それこそ本末転倒な事態

ただ、そうやってリーネの笑顔を見られたのは良かったが、今日ももう風呂の用意はできそうにない。


何しろ、風呂を用意するには、


『最低十往復、湧水を運んでくる』


『今回作った<でかい鍋>で、たぶん十回ほど湯を沸かす』


という、途方もない手間が必要なんだ。風呂を沸かすためにおそらく半日は費やすことになるだろう。


『疲れを癒すための風呂を用意するために労力と手間を費やす』


という、それこそ本末転倒な事態に。


いやはや、ボタン一つで全自動で風呂が沸く前世の世界が心底羨ましい。そこまでのものを作り出してきた先人達のもはや<執念>とさえ呼ぶべきあくなき情熱には、ただただ頭が下がるよ。


なので、一度水を張れば、まあ、三回くらいはそのまま使うことになるだろうな。せめて水を汲んでくる手間くらい節約しないと、やってられん。


前世じゃ、


『残り湯とか汚くて入れるか!!』


とキレ倒したであろう俺も、自分がこうして風呂を用意する立場になると、


『三回くらいまでなら大丈夫じゃね?』


と考えるようになるんだから、人間ってのは本当に現金な生き物だよ。


あと、俺もリーネも、お互いに見てる前で裸になるのも全然平気だった。男の俺はともかく、リーネがそれというのはいろいろ言われそうだが、これも、最初は警戒してた彼女が平気になったというのは俺を信頼してくれてる証だろうから、そういう意味で嬉しくもある。


元々、羞恥心みたいなものは、薄いんだ。俺が前いた村でも、女達も、平気で半裸で外でも歩き回ってたしな。いちいち気にしてられないんだよ。男の方だって、女の乳が見えようが尻が見えようが、冷やかしたりすることもあっても、そんなにありがたがってもいなかった。完全に習慣の違いだな。


それでいて、気に入った相手と二人きりにでもなろうものならただの<ケダモノ>で、子供も何人もできてたよ。


が、<乳児死亡率>ってやつが前世とは桁違いで、五人作って三人大人になりゃ大儲けってレベルで。だから命が安い。そして、子供は奴隷か家畜だ。子供の死亡率が高いのは、<虐待>の所為も間違いなくあるよな。


そういう社会なんだ。


だから子供も親を本心じゃ敬ってなんかいねえ。『いつか殺してやる』と考えてるのがむしろ普通だ。思いきれる切っ掛けがなくて親を殺さないまま大人になれれば御の字ってレベルだよ。


だが俺は、リーネを相手にそういう<親>にはなりたくなかった。リーネに、


『いつか殺してやる』


って思われるような親じゃいたくなかったんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る