第33話 『箱庭ダンジョン2』
「というわけで、屋敷の中でムネエソゴーレムに遭遇することがあるかもしれないっすけど、害は無いんで驚いて心臓止めないで下さいね」
「待ってくれ、どういうわけなんだ?」
うっかり気が逸って報告する順番を間違えたが、図書館で合流した先輩に、気を取り直してダンジョンのことを報告する。
流石の先輩も絶句して頭を抱えてしまったが、数秒で気を取り直してあれこれ疑問を返してきた。まだ頭は痛そうに蟀谷ぐるぐる揉んではいたが。
「これだけ異世界技術の粋を集めたような『箱庭』、そうそう無さそうですし、なるべく放棄はしたくないんすよね」
「確かに、物は運び出せても屋敷そのものを移築などできんからな。あちこちに刻まれた魔法陣などは、解析して再現することができれば、きっと今後の役に立つ。……ならば、ダンジョンの方をどうにかするしかあるまいな」
「地下の様子を見る限り、普通に生活していた『箱庭』の中に突然ダンジョンが出現したって感じはしないんですよね。元々ダンジョンの存在した『箱庭』にそうと知っていて屋敷を建てたのか、それとも計画的に運用するために何らかの方法でダンジョンを後から持って来たのか」
「そもそも隔離された異空間である『箱庭』内に、ダンジョンが自然発生するようなことが本当に起こるのか、そこから疑問だな。別世界である地球にダンジョンが出現し始めたのは、明確に【異変】と言っていい事象であるし、この『箱庭』のダンジョンは屋敷の寂れ具合から見ても、【異変】が起こるかなり前から存在したものだろう。むしろ、この屋敷の住人が人為的にダンジョンを造り上げたと考えた方が、可能性はある」
「ダンジョンを、造り上げる……???え、そんなこと出来るもんなんすかね?」
「フィクションでは良くある話だぞ」
先輩曰く、異世界ダンジョン物では、主人公がダンジョンに潜って冒険する話の他にも、主人公がダンジョンマスターとなり、貴重な武器や財宝をエサに冒険者を釣り上げ、身ぐるみ剥いだ上にその命まで経験値やポイントに換え、ダンジョンを運営する資源にしてしまう、ダンジョン運営物というジャンルがあるらしい。そんな恐ろしいことする主人公が存在する話があるのか。ネット小説って闇が深いな……。
「まあ、もしこの『箱庭』のダンジョンが人口的に作られたものだったとしても、目的は人を誘引して狩ることではなく、普通に攻略して資源を回収することなんだろうが」
「でもセンパイ、さっきの話だとモンスターも資源もダンジョンの運営側が用意してるんですよね。意味あるんすかね、それ」
「そこがダンジョン運営物の肝だな。物語では大抵の場合、ダンジョンマスターと冒険者がWIN‐WINの関係になるよう、投資分よりも回収分の方が上回る仕様になっているものだ。つまり実際に回収される資源に対して運用コストが低いのが特徴だ。まあ、これはフィクション故に主人公に都合のいい設定になっているから、実際のダンジョンの仕様は分からんが」
「なるほど」
フィクションと現実は違うのは俺も先輩も承知しているが、現実がファンタジーに侵食されている状況では、決して馬鹿にできない知識も多いんだよな。
まあ、ダンジョンの由来に関する考察もほどほどにして、今は安全確認を優先しなければ。
「前の住人の人達は、地下のダンジョンの存在を認識した上で、ダンジョンを運用しながら普通に生活してた感じなんで、差し迫った危険はあんまり無さそうではあるんすけど……」
「本当に確実な安全が保障された上で住んでいたのかは分からんわけだ。それに、長年放置されていたんだ、当時とは状況が変わっている可能性もある。確かに一度きちんと確認しておく必要はあるな」
「とりあえず、ムネエソゴーレムに護衛を頼んで、俺一人で潜ってみようと思います」
「………………私が同行しても足手まといになるだけか」
長い沈黙を挟んで、渋い顔をした先輩が頷いた。
先輩が同行した場合、実力的にも性格的にも、どうしても俺が守る形になってしまう。かと言って先輩では、俺が怪我をして倒れたとしても、抱えて運び出すことはできない。鍵を使った脱出も本人が使わないといけないからな。
先輩もそれを理解しているので、万一俺が怪我をして鍵による緊急脱出を図った場合に備えて、アパートの部屋で待機する役割を請け負ってくれた。
2人揃ってアパートに戻り、ダンジョンに潜るための準備をする。
懐中電灯なんて持っていなかったが、先輩のペンケースにペンライトが入っていたので、それを借りる。
今回は適当なモンスターを一体、ゴーレムに生け捕りにしてもらうだけの予定なので、武器は地下にあったメイスをそのまま持っていけばいいかなと思っていたのだが、どうしても敵を倒さねばならない状況に追い込まれる可能性もあるという先輩の助言に従い、マーケットボードで『地刻のメイス』という読み方に迷う武器を買ってみた。性能の程は記載がなかったので不明だが、いつものお高い順によるチョイスだ。120万という価格が高いのか安いのかは分からないが、軽く振ってみた感じなかなかしっくりきたので、結構いい買い物だったかも。
打撃無効の敵もいるかもしれないという、これまた先輩の助言で、ベルトに吊るせるナイフをサブウェポンとして購入した。
防具類も購入して装備してはみたものの、酷く邪魔で動きが阻害されるので、結局心臓を守る胸当て以外はマーケットボードに逆戻りさせて、手持ちのレザージャケットを羽織っていくことにする。防御力はフルセットで装備した体力を上げる不動系アクセサリーに期待しよう。指輪だけは不動以外の6種も全て+100のものを購入・装備したので、殴るだけで攻撃力がありそうな見た目になってしまった。
後は捕獲用のロープと、それなりのランクのポーションを購入して先輩と俺で分けて持った。先輩にも渡したのは、緊急脱出できたはいいが、俺の意識が無かった場合に備えてのことだ。ポーションの安全確認はまだできていないが、危険だと思ったら迷わず飲むようにと先輩に念を押された。
「ポーションはちゃんと持ったな?ハンカチは?持ったか?」
「いや、ハンカチはいらないでしょ」
「何を言う!ハンカチは止血にも使えるし、あと……」
「止血が必要な状況になったら鍵で逃げてくるんで、センパイ手当て頼みます」
「うむ……」
準備を進めるにつれ落ち着きなくおろおろし始めた先輩に、ハンカチをスカーフみたいに首に巻かれる。首を守るのは確かに大事なので、見た目については考えないことにしよう。
ペンライトをジャケットの胸ポケットに挿し、メイスを片手に持って先輩に向き直る。
「じゃ、行ってきますね」
「……くれぐれも、気を付けてくれ。少しでも危ないと思ったらすぐに戻ってきてくれよ」
「りょーかいです」
先輩のこんな強張った表情を初めて見た。
初めてのダンジョンに緊張はしているが、こうも心配されるのはなんだかこそばゆい。
不安げに揺れる目を見つめ返し、努めて軽く聞こえるよう口を開いた。
「ま、そんな心配しなくても大丈夫っすよ。さっさと終わらせて、早めに戻ってきますね」
予め言っておくが、フラグではない。
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