一切れの肉

はんぺん

一切れの肉

 私はこの山に来たこと、そして山と言う物を舐めていた事を後悔している。遭難してはや二日が経った。空腹で気が可笑しくなりそうだ。水はとっくの前になくなっている。辺りは木々やその葉で光が遮られ、目の前が見えにくくなろうとしている。夜が訪れようとしていた。私は突然として襲われた目眩によってその場に倒れこむ。しかし、それが幸いなことに私を助ける助け船となった。遠くで民家のような明かりがほのかに見える。私は残り限られた体力を使い果たす勢いでそこに向かった。民家の戸を叩き、こう訴えた。

「頼む!開けてくれ!もう二日も何も食べていないんだ」

すると戸が開き、一人のがっしりとした男が出てきた。

「それは可哀想に。どうぞ、お入り下さい」


 彼は私をもてなし、夕食と寝室を用意してくれた。

「すいません、迷惑をかけてしまって…」

私は謝罪の意を述べたが、男は特に気にする様子もないようだった。

「ああ、そういえば…」

男は何かを思い出したかのように言った。

「何かあったんですか?」

「いえ、大した事では無いのですが…この家の下の階には入らないで貰えますか?何分この前下に行く階段が壊れまして…」

「はあ、分かりました。気を付けます」

どこか男の顔に陰りを思いながらも、私は寝室に行き一夜を過ごした。


 朝起き、下に行くと、もう朝食が作られていた。白米に味噌汁と言った質素な朝食だった。私は箸を取り、食べようとすると、男がそれを遮った。

「少しお待ちください」

男はそう言い、下に降りた。危険だと言われていたはずで、行ってはいけなかったはずだ。おかしく思いながらも待っていると、男は小皿の上に一切れの肉を載せてやって来た。

「この山で取れた物です。どうぞ召し上がってください」

その肉は見た目こそただの肉だが、味や食感は形容しがたい物だった。ジビエにはさほど興味はなかったので、そんな物かと思ったが、先程の下階段の件と合わさり、少し怪しく思った。とりあえず朝食を食べ終わり、荷仕度を終わらせる振りをして男が外に出るのを待った。男は私にこう言った。

「今から動物を狩ってきます。なので少しこの家を開けますが、好きにしてもらって構わないですよ」

私はすぐさま下に降り、地下へと続く階段を見た。一歩、また一歩と歩みを進める。無事下に降りきった。やはり階段は壊れていなかった。謎を解明したいが、真っ暗で何も見えない。近くのスイッチを探し、出っ張りがあったのでそれを押す。奥から電気が付き始め、完全にその空間を照らし出した時、私は愕然とした。


辺り一面に広がる真っ白な一本道だった。まるで木造ではないようだ。そう思うのも束の間だった。その白は天上のブザーによって赤く染まり、警告音が響いた。すると一本道の横から、グチャグチャと音をたて近づく怪物が次から次へと出現した。

「カ…ユイ。…ア…」

奴等は理解しがたい鳴き声でこちらに訴えてきた。私は恐怖のあまり叫び出し、すぐさま階段を駆け昇った。息切れと吐き気が同時に襲った。あんな物を食わされたのか…?信じられなかった。その時、戸が開く音が聞こえた。私は二階に行き、荷物を持って一階に下った。男に今から帰ることを暗に示し、こう言った。

「で…では、私は帰ろうと思います。本当に、ありがとうございました」

いそいそと帰ろうとする私とすれ違った瞬間。男は私に耳打ちした。

「…見ましたね?」


 男は私が外に出た後、ゆっくりと戸を閉めた。まるで私を監視するかのように。私は逃げるように、急いで走った。街に出たら警察に調べさせよう。そう心に決めた。…しかし、山の中でかつ昼間だからか、やけに痒い。虫でもいるのだろうか…?私は…ほほを、ちからづくで、かきむし…た。

「ああ…かゆい、かゆい…」

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一切れの肉 はんぺん @nerimono_2

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