地獄の業火

[アリシア視点]

それから数ヶ月が経った。

私はひとりぼっちの生活に戻った。

「今日は食べられる草でも取りに行こうかな」


私の小さな独り言は、私をより一層矮小に見せた。

私は服を着替えて、家の外に出た。


友達が欲しい。どこにもいかない友達が欲しい。

たくさんじゃなくてもいい。

ひとりぼっちはもう嫌だ。


私に友達はできなかった。

ケンとも友達にまでなれなかった。生まれて初めての友達だと思ったのに。


友達ができるってどんな感じなんだろ? 

困った時に助けてくれるのかな? 

なんの見返りも求めずに、助けてくれて、最後に『お礼なんて言うなよ。友達だろ?』って言ってくれる。


そして、私も同じように友達が傷ついたら助けてあげるの。



自分が一人ぼっちだと感じる時、私はを頭に描く。


そうでもしないと壊れてバラバラになっちゃいそうだったから。

でもいつもみたいに目に見えない友達は現れてくれなかった。


ようだ。

いつもは慰めてくれたのに。


私はそんなことを考えながら、家から少し離れたところまで雑草を取りに来た。



私は今、人生のどん底にいる。

人生の底には何もない。

ただ暗くて浅い海が足元に広がっているだけ。


その真っ暗な空間に一人ぼっちの私がいる。

私の周囲は三百六十度全てが黒一色。


久遠に続く無光空間。

さざ波の音だけが私の耳を撫でる。


黒海は足から私の体温を奪う。

つま先から登ってくる悪寒と冷気が私の背中を舐め上げる。


徐々に私の体から温度と色が抜けていく。

すっかり何もかも抜け落ちた私は、まるで空っぽの容器みたいだ。


人生のどん底には何もない。温度も光も感情も、何にもない。この何もない空間から更に下に行くことはできない。だからこれからは上がっていくだけ。


そう考えることにした。

そう考えたら気楽になった。

そう考えないと体が壊れちゃいそうだった。


これだけ嫌なことばかりの人生だったんだ。

これからは嬉しいこが起こるはず! 

幸せな思い出はこれから作ればいい。

いつか欲しかった本当の友達もできるはず! 


そして、誰にも負けないくらい飛び切り幸せな人生にするんだ!


そう考えるとなんだか楽しくなってきた。

本当にこれから人生が良くなってくるような気がした。

私の心の中に暖かな風が吹く。それがすごく気持ちよかった。


「よし、これで今晩もなんとか凌げそうね!」


私は雑草を取り終えると、駆け足で家に向かった。

風が私の頬をきる。


爽やかな夜風は冷たくて気持ちがいい。

夜道を歩くのはいつもとても楽しい。


どれだけ貧乏で、嫌われ者でも歩くことくらいは許される。

私の数少ない楽しみだ。


そして、私は軽快に靴音を立てながら走った。

そうするともっと風を感じることができるから。

乾いた沈黙を私の靴音が砕いてく。それが、少し嬉しかった。


心地いい気分で家に帰ると、家はなくなっていた。私は目の前のを見て、

?」

私の家を取り囲むようにして、街の人たちが私の家を壊していたのだ。

パワーワードで獲得した能力を使っているのだろう。

燃える水、燃える風、凍った炎、濡れている火炎、様々な方法で街の人が私の家を楽しそうに燃やしている。


私はその輪に駆け寄った。


「やめて! この家は、両親が残していったものなの! これだけはやめて!」

私は家を燃やす人にすがりついて頼んだ。

目の端からは大粒の涙が滑り落ちる。

涙は炎の朱色を反射して綺麗に輝く。


「うるさい! 邪魔だ。どけっ!」

私はその人に突き飛ばされた。

それは、一人ぼっちの私が街の人に拒絶される様子をよく表している光景だった。


頭の中に辛い思い出がいくつもフラッシュバックした。

私はそれらの思い出を振り払い、


! 

隅っこでじっとしているから! 

誰にも迷惑はかけないから! 

一人ぼっちで生きていくから! 

!」


私の願いは聞き入れてもらえなかった。

私の家は見る影もなく萎れていく。

炎を浴びせかけられて、表面を惨めな黒色に変えていく。


焦げた家は、黒煙を空に向けてあげる。

真っ黒な煤と真っ白な灰が透明な空気に色を与える。


私は心の中で、

!)

と、願った。



こんな時にいつも思う、もし私に友達がいたら助けてくれたのかな? 

もし一人ぼっちじゃなかったら誰かが私の味方をしてくれていたのかな? 


そして、泣いている私に、『俺たち友達だろ?』って言ってくれるんだ。

そんな妄想を頭に描きながら、私は泣いた。

次々と涙が頬を滑る。


感情が液体になっているみたいだった。

私は泣くことしかできなかった。


頭の中が真っ白になって、ひたすら座って泣いた。

嗚咽を漏らし、惨めに泣いた。


そして、そんな私に人生で初めて都合よく救いの手が差し伸べられた。

背後から誰かが私の肩に優しく触れたのだ。

?」

私は背後をゆっくりと振り返った。涙で霞む視界が徐々に目の前の人物に焦点を合わせる。


? どうしてここに?」

私に救いの手を差し伸べてくれたのはケンだった。

私にも味方をしてくれる人がいたんだ。

さっき思った通り、これから私の人生は上がっていくだけなんだ。


「そんなのは後だ! 怪我はないか?」


「ないわ。それより、あの人たちが私の家を焼くの。

私どうしたらいいのかわからない。

あの家がなくなったらもう生きていけない。

お願い。助けて!」


「ああ、任せておけ!」


「あなたしか頼れる人がいないの」


「わかった。全部俺に任せてここで待っていろ!」


心の中に太陽の光のような暖かなものが流れ込む。

その柔らかい流れはせせらぎを作り、心の中を進んでいく。


どん底を舐め続けるような人生から救われたような気がした。

今までの苦痛から解放された気がした。


明るい太陽がいっつも隅っこにいた私のことをようやく照らしてくれたような気がした。


希望の炎が私の心の中を焦がす。

安堵と安らぎが混ざったような複雑な感情が胸の中を渦巻く。

幸福感にも似た何かが心の底に芽生えた気がした。




そして、ケンは家を焼く人たちにの元に行くと、、家をさらに激しく焼き始めた。

「家を跡形もなく壊せっ!」

と、ケン叫ぶ。彼の声は炎のように熱く燃えているような気がした。



「どういうこと? ケン? 助けてくれるんじゃなかったの?」

ケンは私の問いかけを無視する。

まるでここに私なんかいないみたいだ。


そして、家を焼く人たちが一斉にケンに、

「了解です。!」

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