第12話 大きなかぶの肉詰め

「琥太郎っ! 遅くなってごめん!」


 琥太郎君のお父さんとましろは、大急ぎで《りんごの木》に飛びこんだ。


 すると、お店のキッチンから出てきた琥太郎君は、へろへろのお父さんの姿を見て、ホッとうれしそうな顔をした。


「父ちゃん! 遅いじゃんか!」

「ごめんな……。いつもいつも」

「とにかく、ご飯にしよ。腹減ってるよな?」


 琥太郎君は照れくさそうにお父さんの手を引いて、テーブルに座らせた。一方、琥太郎君のお父さんは、もっと怒られると思っていたのか、拍子抜けした様子だ。


「お疲れ様です! 今夜のメニューは、【大きなかぶの肉詰め】です!」


 ましろは丁寧に手洗いを済ませ、ウエイトレスとして料理を運んだ。


「春かぶをくり抜いて、その中身と合いびきミンチを合わせた肉ダネとチーズを入れて煮こんでいます。スープはトマト風味です!」


 ちゃんと言えた!


 ましろは、一生懸命に覚えた料理の説明を言うことができて一安心した。思わず笑顔になる。


「付け合わせのパンもありますよ」


 りんごおじさんが、キッチンからパンの入ったカゴを持って現れた。


《りんごの木》は人出が足りないので、パンはめったに焼かない。その代わり、近所のパン屋さんからとてもおいしいパンを買っているのだ。


 パンからはこんがりといい香りがしいて、あのスープにひたして食べたらすごく美味しそうだなぁと、ましろは思わず想像してしまう。


「白雪さん。本当にありがとうございます。お店、お休みの日なのに」

「僕がお招きしたんですから、今日は楽しく食事をしてください。琥太郎君が手伝ってくれたので、とってもおいしいんです。きっと、お父さんも好きな味だと思いますよ」


 琥太郎君のお父さんは、りんごおじさんの言葉に目を丸くした。


「琥太郎が⁈ お前、家では料理なんてぜんぜん……」

「料理って、けっこう面白いじゃん。おれ、これからがんばってみようかなー……なんて。父ちゃんも、仕事から帰って来たら食べるよな?」

「琥太郎ぅぅぅーっ!」


 琥太郎君のお父さんは、今度は目をうるうるさせて、琥太郎君を抱きしめた。そして琥太郎君は、ましろたちのことを気にして恥ずかしそうにしているけれど、嫌がってはいない様子だった。


 なんだか、琥太郎君の雰囲気が優しくなった感じがする。


 わたしが外に出ている間に、何かあった⁈


「りんごおじさん、琥太郎君と特別な話でもしたの?」

「そうですねぇ。姉さん……、ましろさんのお母さんの話をしましたよ。ひとり親だと、時間のやりくりが難しくて、さみしいこともある。でも、愛情はどこの家にも負けない! と、電話で聞いたことがあって」


 ましろはキッチンから金崎親子を見守りながら、驚いていた。


 お母さんがそんなことを言ってたなんて!


「そっか。そうだよね。お母さんは、とびっきり、わたしを大切にしてくれてた」


 ましろはほんの少しでも、「わたしがいなければ、お母さんは自由だったんじゃないか」なんて考えてしまったことを反省した。お母さんの優しい声も、ぬくもりも、笑顔も、全てが今のましろを作ってくれた。


 それは、まぎれもない愛だ。


「【大きなかぶの肉詰め】は、文字通り大きなかぶを使っているので、家族で仲良く分け合って食べる料理なんですよ」


 ふと、りんごおじさんが言った。目線の先には、琥太郎君に大きい方を取り分ける、琥太郎君のお父さんの姿があった。


「これからは寂しい想いをさせないように、父ちゃん頑張るからな!」

「分かったって。いいから食べようぜ!」



 そんな楽しそうな親子の会話が聞こえて来て、ましろはつい、「もしもお父さんが家を出ていかなかったら……」と考えてしまった。

 お父さんとましろの二人だけだったら、お父さんはどんな言葉をかけてくれただろう。


『ましろが寂しくないように、父さん頑張るよ』とか?


 あの、ガラス玉みたいな目で?


 ダメだ、想像できない……と、ましろはぼんやりとモヤがかったイメージを首をぶんぶんと振って、思いっきり振り払った。昔のこと過ぎて、もう好きとか嫌いとか、そういう感情があるわけじゃない。それは、お母さんがお父さんの悪口を一度も言わなかったからかもしれない。


 けれど、少しだけ。ましろの心の中には、今でも少しだけお父さん――美鏡七人みかがみななひとさんのスペースが残っていて、それはどうしてもなくなることがない。


 元気、なのかなぁ……。




 ***

 琥太郎君たちを見送り、ましろとりんごおじさんはマンションに帰った。


 そして、ましろがきれいに片付けたダイニングテーブルに、《りんごの木》で作った【大きなかぶの肉詰め】とパンの残りを並べて、晩ごはんの始まりだ。


「お味はいかがですか?」

「う~ん! すっごくおいしい! お肉がジューシーだね!」


 ましろは、りんごおじさんが切り分けてくれたかぶの肉詰めを、ぱくぱくと口に運んだ。


「わたしとりんごおじさんも、仲良く分け合って食べてるね!」


 ましろはパッと思いつくままに言ったが、言ってから少し恥ずかしくなった。


 でも、いいか。そうだもんね。


 ましろは、りんごおじさんがましろのためにご飯を作ってくれている姿を見るたびに、胸があたたかくなっていた。


 お母さんでもお父さんでもないし、出会って間もないけど、りんごおじさんがわたしを大切にして想ってくれてること、分かってるからね。


「ましろさん、にこにこですね」

「えへへ。今、そんな気分なんだ」


 ましろは笑いながら「そういえば」と、ひとつ思い出した。


「りんごおじさんって、お母さんと連絡取ってたんだね。わたし、お母さんからおじさんのこと、ほとんど聞いたことなかったのに」


 ましろは、お母さんから、そしておじいちゃんとおばあちゃんからも、「凛悟は料理が上手くてねぇ」くらいしか聞いたことがなかったし、おじさんと会ったのはお母さんのお葬式が初めてだった。


「ましろさんのお母さんの電話は、年に一、二回ですかね。ましろさんの話をたまに聞くと、いつの間にか大きくなっているんだなぁと、たびたび思っていましたよ」


 りんごおじさんは、なつかしそうに「うんうん」とうなずきながら言った。


「ふぅん。遊びに来てくれたらよかったのに」

「少し、難しかったんです。外国──、フランスでお店を出していたので」

「へぇ! どんなお店⁈」

「グランメゾン、と言っても分かりませんよね」


 きょとんとするましろを見て、りんごおじさんはていねいに説明してくれた。


「グランメゾンは、高級なフランス料理屋さんという意味です。ドレスコードといって、こういう服を着ましょう、というのが決まっていたり、小さい子は入れなかったりするんです」

「なにそれ! もしかしてわたし、入れない?!」

「残念ながら……」


 高級でとってもおいしい料理が食べられるのかもしれないが、ましろにとっては、そんな堅苦しいお店は楽しくない。


 そもそも、入れないなんて困るよ!


「なんか、りんごおじさんに似合わないお店だね」

「あはは。でしょう? だから僕は、日本でファミリーレストランを始めたんですよ。家族みんなでにぎやかに食事ができる《りんごの木》を」

「そうだったんだね。その方が、絶対楽しいよ!」


 ましろが言うと、りんごおじさんは微笑みながらうなずいた。

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