目に見えないモンスター

先生の元に行くと、一対二十の乱戦だった。数の暴力は一方的に弱い方を叩きのめしている。劣勢な方は手も足も出ていない。もちろん劣勢なのは二十人いる方だ。先生が優勢だ。先生は敵の猛攻撃を電撃の腕を使って弾いている。巨大な電撃は砂漠の地面を焼き焦がしながら鞭のようにしなる。青白い手で敵をつかんでは投げ、握って潰し、拳で殴る。まるで生きた雷がのたうちまわっているようだ。


「先生! 大丈夫?」

「ああ、ここは俺が惹きつけるから、こいつらのリーダーを追え! あいつを倒せばこの戦いは終わる」

先生は渓谷の奥の方を顎で差しながら言った。リーダーとはあの黒髪の少年のことだろう。

「わかったわ」


そして、私とジャックは二人だけで渓谷の底を駆けていく。風が私たちの体の隙間を通り抜ける。心地よい冷気は、私の体の上から緊張感を奪って消した。

「待てっ!」

私は黒髪の少年に声を投げた。

「お前は、あの時のホームレスか?」

「私はもうホームレスじゃないわ。先生の部下で、レジスタンスの副隊長。あなたを止める」

そして、戦いが始まった。渓谷の一番底の、奥の奥で剣戟の音がこだまする。


私の剣とジャックの剣が互いの隙をかばい合い、息のあった連続攻撃を奏でる。激しくぶつかる金属は、衝撃と殺意を交互にぶつけ合う。剣と剣がぶつかるたびに私の手に重たくて粘つく衝撃がのしかかる。これが人を殺す重みだ。


敵の攻撃を防ぐたびに、寿命が延長されるような感覚があった。もし、この攻撃が私の頚動脈を掻き切っていたら、私は死ぬ。私の攻撃が黒髪の少年の心臓を貫いていたら、彼は死ぬ。命のやり取りは、互いの両の掌の上で行われている。このつるぎの重みは、命の重さを表すには、あまりにも軽すぎる重さだった。


しばらくお互いが剣で実力を探り合った。そして、黒髪の少年から発せられる雰囲気が変わった。何かが来る。そう思った瞬間、私は突然後頭部に強い衝撃を受けた。

「きゃっ!」

痛みから生じた悲鳴と共に、私は背後を確認する。しかし、そこには誰もいない。ただ、瓦礫の山の隙間から砂漠の熱砂が風に乗って飛んでいるだけだ。


私は自分の後頭部に手を当てて怪我の具合を確認した。左手には粘つく赤い体液がついている。明らかに何らかの攻撃を受けた。

「何をしたの?」

「さあな」

「ジャック、何か見た?」

「どうした? 何で後頭部から血が出ている?」

ジャックも何も見ていない。一体何が起きたのだろう? 私は胸中をざわめかす疑問を無理やり胸の底に沈めた。そして、再び飛び上がりながら黒髪の少年に斬りかかった。

「やあああああああ!」

次の瞬間、鈍い音とともに、私の躯体は突然左側に弾き飛ばされた。まるで見えない何かに引っ張られたみたいだ。

「気をつけろ! 何かいるぞ!」

ジャックの焦燥感を伴った声が響く。

私は上体を起こし、周囲を確認する。私の目の前には黒髪の少年が黒い剣を構えながらニヤつく笑みをこちらに向けている。背後にはジャックが剣を斜めに構えて、牽制しながらこちらに気を配っている。それ以外には何もいない。誰もいない。



ただ久遠の先から透明な風が吹き抜けていくだけだ。聞こえてくる音はといえば、風に乗って飛んでくる、砂つぶが私たちの体にぶつかって奏でる小さな音だけ。それ以外には本当に何もない。


そして、不意に何もない目の前に足跡が現れた。

「何これ? そこに誰かいるのっ?」

私は怖くなってその足跡の方に声を飛ばした。その足跡は、指が三本あって、まるで巨大な爬虫類の足跡のようだ。独りでに突然現れた足跡は、まっすぐこちらに向かって歩を進める。今、地面に描かれた足跡は合計二つ。

「何をしたのっ? あなた一体何を装備しているの?」

私は、黒髪の少年に焦る声をぶつけた。当然こんな質問に馬鹿正直に返事をするわけもなく、

「さあな?」

黒髪の少年はいやらしい笑みを顔に貼り付けている。心底楽しそうだ。

「愛! オレがなんとかするか?」

と、ジャック。

「いいえ。まだその時じゃない!」

足跡はさらにこちらに近づいてくる。一歩、また一歩、こちらに距離を詰めてくる。乾いた砂漠の真ん中で足音だけが私の耳に届く。私は痛む体に鞭を打って、なんとか剣を構える。切っ先を足跡の方に向ける。

さらに足跡がこちらに近寄ってくる。もう数メートルの距離まで来た。


「何かいるの? 私の言葉がわかるなら、警告する。それ以上近づいたら攻撃する!」

私は焦りから、目の前の見えないモンスターに向かって怒号を飛ばす。もちろんこんな警告が無意味なことぐらい分かっている。

さらに足跡がこちらに近づき、私の目の前で止まった。冷や汗が私の白い肌の上を舐めるように滑る。陽炎を生み出すほどの熱線が空気を焼く砂漠の上で、私は心の中まで凍りついた。焼け付くような熱が私の体を冷たく凍らせる。心臓は爆発しているのかと思うほど大きく鳴いている。まるで、自分の死期を悟った死刑囚のようだ。


そして、私の肩の横の長い黒髪に何かが触れた。

(しまった。後ろだ!)

背後に何かがいる。足跡だけに気を取られて背後を取られた。さっきまで爆発するように動いていた心臓が急に動きを和らげる。心停止したように心臓が固まる。身体中の血液が流れを止める。背筋を恐怖に似た何かが登ってくる。

私は女神に祈りを込めて、背後の見えない何かに切りかかった。

「お願い! 当たって!」

そして、私の攻撃は虚しく空を切り、見えないモンスターの攻撃が私の躯体のど真ん中に直撃した。

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