ヘビースモーカー後輩女史と社畜先輩

柊ハク

無愛想な新人女史は有能

「初めまして近藤ユウです」

ペコリと小さくお辞儀をしてそこからは不動を貫く。

もうちょっと何かないの?と促す課長の視線を完全に無視した形で彼女はボーッとしていた。


縁のない眼鏡をやや緩くかけており、薄く見開いた目はなにかを睨んでいるようにも見える。目の下にはくっきりとクマが。どう見ても不健康そうだが背筋だけはピンとしていた。育ちは良いのだろう。


「じゃあ金城くん、あとは任せた」

「うえっ!?」

寝耳に水の話だ。どうやらこの新人を育てるのは俺の役目らしい。


「あ、じゃあよろしく近藤さん」

「こちらこそよろしくです金城先輩」

極めて事務的な受け答え。新人というのは普通は緊張するものじゃないかと思うのだが彼女にそう言った様子はまるで見受けられない。


「とりあえず業務の説明から…」

一通りの仕事の流れや会社内独特の決まり事などについて概要を話す。それを頷くでもなく姿勢を崩さず口頭で「はい、はい」と淡々と答える様は、人によってはちゃんと聞いているのか不安に思う事もあるだろう。現に俺がその心境だ、が初対面の人相手にマイナスな指摘をする事はこれからの関係性を考慮すれば避けるべきだろう。


「わからない事があったらなんでも聞いてね」

それで話は終わりだ、と締めると彼女はやはり淡々とした様子で自分の作業を始める。


新人というのは間違えるのが仕事だ。そして初めての新人教育とは、そういった新人の間違いを発見し、それをどう直し“使える人間”に育てるかが問われる。少なくとも我が社はそういう体で新人教育を任される。さてこの子はどんな事をやらかしてくれるかなと1日様子を見る。見るが、


「なんも間違えないのね…」

呆気に取られる。自分は2ヶ月も3ヶ月も、下手すれば未だに間違えるような事も彼女はそつなくこなす。才人だ。俺が出来る事と言えば、時たまに飛んでくる彼女の質問に答え、それ以外は自分の作業だ。新人教育とはなんなんだろうなと、2日目の午後を回る頃にはため息が出ていた。


「コーヒー奢るよ」

「あ、はい」

休憩時間に話をしようと彼女を誘う。これから長い付き合いになるかもしれない後輩が有能過ぎて教える事がなにもない。ならばせめて関係を良好にしておこうという打算である。


ありがとうございます、と律儀に頭を下げながら缶コーヒーを受け取るとその温かさを確かめるように彼女は掌でそれを弄んだ。

「あ、もしかしてコーヒー苦手だった?」

「いえ、そんなことはありません」

むしろ好物です、と控えめに首を振る彼女。

そしておずおずと言った様子で口を開く。

「あの、なにかまずかったですか?」

「うん?」

意図を測りかねて聞き返す。

「いわゆる“お呼び出し”かと思ったのですが」

どうやら彼女は俺なりの友好の儀を説教のための呼び出しだと思い違いをしているらしい。

「違うよ。違う。全然違う。むしろ近藤くんはすごく優秀有能で非のつけどころがないよ」

「…皮肉ですか?」

「いや、本当に!」

過剰に褒め過ぎただろうか?嫌味のつもりはないと訴えるが彼女の表情は訝しげだ。

「…わかった、本音を言うよ」

わずかに身構えたような気配があった。

「正直教える事がなにもなくて暇だ。だからもうちょっとヘマをしてほしい」

「…は?」

彼女はキョトンとした様子で、その後すぐにハッと我に帰り頭を下げる。

「すいません、つい口が」

「はは、いいよいいよ。今後うちの主戦力になる予定の期待の新人と仲良くしたいんだ。タメ口軽口なんでもござれ、だよ」

「そうですか」

「悪口は勘弁だけど」

なんですかそれ、とクスりと笑う。そういえばこの子の笑顔は初めて見たかもしれない。

「まぁなんだ、これからもよろしく頼むよ」

「はい、こちらこそ」

休憩終了のチャイムが鳴ると、俺は自分のコーヒーを飲み干し席に戻り、彼女もそれに追随する。



無愛想な後輩女史はそれなりに愛嬌のある性格のようだった。

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