第6話 計画作成の悪魔
出張から戻った昭弥は部屋で一通り、身ぎれいにしてから王の元に向かった。
「お疲れ様です昭弥様」
一週間ほど前、昭弥を招待した東屋で女王は再び昭弥を出迎えた。
「何か、発見はございましたか?」
「ええ」
昭弥は力強く答えた。
「何とかなりそうです。ただ……」
「ただ?」
「非常に多額の資金と膨大な人員が必要になると思います。また大きな事業になるので、詳細な計画が必要になります」
「何をなさるのです?」
真剣な眼差しを昭弥に向けるユリア。
昭弥は、深呼吸を一回行い心を静め、意を決して提案を伝えた。
「王国中に鉄道を敷きます」
「え?」
昭弥の言葉にユリアはあっけにとられた。
「何と言いました?」
「王国中に鉄道を敷くんです」
「何故ですか? 王国は鉄道によって混乱しているというのに。王国中に敷いたらより大きな混乱を招くのでは?」
「逆です。王国中に敷いていないから混乱しているのです」
「どうしてですか?」
ユリアが昭弥に尋ねた。
「混乱の原因は、帝国の安い商品がこの王都に入って来ているため、王国の商品が売れないことです」
「そうです。王国中に鉄道が敷かれたら、我々は更に窮地に入るでしょう」
「違います。そもそも帝国の商品は、王国とそれほど違うようには思えません。むしろ、帝国より安いでしょうし品質も良いものです」
「ではどうして売れないのですか?」
「輸送コストの問題です。帝国は鉄道によって商品を安く運ぶことが出来ます。ですが王国は馬車や船を使うため高くなってしまいます」
「馬車はともかく、船はそれほどとは思えません」
「確かに船は安くすむでしょう。ですが、船の足は遅い上に、川によって制限されています。ですが鉄道なら川に左右されること無く、運ぶことが出来ます。その分、遠くから確実に安く運ぶことが出来ます」
「でも帝国に対抗出来るのですか? 帝国も鉄道を持っているのですよ。帝国本土でも帝国鉄道に対抗して貴族領や王国領で独自に鉄道を作っても失敗しているそうですよ。現に、私どもの作った王国鉄道も赤字が続いています」
「私が見るところ、帝国鉄道は不十分です。完成したばかりということもあるでしょうが、欠点が多くあります。そこを突けば上手く行きます」
「……それで王国は救われるのですか?」
「はい。ただ、大きな痛みを伴います」
「しかし救われる」
「より豊かに出来るでしょう」
昭弥は自信を持って断言した。
「では、お願いします」
ユリアが昭弥に頭を下げた。近くに居たマイヤーが動こうとしたが女王に止められた。
「よろしいのですか?」
「残念なことに、解決策を持った者が私の周りには居ません。藁にもすがるような気持ちでお願いします」
「……わかりました。詳細な計画を立てた上で、実行すべきか判断しましょう」
「お願いいたします」
ユリアが再び頭を下げた。
「女王陛下のお言いつけにより、参りました昭弥様」
三〇分もしないうちにエリザベスが昭弥の部屋にやってきた。
「何をするか聞いていますか?」
「はい、大きな鉄道事業を行い。王国を救うというのですね」
「そうです」
不審の眼差しでエリザベスは昭弥を見た。
無理もない。鉄道によって滅びようとしているこの国に更に鉄道を広げようというのだから。敵に塩を送るどころか、全財産を差し出しているようなものだ。
「その事業が上手くいくか研究と調査を行う必要がある」
不満そうにエリザベスが言う。
ここに来たのも女王陛下の命令だからであり、言われたからやるだけ。そんな態度が昭弥にはありありと見えた。
「はい」
「そして、私にその手伝いをするようにとの事ですね」
「その通りです」
疑いの眼差しでエリザベスは昭弥を見た。
何処の馬の骨とも解らない人間が王国の運命を左右しようというのだ。素直に従う方がおかしい。
「上手く行くんですか?」
「不明なことが多くて確実なことは言えません」
「賭と言うことですか?」
「ですが、成功する確率は高いと思います」
「昭弥様」
エリザベスは鋭い目で昭弥を見た。
「私どもは王国貴族として姫様に仕えております。しかし、昨今の状況は私どもでは解決策を持てず、お力になれない、歯痒いものでした。ですが、あなたは解決出来るという。姫様がすがりたいという気持ちも分かります。それを承知の上で上手く行くとか上手く行かないとか賭とか仰るのですか」
「はい」
「姫様をもてあそぶ気ですか!」
剣のように鋭い語気をエリザベスは放った。
「そんなつもりはありません」
昭弥は静かに答えた。
「ただ、私は自分に出来ることを、王国に役に立つ事を進言するだけです。実行するかどうかは女王陛下の決めることです」
「では、その案が採用出来たとして成功するのですか?」
「保証出来ません。未来の成否が解るのは神様だけでしょう」
「……では言い方を変えましょう。あなたは全力で取り組めるのですか?」
「勿論!」
昭弥は強く断言した。
