第12話
目覚ましがなる前にあたしの体内時計は一歩早く動き出す。ベット横にある時計に目をやると6時を指して軽快に音を鳴らし始める。
あたしは手早く時計を押してなり続ける時計を止めた。
手早くベッドから身体を起こし、腰掛けて思いっきり背伸びをする。すーっと凝り固まる筋肉の繊維一つ一つがほぐれていく感覚がする。
毎度の事だけれど、頭ははっきりはしているがやっぱり身体はなかなか眠りから冷めてはくれない。身体を捻ったり、横に倒したりして私は関節を柔らかくしていく。
身体中の血液が巡ってくると今日も1日元気に過ごせそうな気がする。
パジャマをいそいそと脱ぎ、制服に着替える。
学校といえば今とある話題に持ちきりだ。
その話を耳にするたび私の眉間に皺がより瞬く間にしかめっ面の出来上がり。
馬鹿臭いと他人が話していても知らんぷりと決め込むがやはり気にはなる。一番気に入らないのが当事者が特に何も私に言わないことがより腹が立つのだ。
だけど、あいつは居心地が悪そうな顔はしてるみたい。
しかし、もう一人の方が特に何もなかったように振る舞い普段と変わらない。当たり前のように他者と話すし、あいつとも喋る。
二人が話せば話すと、あの噂や見た生徒はやっぱり!なんて楽しそうに二人の様子を観察してはヒソヒソ話をする。
あれやこれや考えるとむしゃくしゃしてイライラしてくる。
目元にかかる髪を後ろに掻きあげながら、カーテンを開けて雲の一つもなく晴天だ。
あたしの心の中とは大違いで今や今かと、風が吹き荒れて雷までなりそう。
窓を開けて新鮮な空気を胸一杯に吸い込み大きく吐き出す。
「めっちゃ腹立つ。」と。
階段をだんだんと降りると奥から母が「朝から賑やかね。」とニコニコと振り返る。
私はその顔をみて、しかめっ面になる。
母は気に止めずに、「顔でも洗って鏡で自分の顔見てらっしゃい」と穏やかに諭す。
「そんなに酷い顔してるの?」
「酷いかどうか言われると何とも言えないけどお父さんが考え込んだ顔にそっくり。」
「えっ、嘘?」自分手で顔を触って確認する。
キッチンの奥から手を拭きながら私に向かって歩きながら、「まあ、とりあえず洗面所行って自分で確認なさい。」
あたしの身体の向きをくるっと洗面所の方向へ背中を押す。
押されるがままに洗面所に向かい、洗面所の鏡の前に立つ。首を左右に動かして自分の顔を見てみると、確かにしかめっ面だ。
鏡に顔を近づけ、右手で眉間の部分の皺が伸ばしてみる。しかし、口もへの字に曲り自己主張している。右手を離し、両手で自分の口角を引っ張り上げる。
無理矢理に笑顔にされた顔はあまりにも不格好で余計にへこみそそうになる。
両手をおろして鏡の自分をみて大層に可愛くないと思った。
あたしは、蛇口を捻り水をだす。両手に水を溜めながら、身体を前屈みにして顔に勢いよくかける。
冷たい水が顔にかかると少し気分がよくなった。顔をが濡れて前髪が濡れてしまったが、戸棚からお母さんが昨日洗ってふかふかなタオルに顔を押し付ける。
頭の雑念を消し去る勢いで顔を思いっきり拭いた。拭いて鏡を再度見つめる。鏡の後ろに映るお母さんが腕を組みながらニコニコと笑ってあたしに言った。
「顔真っ赤よ。」
真っ赤って言われたが何もあたしは言えず母と顔を見合った。
「まあ、とりあえずご飯食べなさい。」
何か感じ取った母は手招きしながらあたしを誘う。
昔から母には隠し事なんか出来ない。「あんたは小さい頃から、なんでも顔にでるのよ。」と頭を撫でながら言われ続けており、今日もきっと何かを悟った母は普段以上に構ってくれるのだろう。そんな事が気恥ずかしくてそっけなくあたしは一言「ん。」と答えてテーブルに座る。
テーブルにこんがりと焼けたパンが置いてあり、母が私の目の前にバター・いちごジャムを置いた。
「食べちゃいなさいな。」
