One step

湊雲



 青春したい、だとか。


 口に出すには少々気恥ずかしいようなことを、人並みに考えるくらいには、俺――石川れんは至って普通の男子高校生であった。そんな自分に一つ難点を突きつけるとすれば、とてもひねくれた性格だというところか。

 勘違いされないよう念のため言っておく。「ひねくれた」と形容した俺の性格は、一部の女子に喜ばれそうなツンデレ、ではない。断じてない。面白いオプションがつけばモテ期がくるなら、俺は今頃……悲しくなってきたから想像はしないけれども。


 友達が欲しい。彼女が欲しい。ありがたいことに勉強も部活もそこそこ充実している俺は、高二に上がってからその願望がいっそう強まっていくのを自覚していた。


 後者はともかく、友達にしたい奴ならいる。クラスが替わって顔見知りが少なかった始業式の日、帰り際に自分も吹奏楽部だと笑顔で声をかけられた。

 どこかで見た顔だと思っていたが、何せ俺が所属する部は部員が多いことで有名なのだ。当然名前を聞いたのも初めてで、鈴木と名乗ったその男とは以来なんとなく浅い交流が続いている。というのも、移動教室のときに鈴木が寄ってきて行動を共にしているだけなのだが。


(まあ嫌ではないんだよな。けど自分からアクション起こすのは苦手っつーか、……面倒? いや違う、結局は怖がってんのか)


 我ながらダサすぎる。いつまでも過去のこと引きずってんじゃねえよ。



 両親が離婚して七年が経つ。当時小学生だった俺は、家を出ていく母と妹に「俺が悪かった」「考え直してくれ」と泣きすがる父の背中を、ぼんやりと眺めていた。

 これ以上娘に無様な姿を晒さないで! とヒステリックに叫びながら玄関の傘立てを蹴りあげて、妹を抱いた母は外へ飛び出し、二度と帰ってくることはなかった。あの人が息子よりも娘を欲しがっていたのは薄々勘づいてはいたものの、「子どもたちに」ではなく「娘に」と言われてしまえば、自分に向けられた愛情の程度など嫌でも分かる。

 父子家庭になって一か月もしない内に、学校が終わって留守番をする俺のもとには知らない女の人が訪れるようになった。週一のペースで夕飯を作りにきては、父と談笑しながら俺も交えて食卓を囲み、名残惜しそうに帰っていく。

 あれが浮気相手か、と冷めた思いのまま再婚しないのか聞くと、父は神妙な面持ちで俺の意見を求めてきた。


 ――別に好きでもなんでもなかったけどさ、俺にとっての母さんは、たぶんあの人だけだよ。そんな感じのことを言った気がする。

 自然と涙がこぼれた俺の体に両腕を回して、父は何度も謝っていた。離婚してからも最低限のことしか紡いでこなかった頑固な口から、謝罪の言葉が馬鹿みたいにぽんぽん出てくるのはなんだか新鮮だった。


 もちろん、次の日の夜に頬を赤く腫らして帰ってきた父を思いっきり笑ってやったのも忘れない。



 だいぶ蛇足が入ったが、要は母と妹が出ていったあの日、父を見て「ああはなりたくねえな」って思ってしまったというわけだ。結局あれから父が恋人を連れてくることはなかったし、その変な誠実さを最初から母に示せばよかったのではと呆れはしたが、嫌いではない。

 ただ……、愛しい人へ必死に手を伸ばす後ろ姿が、ひどく滑稽で情けないものに見えたから。



 大事な友達や彼女ができたとして、もし彼らに愛想を尽かされたら。きっと自分は、いつかの父のようにこの手を痛いくらいに伸ばすのだろう。

 そう思えば人間関係を築くには人一倍勇気が必要で、未だに俺はあと一歩を踏み出せずにいる。

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