「……わかりました。あなたを信じましょう。ただ、姫様を不幸にすることは許しません」
「はい」
そこまで言ってエリザベスはようやく怒気を鎮めた。
「では、お手伝いお願いします」
「はい、何なりとお申し付け下さい」
数時間後、エリザベスは自分の言ったことを後悔した。
「では、そこの椅子に座って私の質問に答えて下さい」
命令されたので、素直に従い椅子に座って答えたのだが、それが延々と続くのである。
何しろ、次から次へと王国、帝国どころか周辺国のエフタル、周、アクスム、マラーターの政治制度、経済、地理、産業、技術などを尋ねてくる。
中には、エリザベスが知らない用語を使ってきて戸惑わせる。知らないと答えると、紙に書いて調べて後日に回答するよう求めて来る。
紙には昭弥の国の言葉なのか、見たことの無い文字が次々と書き記され、イラスト共に白い紙を埋めて行く。
「このルテティア王国は帝国の中にあるんですよね」
「はい、帝国の支配下にあります」
「独自に通貨を発行することは出来ますか?」
「いいえ、通貨の発行は帝国のみです。独自の通貨を作って帝国から離れて行くのを防ぐためです」
「そうですか」
昭弥は少し考えてから別の質問をした。
「為替の発行は出来ますか?」
「はい、出来ます。許可を受けた両替商行っており流通もしています」
「そうですか」
昭弥はメモに書き込むと、更に何かを描き付け足して行く。それが終わると次の質問をした。
「エリザベスさん、人々はお金を貯めますか?」
「なるべく貯めるようにしています。いつ何時戦乱や干ばつがあるかわりませんから」
「どんな風に貯めます?」
「普通は宝石に換えたり、銀食器にしています」
「お金を預かってくれるところはありますか?」
「両替商なら与ってくれますが、よほど大きな金額で無い限り預かってくれませんし、両替商自体が潰れる可能性も有ります。精々商店が支払い用に置いておくぐらいです」
「なるほど」
更にメモに書き込んで行く。
そんな事を何度もこの数時間、ずっと続けている。
「あの昭弥様」
意を決してエリザベスは尋ねた。
「何でしょう?」
脇目も振らず書き記しながら昭弥は答えた。
「鉄道の計画を立てているのですよね」
「はい」
「では、何故、政治や経済が必要なのでしょう。それも周辺国を含めて」
「鉄道は大規模事業なので政治、経済の影響を非常に受けます。また鉄道も政治経済に影響を与えます。特に鉄道は初期投資が膨大なので、資金を調達する方法の算段が必要になります。技術は、鉄道は最先端技術の塊なので知っておく必要があります。また……」
「つまり、すべて鉄道に必要なのですね」
「そうです!」
長話になりそうだったので割り込んで中断させた。にもかかわらず昭弥は力強く断言した。
本当に、鉄道に関しては底なしの情熱を見せる昭弥だ。
その情熱に付き合うようにエリザベスは問われたことに答えた。
「今日はこんな所ですね」
ようやく終わったのは日が地平線へ消えようとしたときだった。
「あの、お役に立てたのでしょうか?」
疲労困憊のエリザベスは息も絶え絶えに尋ねた。
「はい、大変参考になりました。本当にありがとうございます」
その言葉を聞くと安堵の溜息を吐くと共に机に突っ伏した。緊張と疲労で極限状態にあったのだが、最後の糸が仕事からの解放で切れてしまった。
ああ、はしたないところを見られた。
頭の中ではそう思っていたが、どうしても身体が動かない。頭だろうが身体だろうが疲労は身体を行動不能にするようだ。
こんな姿を見られたら、お嫁に行けそうに無い。
身も心もボロボロにされたんだし、責任を取って貰おうかとエリザベスは考えた。
「あ、すみませんけど。こちらのメモですが」
そんなエリザベスを知ってか知らずか、昭弥は数十枚のメモを渡した。
「質問集と作って欲しい資料を纏めておきました。知っている方や他の人にも協力して貰って私が明日の視察から帰ってくるまでに完成させて下さい。お願いします」
そこには覚えたてのリグニア語で書かれた昭弥の文字がビッシリ書かれていた。
言葉は魔法で聞いたり話したり出来るが、読み書きは出来ないはず。
なのに、目の前にいる昭弥は出来ていた。
初心者にありがちな文法の間違いはあるが、リグニア後で文章が書いてある。
それも幾つか専門用語を使いつつ細かい指示を付け加えて。
見慣れない文字で書かれているのは、恐らくメモ書き。
質問を確実に伝えようと分からない部分の質問を作り自力でリグニア語に翻訳して書き連ねやがった。
どうせ自分の世界の言葉で書いているから読めないと言ってエリザベスは逃れようとしたが、リグニア語で書かれていてはこれでは無理だ。
「悪魔だ」
指示書の束を渡す昭弥を見てエリザベスは思い、震えながら呟いき確信した。
自分の目の前に居るのは、王国が滅びる前に私を指示書で滅ぼそうとする悪魔だ。
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