第5話 湿度36.8度
ポチャッ
「私……
天井からの雫が湯船を揺らす音で正気に戻る。
「いつもここで鴒くんが体を……」
思春期真っ盛りな私はその事を想像すると悶えてしまう。そんな想像をしていので結構長い時間湯船の中にいた。
「熱い……これじゃあ茹でダコになっちゃうよ」
お風呂の熱と羞恥の熱で内からも外からもヒートアップした私は勢いよく湯船を出る。そして
パタンッ
折戸式の扉を開ける。
私は確認するべきだった。
誰か外にいるんじゃないかと。
彼も確認して欲しかった。
誰か中にいるんじゃないかと。
お風呂場から脱衣場に足を出す私。
廊下から脱衣場へと足を出す彼。
お互いに共通して言える事は……濡れているという事だろうか。
「…………」
「…………」
バスマット1枚の距離でフリーズする私と彼。
シャツを脱いで洗濯機に入れる寸前の半裸状態の彼。
フェイスタオル1枚で体を上手い具合に隠してるほぼ全裸の私。
「………………」
「………………」
状況が全くわからない。
いや、実は鮮明にわかっているのだけど体が言う事を効かない。しかし体はダメでも口は動く。
「は、は……初めまして……
この状況でおかしくなった私は自己紹介をしていた。そんな私のボケに彼は優しく返してくれる……否、彼も物凄く動揺していた。
「ご、ご丁寧にどうも……僕は、
ぺこりとお互い頭を下げて見つめ合う。
鴒くん……制服越しじゃわからなかったけど、いい身体してる。こんな機会は無いからじっくりと……
「……あの、えっと……み、水玉さんっ」
「ほえ?」
自分のシャツで顔を隠しながら私の名を呼ぶ鴒くん。そんな私は何を言いたいのだろうと彼を見つめる。
「こういう時って、悲鳴をあげた方がいいと思う」
「……あっ」
鴒くんは濡れた顔を隠すけれど、耳が真っ赤に染まっていた。そして私は改めて自分の格好を見る。
うん……これはアレだね。ハナちゃんの言葉を借りるから……マジヤバいわよ。
思考が正常運転を始めたのと同時に血液が一気に顔を駆け巡る。
せーのっ!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
裸を見られて恥ずかしけど、鴒くんの半裸を見られたしこれはこれでいいよね?
――――――
「うふふ……あはは……ねぇ、どうだった?
私のサプライズ」
鴒くんがお風呂に入っている間、私はリビングで心さんのおもちゃになっていた。
「あう……やりすぎですよぉ」
「でもでも、彼氏彼女になったら日常茶飯事になるのよ?」
「それは……その」
心さんは手を緩めない。
「それに雛ちゃんだって何度も想像してるでしょ?」
「あう……」
これは敵わない。
心さんは私の隣に座ると体を密着させながら色々と質問してきた。
心さん……大っきい。
何がとは言わないけれど、母性の塊が私の思考を混乱させる。
しばらく心さんと談笑もとい詰問されているとリビングに繋がる扉がゆっくりと開く。
ドキッ
お風呂あがりの彼がやってきた。
少し長めの髪が頬に張り付いていて、それを首元の白いタオルで拭いている。急いで来たらしい彼は同じく白いシャツを着崩しながら荒い息。下は黒のスウェットで足元を少し引きずる。
ドキッドキッ
普段学校では見ることができない鴒くんのブライベートショット。私は妄想の海に沈みかけたけど、瞳のフィルターに焼き付けるために凝視する。
「母さん……水玉さんが困ってるだろ? お願いだから変な事しないで」
「変な事してないよ〜っだ。大事なお話してたんですぅ〜」
心さんはおっとりしているけれどその性格はお茶目さん。鴒くんの呆れた声を聞きながら子供のように反撃していた。
「……水玉さん」
心さんの行動はいつもの事なのか、鴒くんはため息ひとつして私の名を呼ぶ。
「は、はいっ!」
いつもの穏やかな声じゃなくてどこか緊張していた声だったから、私もつられて緊張してしまう。そして勢いよく席を立つ。
「ごめんなさい」
「………………えっ?」
彼は私の前まで来ると腰を90度に折って謝辞を口にする。
「えっと……えっ?」
何を謝られているのか素でわからない私はもう一度同じ反応をしてしまう。それを理解した彼が腰を折ったまま説明をしてくれる。
「お風呂での事……その、ごめんなさい。誰か入ってるって確認するべきだった。それに今思えば玄関に靴があったからお客さんが来ているだろうってわかったんだけど……」
脱衣場でのあの事を謝辞してくれてるのか。やっぱり彼は誠実な人だ。
「わ、私の方こそごめんね。いきなり押し掛けてお風呂までご馳走様になって……それに、その……お見苦しいものを……」
心さんに比べると私って……
「そんな事ないっ!」
「えっ?」
突然ガバッと顔をあげた彼と瞳がぶつかる。さっきと同じ言葉が口をつくけどその感情は180度違うのものように感じた。
「見苦しくなんてない……だって僕は……」
「えっと……想良羽くん?」
私の瞳を見つめた後、段々顔が赤くなる鴒くん。そしてさっきと同じようにタオルで顔を隠そうとして落としてしまう。
「はいはーい、想良羽ならここにもいまーす!」
後ろの席から横槍が入る。
なるほど……心さんは空気を敢えて壊していく感じなのか。甘い空間を邪魔されてしまい少し棘が生えたけど、次の瞬間の出来事を思うと全てが計算通りなのかと疑いたくなる。
「もうっ母さんいい加減に」
「あっ、タオル落ちてるよ」
しゃがんだ姿勢から後ろの心さんへ詰め寄る鴒くん。
立った姿勢からタオルを拾おうとする私。
お互いの視線が交差する。
ガラスのような瞳が私の横を過ぎてゆく。
「えっ?」
「あっ!」
振り向く私、振り向く彼。
交差点での出会い頭は……恋の事故を引き起こす。
ピトッ
私の頬に、彼の頬に……36.8度の熱を。
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