげよう」



 少年達は鎧などを全て外し、異世界に行く前と同じ制服へと着替える。いまだ寝ているものを含める全員の着替えを終えると、一つだけ蛍光灯のスイッチをオンにして、黒板の前に立ち、昌子を中心に今後どうするかの会議を始める。


「よし、とりあえずみんなに聞くけど、日本語書ける人は手を挙げてください」


 そう言うと殆どの者が手を挙げるが、一部は俯いている…


「あー…うん。手を挙げた人も一応、今から会議で話す内容を書いていってください。多分あっちの世界にいたのは大体…4年?ぐらいで、言語もあっちのものに慣れすぎてほぼ元のやつ使っていない人が殆どなので、リハビリです」


 そう昌子が言うと机から筆記用具やらを取り出して書く準備を始める。


「えー…現在。私達は異世界から帰還しました。ただし、裏切り者を含め、4名減ってしまい…しま、いまし…た……うぁ、あ…桜木さん…一条君…智…きぃ…」


 昌子はその場で泣き始めて突っ伏してしまう。彼女の手には血痕の付いた銀色の輝きを失ったペンダントがあった…それと同タイミングで、一人の少年・井上 玄貴いのうえ げんきも啜り泣いていた。彼の横には剣先が粉々に砕け、柄の部分が今にも灰のように崩れそうなほどに焦げたバルーンのようなものの中でふわふわと浮かんでいる片手剣と、画面が割れたスマホが置いてある。そして…


「響…」


 そう銀河は切り裂かれた学生手帳を見ながらぼそりと呟く。そんな3人の状況に釣られて、教室の中の空気がお通夜状態になってしまう。その中、恭介がクラスメイトの人を名指しする。


「坂本。江野を無理矢理魔法で眠らせてくれ」

「あ、はい!」 

 そう言われた阪本 木葉さかもと このはは銀河と同じように歪みを生み出し、そこから杖を取り出して昌子へ向けて目を瞑る。しばらくすると昌子はウトウトと目を閉じていき、ドタンと膝から崩れ落ちて眠ってしまう。そんな昌子を恭介は抱き上げ、椅子に座らせてから黒板の前に立つ。


「ちょっとみんな疲れているだろうから、今日はここで解散しよう。とりあえず全員に共通でやってもらうことは、日本語を元通りかけるようにする。あっちで手に入れた異能や道具は使わない。来週のテストの準備を急いでする。教師にばれないようにこの学校から抜け出す。それ以外に今後それ関連で何かしら伝えることがあればスマホで新しいグループつくるからそこに頼む」


 そう言って恭介は座っているクラスメイト達の方を見ると、皆こくりと頷く。そして、恭介が教卓の上のものを整理し始めるとそれぞれが自らの家へと帰る準備をしだす。そんな中、木葉は寝ている昌子の前でオドオドとしている。


「昌子ちゃん起こしていいのかな…でも私じゃ寝ている昌子ちゃんを負ぶって帰るのなんてできないし…」

「俺がおんぶしようか?」


 そう木葉に声を掛けたのは恭介だ。


「え…いいの?銀河君もなんかブツブツとずっと言ってるけど…」

「大丈夫、情緒不安定なだけだろうから。てか、俺ら小学生の時から同級生だし遠慮しなくていいからな」

「…なら、おねがい」

「じゃあ、よいしょ…っと」


 恭介は昌子の鞄の持ち手を腕に通してから昌子本人を負ぶり、肩でぼーっと突っ立ってボロボロの学生手帳に銀河のことを揺すりながら呼びかける。


「銀河~、そろそろ帰るぞ」

「…おけ」


 返事をした銀河はいなくなってしまった3人の私物や鞄を歪みの中にすべて入れ、恭介達と共に教室を後にする。

 その帰り道、3人はうっすらと空に浮かぶ星を見て歩きながらあちらの世界でのことを思い出していた… 

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