両手を合わせて「いただきます。」と呟き、バターナイフで焼かれたパンにバターを載せていく。パンが暖かいからからパンの上でバターがゆっくりと溶け出していく。
良い匂いが食欲をそそる。
一口パンに嚙みついて飲み込んだ。黙々と目の前にある物を食べていると、キッチンの所にいた母がカップを二つ持ってきて牛乳を注ぎ、一つのカップ私に手渡して、もう片方のカップをもって私の反対側に腰掛けた。
お母さんは一口を飲んで私の顔を見ながら話しかけてきた。
「学校はどう。楽しくやれてる。」
何か探られそうな感じもするが、普段通りに「うん。それなりに。」と食べながら返事をした。
「そういえば、この前孝くんと一緒に帰ってきてたみたいだけど、学校では同じクラスなの?ちょっと前まではよく一緒に帰ってきてたのにね。」
「・・・なんで、そんなこと知ってるの?。」
あたしは母親をじっと睨みつけた。そんなあたしをしり目にあっけらかんと答えた。
「なんで知ってるのかって?そりゃこの目でみたからよ。買い物している最中にあななたちを発見したからよ。」
なんてそんなにタイミングで見つかるのか。あたしは特に返事もしないでそのまま食事を続ける。私をみながらさらに口を開いた。
「ちなみに孝君のお母さんもその現場を見ているから知ってるわよ。」
急な展開に驚き、飲み飲んでいる最中のパンをひっかけそうになって思いっきり早大に咽る。ゴホゴホとせき込んでいると、お母さんは楽しそうに「そんなに驚かなくてもいいじゃないと。」カップに一口口づける。
涙目になっているあたしは小さい声で「美智子おばさんと一緒に買い物に行ったの?」と尋ねる。
違う違うと小さく手を振りながら
「偶然お店でばったり会ったのよ。買い物が終わって店の前で立ち話をしてたらちょうどあななたちが見えたから、で、そのまま二人でいきつけの喫茶店で話をして帰ってきたと。」
はあぁと深いため息をつく。見られていたんで恥ずかしい。
一体、美智子おばさんと二人でなんの話をしたのか。多分二人に取ってはいい話の種になったのだろう。あたしたちの接点が少なくなったって二人にはなんや関係のない話だろうし。
また大きく溜息を一つつくと。
「若いのにそんなに溜息ついて。別にいいじゃないの。あなた達なんて幼稚園の頃から一緒じゃないの。そういえば、祐也君の顔は最近見ないけど、元気かしら。」
あたしはぶっきらぼうに「毎日元気に校庭走り回ってる。」とお母さんに伝えた。
「あら、若くて元気でいいわね。あの子見てるとこっちまで元気になるわ。」
「学校でうるさいくらい。」
「うるさい位で丁度いいのよ。」
そうですかねー。と思いながら無言で食事を続ける。残りの食事をさっさと口の中に放り込み、胃の中に入れていく。
カップの中の牛乳の一気に流し込み、ゆっくりと椅子から立ち上がって、床に置いた鞄と楽器ケースを持った。
お母さんが「忘れ物」と、お弁当包みをあたしに渡した。
あたしは受け取ったお弁当を鞄に入れて「行ってきます。」とお母さんに声をかけて玄関に向かった。
まだ、靴が足に馴染んでいないため皮が固く踵が入れにくい。玄関で座り込み踵を靴にしまい込む。気合を入れて立ち上がりそれらを両手に持った。
玄関であたしに「行ってらっしゃい。今日の夕飯は何がいい?」と、お母さんは言った。
「クリームシチューが食べたい。」
「じゃあ早く帰って来なさいね。」
「うん。分かった。いってきます。」
玄関のドアを開けて外に数歩出でから、お母さんが私にからかうようにまた話しかけてきた。
何かと思いながら振り返ると、
「孝君に優しくしなさいよ。この前見てたらつんけんしているから。孝君のお母さんと見てて笑っちゃったわ。優しくしないと嫌がって逃げちゃうかもよ。」
私は無言で玄関の扉を締めて歩きだす。
声には出さず腹の中で叫ぶ。
余計なお世話だ。コロヤロー!!と。
