第7話 事務作業地獄
翌日、昭弥は王都の鉄道駅に来ていた。
鉄道の現状を改めて見るためだ。
運び出される荷物を確認する。
「帝国に運ばれて行く荷物が多いね」
「東方からは香辛料が多く運ばれて来ますから」
「帝国からは何を輸出するんだい?」
「主に金や装飾品、少量ならワインなどです。あと、ガラス製品」
「量が少ないように見えるけど」
「人気が少ないんですよ。買う人が少なくて。何とか増やそうとしていますが殆ど金や銀で払っています」
「ふむ」
少し計算してから昭弥は列車主に話を聞きに行った。
「帝国から東方への荷物が少ないように見えるけど」
「まあ、帝国の商品は不人気だからね。魅力的な商品が少ないのと、距離が離れているんで、本土だと東方の嗜好が今一伝わらないようだ」
「たしかに」
昭弥は相づちを打った。
「それだと、本土からここに来るとき、貨車が空で赤字じゃ無いのか?」
「香辛料は需要があって高く売れるからね。片道だけでも十分な利益だ。それにこちらに来るときでも、赤を減らすように努力している」
「というと?」
「格安で荷物を運ぶことにしているのさ。空のまま運ぶより、マシだろう」
「で、積み込むのは野菜や肉の塩漬け、油漬け」
「ああ、解っているな」
昭弥の思っているとおりだった。
物流が一方的に流れているため、空の貨車を少しでも減らすために格安で運んでいたのだ。それで、運ばれて来た商品が王都に溢れ、不況になっていたのだ。
「ありがとうございます」
話を聞き終わると、昭弥は礼を言って駅を離れた。
昼過ぎ、昭弥は王都の港に来ていた。
船の様子を探るためである。
王都はコルトゥーナ川とルビコン川の合流地点に作られた都市で、水運の重要地点を抑える形で配置されている。
よって、ルテティア王国はルビコン川の水系を利用した水運に成り立っており、王都の港を見れば、どのような国か知ることが出来る。
「結構船が来ているね」
大中小と様々な船が来航した。
「ルビコン川の中流にある王都ですから、各地から船を使ってやってきますよ」
セバスチャンが言うが昭弥はある事に気が付いた。
「見ていて気が付いたんだけど船の大きさバラバラだな」
気になったので、船の出港地を尋ねて回った。
さらに、積み荷の出所も尋ねる。
すると小型船でもかなり遠くから来たり、大型船でも対岸から来ているだけの船も多かった。
「小さい船でも意外に遠くからくるな」
「ええ、川と言っても浅い場所が有るので、大型の川船だと航行出来ない場所が多いんです」
「逆に短距離なのに大型船に乗せ替えている荷物も多い」
「ルビコン川は大河なので、大型船じゃないと航行出来ない場所もあります。特に嵐に遭うと凄く荒れるので、大型船じゃないと危険な場所も多いんです。港も整備されていますけど、大きすぎて直ぐに避難出来る場所が少ないこともあります」
「なるほど」
昭弥はメモを取り終えると、次の視察場所に向かった。
続いて向かったのは王国工房だった。
ここでは主に王国軍の武器を製造している。
「見て下さい、これが王国最大の溶鉱炉です。一度に一リグニアトン(1トン)の鉄を溶かすことが出来ます。これで九リブラ(九キログラム)砲、九リブラの砲弾を撃ち出す大砲を一挙に製造出来ます」
工房の職人が自慢げに言っている。
だが、昭弥の感想は違った。
「小さいな」
職人はむっとした表情を浮かべたが昭弥は続けた。
「もっと大きな炉を作ることは出来ますか?」
「出来るが、今以上に生産しても出荷する予定はない」
「もうすぐ多くなるので大丈夫です」
「そうか、なら工房長に聞いてみておく」
「ありがとうございます。ところで鋼鉄は作っているんですか?」
「いや、あれは手間がかかるんだ。だから、殆ど錬鉄だけど」
鉄はその中に含まれる炭素の量で性質が決まる。特に〇.三~二.一パーセントの炭素を含有している鉄を鋼と呼び、硬く壊れにくく、多くの製品に使われる。一方、溶鉱炉から生み出される鉄は銑鉄と呼ばれ炭素量は四パーセントほどのため、非常に硬いが衝撃に弱く、壊れやすい欠点がある。
「転炉はありませんか?」
「転炉? なんだそれは?」
「鉄を鋼鉄にする装置です」
「“るつぼ”のことかい? あれは時間がかかるし金もかかるぞ」
溶鉱炉から出てきた銑鉄を坩堝に入れてかき混ぜながら鋼を取り出す方法の事だ。常に銑鉄を熱するため木炭が大量に必要になる。
それも七日間ほど熱し続ける行程があり、コストが非常に高い。
そのため、出来た鋼は貴金属並みの値段で取引されている。
「いいえ、空気を送り込んで作り出すんですけど」
「そんな方法、聞いたこと無いぞ」
「……解りました。あと、機関車を製造出来ますか?」
「機関車か、アレは結構加工精度が必要でうちでも作っているが、満足の行くものが出来ない。動くことは動くが、力が無い。ピストンとシリンダーの間からどうしても蒸気が逃げちまう。客車なら出来るんだがな。だから馬車鉄道が殆どだ」
「なるほど」
昭弥はメモを取ると、その場を後にした。
「お帰りなさいませ昭弥様」
喜色満面のエリザベスが昭弥を迎え入れた。
「ただいま、エリザベスさん。何か良いことがあったの?」
「はい、依頼されていました資料と質問への回答が出そろいました」
バンと机の上に紙がうずたかく積まれていた。
「揃いましたか!」
「はい、王城の知っていると思われる人間に片っ端から尋ねて作成しました。一部、回答できないところもございますが、鋭意調査中で、近日中に回答できるでしょう」
「そうですか。よかった」
昭弥は、その書類を手に取り読み始めた。
「ご満足頂けたようで何よりです。ではこれで」
「あ、待って下さい。エリザベスさん」
「はい?」
手渡されたのは、新しい書類だった。
「今日の視察場所で書いた質問と調査依頼です。これもお願いします」
笑顔で手渡された書類を見て、エリザベスは固まった。
「お嬢様」
慌ててセバスチャンが駆け寄ったが、失神したエリザベスから返事は無かった。
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