第14話 王国議会

 シャイロック氏との会談の翌日。

 ユリアは女王として、議会の招集を命じた。

 議題は、王国全土鉄道建設計画。

 その承認と共に、鉄道開発法をはじめとする複数の法案が可決され、正式に始動する。

 勿論、議会の招集は昭弥の要請によってだ。

 女王はユリアだが効力を持たせるには議会の承認が必要だ。

 帝国は元が共和制国家だったため、議会があり帝国なら元老院、王国は議会を設けることが決められており、重要な法案は議会を通すことになっていた。

 そのため、議会の承認が必要となるのだ。

 王城内に設けられた議会議事堂に全ての議員が集まり、女王ユリアを迎えた。


「ルテティア王国女王ユリア・コルネリウス・ルテティアの名を持って、これより王国議会を招集します。本日の議題は、『王国全土鉄道建設計画』の可否です」


 議事堂では動揺が走った。

 既に閣議の内容が漏れているようで、議員の中には、女王がいるにもかかわらず露骨に反対のヤジを言う者がいる。

 しかし、ユリアはその声を無視して進めた。


「それでは、計画責任者の玉川昭弥から説明をして貰います」


 紹介されて、昭弥は議会中央にある演台に立った。

 半円状に配置された議員席から三〇〇人もの人間が昭弥を見ていた。

 王国全土から、選挙で選ばれた選良。彼らを前にして一瞬怯むが、議会のしきたりに従い女王への一礼でユリアの微笑みを見て元気が出た。


「計画責任者となりました玉川昭弥です。では、計画を説明させて頂きます」


 再び前を向き、説明を始めた。

 全土への建設と、株式、資金、法令の施行、購入計画などを掻い摘まんで話した。


「以上です」


 途中ヤジが飛んだが、昭弥は説明を続け、全てを話し終わった途端、それまで以上の大罵声が上がった。


「反対だ!」


「我らの領地を奪う気か!」


「金の無駄だ!」


「我々に死ねというのか!」


 特に貴族出身の議員を中心に反対の声が上がった。

 議長が議員の一人を指名して発言させた。北方に領地を持つオートヴィル男爵だ。


「玉川昭弥に質問する。この鉄道開発法では、線路から一リーグ以内を鉄道会社は自由に開発できるとあるが、つまり鉄道沿いの領地を奪うと言うことでは無いか」


「いいえ、計画で認められた限り、土地の優先購入権があると言うだけで、没収するわけではありません」


「虚偽を申すな! 鉄道保安法では駅、列車、線路、その他鉄道関連施設で起きた犯罪は新設される鉄道公安隊及び公安職が一括して捜査すると有るでは無いか。これは領国に対する重大な干渉行為であり、領地を奪うも同然だ!」


 領国は、現在の社会が思っている以上に独立していた。治外法権もその一つで、領地内に王国が勝手に入ることが出来ない。

 手下の領地に入れない馬鹿げた制度と思うかも知れないが、国王と貴族の主従契約ではそれを認めている。

 領地を認めることで主人と認めて貰う。

 そのため、この法案は非常にデリケートだった。

 街道と同じと考えて欲しかったのだが、そうもいかなかったか。

 だが、それは昭弥にも解っていた。だから立ち向かった。


「鉄道は複数の領地を通るため、列車上で犯罪が起きた場合、何処で起きても対応できるようにするためです。決して領国の治外法権を侵すものではありません」


「駅構内と言うが何処までも拡大するのだろう」


「鉄道会社が購入した土地と建物の中だけです!」


「帝国から借りた金貨で全て買う気だろう。そもそも、何故議会に諮らず帝国から金を借りたんだ!」


 一番痛いところを突いてきた。

 本来なら議会を通してから借りに行くべきだが、時間が惜しいと言ってユリアがスピード優先のプランを採るよう昭弥に言って来たのだ。


「お黙りなさい」


 その時、それまで黙っていたユリアが立ち上がり発言した。


「皇帝との交渉権は国主である女王の専管事項でありその権利に異議を唱えるのは、重大な違反ですよ」


 リグニア帝国には各王家の権威を保証するため、皇帝と直接会談し交渉する権限を持っている。その場で、皇帝個人と国王個人が約束することで事実上の帝国と王国の条約となるため、強力な外交権限と言える。


「しかし、国内のそれも我々の領地を通る重大な計画なのですよ。議会は反対の声を上げます」


「それは聞き捨てなりませんな」


 ここで話に割り込んできたのは王都から選出された大商人の平民議員ジョサイア・チャイルドが発言した。


「我々はこの『王国全土鉄道建設計画』を支持します。この計画が示すように、我々はオスティアからの荷をこの王都で一度載せ替え、また鉄道に運んでいる。この手間が無くなるだけでも、膨大な利益となるでしょう」