バス停までの徒歩で10分、バスに乗って学校まで10分程度。朝早くバスに乗ると普段より乗っているお客の数は少なく、名前は知らないが顔は見覚えのある人たちである。
あたしはいつもの後ろの二人がけの座席に腰掛け次の駅名をアナウンスする声が聴こえてくる。
流れていく景色を黙って眺める。
ふと、朝言われた事を思い出した。
優しくしなさいよと言われてもと思ったが、確かに小学生の頃や中学に入りかけのときのほうがよく一緒に帰ったり、話をしていた気がした。
いつの間にかクラスが離れたりして、話す機会も減ったし、廊下ですれ違っても見てみぬ振りをされてた気がする。
いや、あたしも同じ様なものか、声をかけようとしても結局つられてそのままだった。
相手が来ないなら私もって確かに子供っぽい。
まあ、あの頃は今よりも子供だし。と言い聞かせても親にしてみれば、さしてその頃と変わらないとでも言いたいのだろうか。
はあと大きいため息をつく。窓際と座席の過度に寄っかかり、窓から次々と入れ変わる家をただ眺めた。
ココ最近の悩みは今学校中で噂されている話。
あいつが島﨑と正面玄関で抱き合っていたとか、抱き着いたとか、なんやら女子達で持ちきりだ。まあ、男子も渦中の本人に話を聞いている場面を目撃した。片方は血の気の引いた顔をして、もう片方はのらりくらりと笑顔ですまし顔。
この前あいつに話を聞こうとしたら祐也に連れて行かれて聞き損なった。
男同士であれば話なんて聞きやすいのだろうか。女同士だと直接本人に聞くのではなく遠巻きにひそひそと噂話が広がっていく。私はそういったやり取りは好きじゃない。聞くならば直接本人に聞けばいいのにと心底思う。
目の前に広がる景色はいつもと変わらず。大通りに沿ってちらほら見える家やアパート。毎日が流れていく景色のように過ぎて繰り返している。
もうすぐ、運転手が鼻が詰まったような声で学校名をアナウンスするだろう。
-次は・・・-
あたしは鞄と楽器を持ってバスが停車したととも車内を歩き整理券を入れる。運転手に定期券をみせて「ありがとうございます。」とつぶやきバスを後にした。
あとは歩いて5分。一人音楽室で気分を変えようと心に誓い学校へと足をすすめた。
ちょうど七時に職員室に着いて大体、早く来ている顧問の山田から音楽室の鍵を借りる。そしたら山田はあたしに言った。
「今日は珍しく先約がいるんだ。」
「へえ。朝練するの私くらいだと思ってました。ここそんなに吹奏楽強くないですし。」
「おまえなぁそれは言い過ぎだろう。確かにそんなに強くはないが。」
顧問の山田は私が小学生の頃、音楽教室で教えてもらっていた。あたしは現在進行形で週2回ほど通っている。山田の両親が楽器店でそこで小さい子供たちのピアノとトランペットを教えていた。
山田の父親が若いころ音大入りトランペットを専攻として学び、自身が好きだった楽器を生業としたかったらしい。そのままピアノを専攻していた奥さんを東京で出会い、地元で楽器に興味がある子供に教えていると。その時、学生でたまに帰省した山田にトランペットを教えてもらう機会があって面識があった。
山田自身も有名な音楽大学をでて交響楽団にいたのに、何の因果かこんな普通の高校で顧問なんかしてるのか。少し前に山田にこんなところで音楽教師なんかしてるのか尋ねたことがあった。「人に色々教えてみたくなったのよ。」とサラリと口にしていたっけ。「もっと吹奏楽とか強いところからオファーなんてこないんですか?」と尋ねると「俺は俺でやりたいことをしてるだけだ。」とそっからあたしも特に何も聞かずで終わった。
まあ、あたしとしては経験のある人に教えてもらえるからいいけれど。
話を戻して山田に尋ねる。
「誰ですか、私以外に練習する頑張り屋は。」
ふふっと笑い「誰だが、当ててみろ。」
まったくもって興味がわかないのでそのまま、職員室から出ようとすると、待て待てと職員室に引き戻される。
