笑顔を向ける価値
俺がそうして<剣先スコップ>の制作に取り掛かることを決意したその時、
「キィーッ!!」
という甲高い悲鳴と同時に、バササッ!と物音が届いてきた。俺はすぐに察して、外に出る。リーネは水汲みを終えて果実を採りに行っている。
で、見ると、案の定、罠にウサギが掛かっていた。毎日必ず獲れるわけではないものの、この森はやっぱり豊かなんだ。不便ささえ受け入れられれば、それほど無理しなくても生きていける程度には。
そして早速、ウサギを〆て、罠から外す。そこに、
「また、獲れたんですね!」
ウサギの悲鳴を聞きつけたリーネが戻ってきて声を掛けてきた。
「おう! これでまた肉が食えるぜ」
俺も応えつつ、手を伸ばしてきた彼女にウサギを渡した。
「よろしく頼む」
と付け加えながら。
「はい♡」
リーネも嬉しそうに笑顔で受け取り応えてくれる。それを見て俺は、
『彼女のこの笑顔が消えるようなことがあれば、要注意だな……』
と思った。前世でも、女房は、確かに最初は俺に笑顔を向けてくれることもあった。なのにいつしか、まったくそれを見せなくなった。それは、
『あいつの本性が出た』
と言うよりはやっぱり、俺に対して、
『笑顔を向ける価値が見出せなくなった』
『笑顔を見せるのがバカらしい相手だと見抜かれた』
と考えるのが自然だと思う。何しろ俺自身、前世の俺に笑顔を見せるとか、バカらしくてやってられない気がするしな。
だとすれば、このリーネの笑顔が消えるようなことがあれば、それは前世と同じ道を辿っていると考えられると思うんだ。それは嫌だ。
しかし同時に、ただご機嫌を取っているだけだと、今度はたぶん、俺自身が耐えきれなくなるだろうなという予感もある。きつい仕事はなるべく俺が引き受けるにしても、何もかもを俺がするのも現実的じゃない。レトルト食品で我慢できるなら電子レンジでスイッチ一つで温かい飯が食え、掃除も大まかなところはロボットに任せてしまえて、洗濯も自動で脱水、ものによっちゃ乾燥まで自動でやってくれるような時代じゃないんだ。手分けしてやるしかないんだよ。
でも、だからって『やってもらって当然』という態度を取られたら、気ぃ悪いよな。俺だってムカつく。だったらやっぱり、労うことが大事だと思うんだ。
ウサギについては下ごしらえに時間が掛かるので夕食に回したが、今しがたリーネが採ってきた果実であまり日持ちのしないもので軽く食事にして、俺は剣先スコップの制作を、リーネはウサギの処理を、それぞれ始める。
「ありがとうな」
労いの言葉を掛ける俺に彼女が笑顔で、
「いいえ、私にできるのはこのくらいですから」
と応えてくれたことに、自分の表情が柔らかくなるのを感じながら、な。
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