第2話 放課後
席替えから一時間後、家に帰らず、児童館にて。
俺はカラスと遊んでいた。と言っても、鳥ではない。人間だ。
「センパイ、オセロしましょっ♪」
黒髪を結った男の娘が、楽しそうに言う。年は一つ下の中3。俺の高校に入学する予定。三年前に、児童館の隣の公園で出会った。ついでに言うと、カラスは偽名なのだそうだ。
「カラス、勉強しよ?」
「負けるのがコワイんですかぁ、センパぁイ?」
カラスがニタニタと、ギネスに載るようなうざい笑みを浮かべる。
受験するつもりなら、うちの高校はけっこうな進学校なので、普通なら勉強した方がいいのだろうが。あろうことか、こいつは勉強せずに、俺と遊んでばかりいる。
……ま、家でしているのだろう。こいつはうざいけど、努力を人に見せない奴だし。
と、いう感じに、俺達は結構信頼し合っている。三年も過ごせばこんなものだろう。
「そういうわけじゃないけど?」
「それじゃ、やりましょうよっ。センパイが勝ったら、何でも言うこと聞いてあげますよ? もちろん、センパイが負けたら、一つ言うことを聞いてください」
「……負けるつもりがない、と」
「そう聞こえましたか?」
売り言葉に買い言葉。カラスの思惑通りになるのは嫌だが、仕方ない、オセロをするか。
「……センパイ、結構強いですね」
「言葉の割に、大したことないな」
冷や汗を額に滲にじませたカラスに、口撃する。褒められたことではないが、対戦相手を動揺させる等プレッシャーを掛けるのはボードゲーム以外にも通じる勝利への一歩だ。
盤面を見ると、白が劣勢。カラスが「ボクはオセロが得意なので、先攻どうぞっ」と、黒先攻を譲ると言い出し、先攻も後攻も勝率に違いはないと思い、ありがたくその申し出を受け入れた。その結果がこれだ。黒と白の差は実に三倍以上。
「お前は角を狙い過ぎだ」
「……ぐっ」
悔しそうに歯を軋ませるカラスに、トドメの一手を差す。
「──チェックメイト」
「……………………」
「どうした?」
「……い……ぶ………すよ……」
「何て?」
「三回勝負ですよっ!」
何度やっても同じだろうに。呆れつつ頷く。
「それでお前が満足するなら」
「くっ、ププ…………アハハハハハっ! 『言葉の割に、大したことないな』、『お前は角を狙い過ぎだ』、『それでお前が満足するなら』だって!?」
「……………………」
「センパイ、ジョークがキツいですよっ! 最初のは全部演技に決まってるでしょっ? 負けたフリですよ、負けたフリ!」
………………消えたい…………………恥ずかしい………………………消えたい…………。
「調子に乗ってるセンパイ。思い、出す……だけ、でっ!」
腹を抱えて笑うカラス。殴りたい衝動を抑え、俯くことしかできない。
「『──チェックメイト(キリッ)』って!? 殺す気ですかっ? 笑い過ぎて死にそうですよっ?」
「…………………………………………………………………」
沈黙する俺の肩に手を起き、ギネスを更新した笑顔で言う。
「命令聞くんですよ? 明日までに考えて来ますからねっ」
無言で頷くことしか、俺にはできない。
──この瞬間に、今夜の布団悶絶後悔全開コースが決定した。
§§§§§§
夕暮れの中、カラスは一人自宅へと歩いていた。
「……楽しかったなぁ。明日何をお願いしようかなっ」
明日の事を思い、自然カラスの頬が緩む。ひねくれた愛情表現しかできないが、彼は『センパイ』の事が『好き』なようだ。その『好き』が、恋愛的な意味なのか、友愛なのかは定かではないが。
ふと、カラスは立ち止まる。
「家に来てもらうのは……? ダメだ。兄さんと同じ学校だ」
「バレるのは合格した日でいい」と呟き、また、歩き始める。
いつの間にか辺りは大部暗くなり、カラスは思考を止める。『お願い』は家に帰ってから考えても遅くない。そう考え、彼は駆け出した。
「ただいまー」
「おかえり」
靴を脱ぎながらカラスが雑に放った言葉に、返事が返って来た。カラスの兄だ。
「今日も楽しそうだね」
「……うん」
その人懐っこい笑みに、カラスは恥ずかし気に応える。
カラスの理想であり、目標。一時期はその才能を前に、潰れてしまいそうになった事もある。
──どこまでも高い壁。それがカラスにとっての尊敬する兄。
「勉強してくるねっ」
そう言って、彼は階段を登って行った。
「ひゃあっ!? 汁が吹き出た!?」
数学の過去問を解いていると聞こえて来た悲鳴。
カラスが駆け降りると、鍋の前で兄がしりもちをついていた。
「兄さんは料理するなって、母さんにも言われてるでしょっ!?」
「だって、おいしいのができたら、しぃちゃんも喜ぶと思って」
完璧超人に見えて、料理が下手でどこか抜けている。尊敬しているが、こういうところは見習ってはいけない。
それがカラスの──
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