「興味ないので練習しに行ってもいいですか。」
「ごめん。ごめん。島崎だよ。珍しいよな。あいつも練習したいなんてな。今年の一一年はやる気があるやつが多くて嬉しいよ俺は。」
島崎。その名前をきくと胸がざわつく。顔に出さないように山田をみて言う。
「先生は、やる気のある子には本気ですもんね。」
「そうだよ。やる気のある子にはね。」にやりと笑うその顔はしたたかさを感じる。
じゃあ練習してきます。ときびすを返して歩き出す。
「仲良くやれよ。」
「ほどほどに。」
扉をガラガラと閉めて音楽室に私は向かう。
さあ、これからあたしのもやもやの根源の片割れに会いに行く。これから何がおこるのか。島崎なんて気にせず、練習だけしてあたしは教室に向かうことができるのか。
今の私にこの後5分後の事なんて想像なんかつかないのだ。
音楽室に進むに連れて聞こえてるフルートの音色。次第に大きくなり、あたしは扉の前に立ち止まる。
どんな顔をして、挨拶をすればいいのやら。仲が悪いわけではない。楽器が違うからあんまり話すこともない。お互いがお互いの事を知らないのだから。まして島﨑は高校で知り合ったしと、心で自分に言い訳をしつつ、大きく息を吸ってはく。
顔を普段通りにし、扉を開ける。
「おはよ。」と、一言言うと、こちらに島﨑が気付いて楽器を吹くのをやめた。私に向かってニコリと「おはよう。」と返事をする。
案外普通に出来てるとあたしは思いながら島﨑に話しかける。
「珍しいね。島﨑が朝練してるなんて。」鞄と楽器を机の上に置く。
窓際で吹いていた島﨑が「たまにはね。」と明るい声で答えた。
「北原さんはいつも朝練習してるよね。よく、聞こえてくるもの」
「うん。まあトランペット好きだし。吹くの嫌じゃないから。」
私は楽器ケースからトランペットとチューナーを取り出しチューニングを開始する。
黙ってあたしの様子を見ている島﨑の視線が痛い。
練習しに来てるならあたしなんか気にせず練習すればいいのにと心底思う。
音を合わせていると島﨑が話しかけてきた。
「ねぇ。北原さん。」
「なに?島﨑。」
「たしか、櫻井君と幼なじみなんだよね。櫻井君がこの言ってたから」
急に何を言い出すのかと思いきや、相手側から話をし始めた。
あたしはただ練習をして心を落ち着かせようとしていただけなのに、さっきから心が乱れっぱなしだ。顔にだけ出さないように島﨑の顔を見ないで「そうだよ。後、祐也も。」とそれだけ答えた。
「そっか。櫻井君も言ってたから。」
この、回りくどい言い方はあたしを余計に苛立たせる。何を意図しているのかさっぱりと分からない。
声のトーンは変えずに私は返事をする。
「だから何。何かそれが島﨑に関係するの?」
「関係かあ、、どうだろう。これからするかも知れないし、しないかも知れない。」ただニコニコとして話しかける島﨑。
「そう。」とだけ呟く。
暫く無言でいると島﨑が楽しそうに口を開く。
「北原さんも知っている?私と櫻井君の噂。」
知っていますけど何か。だから何なのだ。私の神経朝から逆立てて楽しいのか。
島﨑はこんな人物だったろうか。あたしの知ってる島﨑は人当たりが良くて誰とでも仲良くしている優等生みたいな人だ。こうやって人をからかって楽しむタイプだったのかと口にしたくなるがなんとか飲み飲む。
「知ってるよ。正面玄関での事でしょ。詳しく知らないけど。」
「人の噂って広がるのって早いよね。私もびっくりしてるのよ。」
「驚く位ならそんなことしなきゃいいじゃない。」
島﨑は目を丸くして「驚くことって北原さんもしかして見てたの?」と驚いて見せた。
確かに三階の音楽室から見ていた。二人一緒に帰ってる途中で島﨑が孝に抱き着いた所を。どんな経緯でそうなったかは知らないが。それを見てから私は島﨑と孝に対して苛立ちが湧いているのだ。そして、こういうふうに聞かれるとあたしの我慢も効かなくなり、私から言ってしまった。
