56.光

 あたしは、きっとここで死ぬ。


 あたしの人生は、このクソみたいな街で、盗みと暴力を繰り返し、一日でも生き長らえたいがために、汚れに汚れた毎日を過ごしていたら、ある日突然、終わりが訪れる――――


 ――――それは、一番怖いことだし、死ぬのは嫌だけど。ある意味それは、夢も希望も拒絶して、ただ生きることだけに縋り付いているあたしにも、いずれ必ず訪れる『唯一の《救い》』なのだと、心のどこかじゃ、そう思っていたのかもしれない。


「レラ。お前も一緒に来てくれよ」


 あたしがこの男について行く道理は無かった。ついて行ったって良いかもしれないけれど、あたしには、この街を離れて失う物も、この街に縋り付く理由も特には無くて――――だけれども、変わらない毎日を過ごして生きるためだけなら、この掃き溜めの街で十分だから。


「行かねーし。ってるじゃん」


「頼む。なんだ、その……俺が守るし、ヤバいと思ったら逃げてくれたっていい。俺はもうこの街には戻らないつもりだから」


 ふん、生意気言うね。自分だって、さっきまで泣き喚いて発狂して、今はただ尻尾巻いて逃げ出そうとしてるだけのクセにさ。

 …・…まぁでも、そうさね。あたしが同じ立場ならそうしてる。あたしの知らないとこで、ルドルフのおやじからいくら吹っかけられてんのか知らねーけど、そんなもん、踏み倒して開き直りゃいいんだよ。約束だからって、律儀に死にに行くことなんてないし、なんなら、真面目にモノクロウ火山のてっぺんまで登ったとして、そこでお宝見つけたら、遠くに持ち逃げしちまえばいい。


 ……で?


 アンタが火山でお宝見つけたら、どこか遠くの、あたしの知らない場所で幸せに暮らして、めでたしめでたし、ってワケかい。そしてあたしは、やっと居候が出て行ったことで窮屈な寝床から解放され、いつもと変わらない日々をこの街で死ぬまで続けるってワケだ。

 ……気に入らねーな。


「なぁ、一緒に行こうぜ……? お前が旧市街ここに住んでる理由なんて、ここが好きなワケでも無く、ただ治安が悪い場所だから、金を稼ぐためのカツアゲと盗みがやりやすいってくらいだろ? そんな人生、本当にこれからここでずっと続けていくつもりか?」


 この街は好きじゃ無い。むしろ大嫌いだ。

 だけど、誰かに指図されたり、説教されたりすんのはもっと嫌いだ。


「黙んな。あたしの人生、お前にとやかく言われる筋合いぇんだよ。トモダチとかいう他人に唆されて、死ぬかもしれないお宝探しに命を賭けるのはご免だ。あたしは、いつか野垂れ死ぬまで、ここで好きに暮らすのさ」


 ソースケが、いつもの腑抜けた表情カオするのをやめて、如何にも『言いたいことがある』っていうカオで、あたしにガンを飛ばしてくる。いやいや、もう聞き飽きたんだよ。


「……じゃあ、迎えに来る」


「あ?」


 ……何言ってんだ。こいつ。


「もしも俺が、モノクロウ火山でお宝見つけたら、ここに帰ってきてお前と山分けする。そんで、ここにいたらルドルフのおっさんに捕まっちまうだろうから、どっちにしろ俺は遠くの街かどこかにトンズラする。そのときなら、ついてきてくれるか……?」


 ……何のために? そのまま逃げればいいだろうが。お前がわざわざあたしのとこに帰ってくる理由なんて無いし、そもそも『迎えに来る』って何なの? そんなに――――


「そんなに……そこまでして、お前が、あたしについて来させようとする理由って、なんなの……。穴掘りのテコが目的じゃなかったのかよ……? きしょいんだけど……」


 胸の奥がざわざわと、あたしの知らぬ間にざわめいて、あたし自身に真意を問いかける。

 黙れ。不愉快だ。ソースケがいくらあたしのことを必要だって言っても、あたしにこの男

は必要ない。あるわけない。


「それは――――それは……その……なんだ……その…………い、言わせんな恥ずかし――――」


「言いなさい!《明らかに私が迷惑を被る提案》を聞いても黙っててあげたんだから、最後までしゃんとしなさいな! 男の子でしょ、ソースケ?」


 魔女のねーちゃんがソースケを小突く。もういっそ、そいつをぶん殴って黙らせてくれ。


「っ……! それは、そのだな!? レ、レラが……レラがいないと、俺、寂しいんだ! こここの世界で! せせっかく友達になれたんだろ!? もう、仲間だろ!?」


 ……仲間だ? あたしがいないと……寂しい、だって? 


「そりゃあ、俺たち、色々あったけどさ……。お前が……レラが、傍に居て一番安心するんだよ、俺……。最初はぶっ殺されそうになったけど、なんやかんやお前は俺に親切にしてくれたし、色々教えてくれたりもした。だから――――これから、また知らない場所で一から生活を立て直そうってなるんなら……俺、お前に傍に居て欲しいんだ、レラ」


 あたしに『傍にいてほしい』って……は? バカじゃねーの。は? 何言ってんのコイツ?

 

 !?……ゾクゾクする。あたしの背筋に、身体中に、寒気のようなざわざわとした感覚が襲いかかってくる。今までに、経験したことの無い感覚。寒気がするのに、全身が火照っている――――きっっっしょ!? 黙って!!


「だから、頼む! もしかしたら、一緒に遠い場所でルドルフのおっさんから身を隠す逃亡生活を送ることになるかもしれないけど! でも、もしかしたら一緒に大金持ちになって、悠々自適に暮らせるかもしれない! だから……そんな、デケー夢、一緒に、掴みに行こうぜ――――」


 ……あたしは、夢とか、希望とか、そういう胡散臭い言葉が大嫌いだった。そんなもの、一生自分とは縁の無いまやかしだと、臆病なほどに拒絶していたのかもしれない。


 でも、あたしが生きていて、きっと唯一、初めてまともに差し伸べられたであろうその手は――――


「レラ! 俺と一緒に、人生やり直そうぜ!」


 ――――今まで見てきた世界の景色が全部変わっちまうくらい、それくらい鬱陶しいほどに、眩しく輝いて見えたんだ。

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