第2話 尾田来海

 肩で切りそろえた真っ黒な髪。顔を隠すように、前髪が目にかかって、そこに、さらに、黒縁のメガネをかけている。校則を絵に描いたような、膝下までのスカート。


 尾田来海おたくるみ


 彼女はいつも教室で、静かに本を読んでいる。漫画なのか、小説なのかは知らない。ニコッと笑って話すタイプでもなく、真面目を代表するような容姿をさし、『オタク』と言ってる奴もいる。

 オレと同じ、ヒエラルキー下層の平民だ。


 そんな彼女がどうしてオレに?


「どうしたの? 尾田さん」


 もしかして……

 オレは少し緊張して返事を待った。


「日直」

「あっ!」


 少しでも、告られる、と思った自分が恥ずかしい……尾田さんがオレにそんなわけないよな。

 というか、日直か。


 オレは熱くなる顔を誤魔化ごまかすように、廊下に向かって呼びかけた。


「ごめん、大翔ひろと、日直だった、先行ってて!」

「はいよー!」


 大翔が、行ってしまった後、教室には2人残がされる。


 ちょっとした動揺はあったものの、お互い平民同士。気は楽である。オレは気を取り直して彼女の前に立った。


「ごめん、尾田さん」

「いいよ。これ、先生に持っていってくれる?」


 そう言って、日誌を渡された。中身は書いてくれたらしい。尾田さんは、背伸びをして、黒板を一生懸命消している。


 危なっかしいなぁ。


 ぼんやり眺めていると、案の定、よろっ、と彼女がバランスを崩した。


「きゃっ!」

「あぶない!」


 倒れそうなとこを、あわてて身体を受けとめる。今の声よかったな、と思いがよぎった。


 何をいってるんだ? オレは!


 しかも、地味といっても、女子の体に触ってしまった。


 柔らかい。


 慣れない感触に、冷や汗が吹き出しそうだ。


「とょっと、貸して!」


 照れを隠して、強引に彼女の手から黒板消しを奪うと、夢中で上の方を消していく。


「あの……城田くん」

「へっ?!」


 体が微かに触れる距離。すぐ下にある、彼女のつむじの周りには、天使の輪っかが作られ、シャンプーのいい匂がしてきた。


 あー!! これじゃあ、まるで壁ドンじゃないか!

 それにしても……ちっさいな、尾田さん。


「ありがとう」


 初めてこんな近くで見る。それに。

 尾田さんが、もじもじ、と恥ずかしそうに顔を赤くして見あげている。メガネ越しの少し戸惑った瞳。オレは、不覚にも、ちょっとキュンとしてしまった。


 いやいや! オレにはコノミという、嫁が……!


 そんな心の葛藤には気づきもしない尾田さんは、さっさと離れて、鞄のチャックを閉めている。


「あ、オレ職員室行ってくる」

「ありがとう、よろしく」


 さっきと同じ言葉、なのに、尾田さんは少し顔を向けただけで、今度は無表情だった。




「日誌を持ってきました」

「おう! ご苦労さん」


 職員室にいる、担任に渡すものを渡して、部室に向かう。


 やべ、譜面ふめん、机ん中だ。


 忘れ物を取りに教室まで戻ってくると、歌が聴こえてきた。


 これ、コノミの……


 本当は何百回も聴いた。聴き間違うはずかない。心臓がドキドキと高鳴る。オレは思わず走って、乱暴に教室の扉を開けた。


 ガラッ!!

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