「島﨑さ、さっきからあたしに何が言いたいの。回りくどい事しないでさっさと言ってくれない。あたしは朝練しにきているし、話をしに朝早くから来てるわけじゃないの。」
「ごめんね。悪気があってイライラさせてるわけじゃないのよ。」
「悪気がないと島﨑は思ってるみたいだけど私にはそういうふうに取れるんだけど。」
単刀直入に島﨑に伝える。島﨑に顔を向けるとただ笑いながら話を続ける。
「そんなに苛立つ程、気になるんだね。なんでなのって。」
「いい加減にしてくれない。」とギロリとワタシも我慢しきれず声を大きくして島﨑を睨む。
「あたしもあんたに言うけど、孝にちょっかい出して何をしたいのか分からないけど、あいつ困ってるの見るの嫌だし、からかってるなら今すぐやめて。」
「そんなに大事なんだねぇ。もしかして北原さんて好きなの?櫻井君の事。」
あたしは驚いて「は?」と大きな声を出して後に下がった。身体がかぁっ熱くなる。
あたしが孝のこと好き?好き。いや小さい頃から一緒にいて、ほっとけないし、なんか嫌な思いとかしてたらあたしが嫌なだけだし。なんか少し頼りないとこもあるから見ててやんないと駄目な気がするし。いやいや、けどなんで島﨑がこんなとこ急に言ってくるほうがおかしいでしょ。
てか、何が目的で孝に近づいたのか、あんな何も取り柄もなさそうな奴に。何処がいいのよ。
まあ、あいつの良さは一緒にいないとわからないこともあるし。
「大丈夫?北原さん?」
「えっ?いや、こっちが聞きたいんだけど、島﨑はあいつにちょっかい出して何がしたいのよ。」
んー?と首を傾げてこっちを見ながら私に指を指した。
「北原さんが、私の質問に答えてくれたら教えるよ。」
質問ってさっきの好きか嫌いかの話のことだろう。それしかないし。ここで答えていいのか否か。けど、あたしは孝にちょっかいかけてほしくない。あいつの困る姿を見るのは嫌だ。
それにあたしは昔からあいつのことは好きだし。島﨑が何をしようとしているのか今は分からないけど。言っておかなきゃいけないことはある。
あたしは島崎の顔をみて口を開いた。
「私は好きだよ。あいつのこと。島崎があいつに何がしたら許さない。困らせたり何かしたら絶対に。」
開かれた窓から風は通って島崎の髪を揺らした。
島崎も考え込む様子もなく、私にくったいない笑みで話した。
「そっか。思いの外正直なんだね。北原さん。私驚いちゃった。私ね、櫻井君と約束してることがあるの。約束の内容は言えないけど。」
「約束ってなに?言えないって、答えになってないじゃない。」
「んー。また、そのうちね。」
島崎は楽器を片付けて音楽室を出ようとしていた。あたしは島崎を呼び止めて「あんた、その、もしかしてあいつのこと」と尋ねたら、振り向きざまに私にニコニコと笑いかけながら言った。
「好きかなんて私は分からないけど、気になりはするよ。色んな意味で。けど、今はただ色々お試し中。」
バイバイと手を振り、音楽室を後にした島崎を見ながら、あたしはあいつのこと言ったことが気になって結局今日1日落ち着かなかった。
あたしをからかうために言ったのか、それともただ単に何か島崎の目的があって孝に近づいてきたのか、今はまだ見当がつかない。 あたしはボケっと島崎の後姿を見つめ続けた。
よくよく考えると結構凄いことを言ったと自分でも思う。
ただ、島崎と話していて呆気に取られてしまった。誰もいない音楽室で私は独り言のように呟く。
「あんな性格だったけ。島崎のやつ。」
そして、あたしは朝練に集中なんか出来なくて、様子を見に来た山田に変な顔でこっちを見られた。
その時のあたしの顔は山田とおんなじ顔をしていただろう。
ああ、練習しにきたのに、まともに練習なんて出来なかった。
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