 賛同する声が平民議員から上がった。

 平民議員は、王国内にある自由都市、王国直轄都市から選ばれた議員で、商売を行っていることが多く、自分の商売を有利にするために鉄道建設を求めていた。


「だが、我々の権利はどうなる!」


「王国の発展こそ、我々が取るべき道でしょう」


 シャイロックを味方に付けて良かったと昭弥は思った。

 商売関係から平民議員に裏工作を掛けてくれたのだろう。平民議員の殆どが賛成した。

 その後は貴族議員と平民議員の討論が行われ白熱した議論が展開された。


「では、採決を取りましょう」


 議論が出尽くしたと考えた議長は、採決を取ることを宣言した。


「『王国全土鉄道建設計画』に対して賛成か反対か、投票を行います」


 議会では起立方式と投票方式の二種類あり、議長がどちらかを選ぶ事が出来る。賛成または反対が多い場合は起立で、拮抗している場合は投票で行われる。

 議員は各自自分が持っている札を持って前に出て行く。

 賛成ならば、賛成の箱へ、反対ならば反対の箱へ入れて行きどちらを支持するかを示す。


「投票が終わりました」


 議長が書記に命じて数えさせ、結果を読み上げた。


「賛成百五十、反対百五十。本案は拮抗しております」


 三〇〇議席は、王国内の序列などで分配されており、貴族と王国直轄領で半分ずつ分けられる形になっていた。どちらの力も強くなりすぎないようにするための配慮だった。

 そのため、拮抗するのは予想された事だった。


「よって女王陛下に本案を預けます」


 そして、議会で法案が拮抗した場合、女王に賛否を決めて貰うのが習わしだった。

 議長に促されてユリアは立ち上がり宣言した。


「私は本案に賛成します」


 貴族からは絶望の声が、平民から歓声が上がった。


「私は女王として王国の繁栄を願っています。この計画が王国全てに繁栄をもたらすと私は期待します」


「し、しかし。我々の権利は」


 なおもオートヴィル男爵が反論しようとした。が、


「あなたは女王の正統な権利を侵すつもりなのですか? その場合はどうなるか解っておいで?」


「うぐっ」


 共和制国家、通商で繁栄してきた側面もある帝国では、契約や約定は非常に神聖視されておりこれに異議を唱えるのはタブーとされている。議論や交渉は構わないが、合意がない場合、これを破ることは出来ない。


「もし、それでも反対と言うのなら、反逆と見なします」


 議会がシンとした。

 女王即位の時おきた反乱の顛末を覚えている議員が殆どで、どうなるか身体が理解していて、その場で凍り付いた。


「では、これにて議会を閉会します」


 静まりかえった議場の中、ユリアが閉会を宣言し、退場したことで議員達はようやく動くことが出来た。




「やりましたね昭弥」


 ユリアが子供のように、はしゃいで昭弥に駆け寄った。


「いや、疲れました。一時はどうなるかと思いましたよ」


 一方の昭弥は緊張でふらふらしており、ユリアの手を借りてソファーに座った。


「議会工作のお陰で、半分半分にすることに成功しました」


 実はあの投票にはトリックがあって、半分半分になるように調整していたのだ。

 貴族議員が先に平民議員が次に投票するようになっている。そして、賛成派の議員を最後に投票するように調整して、反対票と賛成票が丁度半分になるよう投票を調整する用意頼んでいた。


「これで私の決断とする事に成功しました」


 理由は、女王の決定とするため。

 数の力で押し切ったのでは無く、女王が決めたということにする手だ。


「しかし、よくこんな手を思いつきましたね」


「いいえ、昔から帝国にある手段の一つです」


 帝国では元老院の力を必要以上に付けないため、皇帝派の議員を使って皇帝に決定権を渡し権威を見せつける手段として使っていた。

 当然、元老院も面白くないが、元老院も自分たちの議席を護るため、国民に不人気な法案を議会が割れたと言うことにして、皇帝に責任を押しつける手段として使っているため、表だって反論できなかった。


「思ったより反発が大きかったですね」


 まさか、女王に向かってヤジを飛ばす人間がいるとは。国会で天皇陛下に向かって議員がヤジを飛ばすようなものだ。


「元老院では自由に発言できるという慣習があり、皇帝に向かっても容赦なく言うことがあります。特に、失政が続いていると」


「え?」


「何しろ、このような若輩者で知恵が無く、鉄道によって亡国の危機に陥っているのですから」


 ユリアは、穏やかに笑っていたが深刻だった。最高責任者であり権力もありながら、目の前の事象に何ら手を打てず、徐々に悪化していくのを見ているだけだったのだから。


「ですが、今はこの計画があります。今日の議会で計画を進めることが出来ます。昭弥、お願いします」


「はい、女王様」


「……あの」


 怖ず怖ずとユリアが話しかけてきた。


「何でしょう?」


「ユリアと言って貰えませんか? いつものように」


「すいません。ありがとうございます、ユリア」


「! はい!」 

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