お猫様が喋りまして恋愛相談してみました
トン之助
第1話 五月雨の社
――トン、ポツポツ、トントン
シャツが肌に張りつく感覚も、ローファーに少し染み込む水も、梅雨独特のこの匂いも……私は大好き。
神社に続く石段を上りながら私は思う。
雨の歓声と色とりどりの紫陽花のライトが私の恋を応援しているみたい。
「……よっと」
石段の頂上に到着するとくるりと振り返り住み慣れた町を見る。
曇天の空から溢れた雫が降り注ぎ町のお洗濯をしているようだ。できれば私の心も洗濯して欲しいけれど、恋の洗剤を入れすぎたせいで1回や2回じゃ終わらないだろう。
「……今日も綺麗」
お前の方が綺麗だよ。
「……いやんっもうっ! えっへへ」
心の中で恋焦がれる相手の声を想像して身悶えてしまう。
『何を恥ずかしい事をしておるのじゃ』
どこかから声が聞こえる。人間の言葉を喋っているけど、人間ではないものが語りかけてくるような。
『こっちじゃ水玉』
キョロキョロする私はようやくその姿を捉える。
「あっお猫様!」
鳥居の前に座ってこちらを見つめる鋭い目……いや、猫の目。
私はようやく本題を思い出し水玉の傘を揺らしながら水たまりを駆ける。
「お猫様こんにちはー! 今日はお願いがあって……」
挨拶は元気よく、お願いは上目遣い。今日友達に教えてもらったモテテクニックを早速実践してみた。
『なんにゃその媚びたような目は……それに今日はじゃにゃくて今日もじゃろがいっ』
「えっへへー。バレちゃった?」
てへっと舌を出すけどお猫様には通じないらしい。
「ねぇ、それよりお供え物持ってきたよ」
『ワシは別に神様とかではにゃいんじゃが……まぁくれると言うのであればやぶさかではにゃい』
ツンデレ全開のお猫様も食べ物には弱いってね。私はお猫様の後に続いて境内に腰掛ける。
「それでね、相談なんだけどぉ」
『わかっておる。いつものじゃろ』
お供え物……もとい貢ぎ物のクッキーを食べ終えた頃を見計らって隣に座る三つの斑模様を見つめる。
『……明日の夕刻。駅前の本屋へ寄ってみよ』
「……ふむふむ本屋か。それからそれから?」
被せ気味に前のめりに問いただす。
『あの男が落し物をするでな。それを拾って翌日届けるのじゃ』
「その日じゃダメなの?」
その場で渡した方がスッキリすると思うんだけど。
『いきなりじゃとヤツをストーカーしておるみたいじゃろ? 翌日に渡す事によって色々言い訳が思いつくでな』
「言い訳?」
お猫様はいつも難しいことを言う。
『落し物を拾って店員に尋ねるとする』
「ふむふむ」
『いつも買いに来てくれてる常連さんが持っていたものだとわかってな』
「あー」
少し話が見えてきた。
『そういえばアナタと同じ制服を着ていたと言う事になって……』
「なるほどわかったよ! 落し物を拾って告白だね」
お猫様の言葉を遮って正体見たりと立ち上がる私。
『……なんでそうにゃる。ってかそんな事を言えるならとっくの昔に言うておろうて』
「あぅ……そうでした」
猫らしからぬ深いため息を吐いて毛繕いを始めてしまう。きっと呆れられたかな? まぁもうこんなやりとりを数え切れないほどしているわけで。
『――ふむ。お主がここに来て1年ぐらいかにゃ?』
「……うん」
降り続ける雨を見ながら昔を思い出す。
『あの時も今と同じ雨が降っておったな』
昔を思い出しながら私はお猫様の言葉を否定する。
「違うよお猫様……あの時とは違う」
『んにゃ?』
何を言っている? という風に私を見つめる目が見開かれる。
「同じ雨は二度と降らない。同じに見えるのは過去に縛られてるだけだよ。だって私はあの時より……」
この場所でお猫様に出逢って。
この場所でお猫様に相談して。
この場所でお猫様と過ごして。
「あの時より私は強くなったから」
『……ふむ』
人ならざるものであるお猫様の表情は老婆心のように柔らかいものになる。
『……不思議なものじゃにゃ』
ゆっくりたっぷりと心の中の言葉を吐き出すともう一度大きなアクビをして目を閉じて眠ってしまった。そんなお猫様の濡れた背中を撫でながらポツリと呟く。
「お猫様ほどではないよ」
五月雨がほんの少しだけ姿を変えて降っていた去年。
私、
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