砂糖売ったら億万長者になったので、モンスターパニックが始まる前に生存戦略する。
と~ふ
第1話 『プロローグ』
「あー、やっちまった……」
バイト先であるホームセンター裏手の搬入口で、俺は重い台車にもたれ掛かりながら暗澹たる気分でため息を吐いた。
台車に積み上げた段ボールにギチギチに詰まった中身は、180cmもある成人間際の男が思いっきり体重をかけても牛歩の歩みにしかならない重みを台車に与えている。その正体は、先ほど今月のバイト代のうち四分の一余りを支払って買い取ってきた100袋もの上白糖だった。
先日の発注作業でグラニュー糖と間違えて、倉庫に大量の在庫を抱えている上白糖をうっかり追加発注してしまったのだ。別に砂糖なら腐るわけでもないし売れ行きも安定しているので、どれだけ在庫を抱えていても場所をとる以外に害はない。本来ならわざわざ俺が自腹を切る必要もなかったのだが……。
「ったく、なんで今日に限ってあのおばさん店に来るなんて言い出すんだか」
数時間後に店にやってくる予定のオーナー夫人の厭味ったらしい様を思い浮かべて顔を顰めた。
オーナー夫人は経営に直接関わっていない専業主婦のはずなのだが、なぜか頻繁に店に顔を出しては見当はずれの口出しをし余計な仕事を増やしていく、実に面倒くさい相手だ。モンスターにはモンスターをぶつける原理で、厄介なクレーマーの対応には非常に頼りになるおばさんなのだが。
面倒なおばさんが住み着いているおかげで、比較的時給のいいバイト先であるはずなのにパートもバイトも長続きせず、3か月の短期バイトでしかない俺にバイトリーダーと商品の発注担当が回ってくるほどなのだ。
ちなみに、もともとあった大量の在庫は前任者の不始末なのだが、その前任は毎回襲来する度に砂糖の山の前で態とらしくため息を吐いて、しつこくネッチネッチと嫌味を垂れ流していくモンスターに嫌気がさして辞めていった。
そんなおばさんモンスターに今回のことが知られれば、一体どれほど喧しくがなりたてるか、想像するだけでげんなりしてくる。
俺はそんな厄介ごとと財布の中身を天秤にかけて、自腹を切って自分の不始末を隠蔽する道を選んだのだった。
それに後悔はない、むしろ実に賢い選択をしたと思っているのだが、問題は……。
「こんな大量の砂糖どうしろっつーの……」
これに尽きる。
大学に通うため一人暮らしをしているが、砂糖なんて一年で一袋使うか使わないかというレベルだ。
実家では育ち盛りの子供を二人抱えた歳の離れた姉が、節約目的でたまにおやつを手作りしているらしいが、共働きのため休日に時間があればという程度の話らしいし。
ご近所さんに配って回るのもなぁ……。かかった金額が金額だ、無料で放出するのも惜しまれる。
スマホに入っているフリマアプリの存在が頭を過ったが、どこにでも売っているただの砂糖だ。定価じゃ誰も買わないだろうし、そうなると送料ばかりかかって赤字は必須。
「はぁ~、どこかにひと箱くらい纏めて買い取ってくれる相手なんてい――――ヴォンッ――――なぁああああ!?」
一瞬のことだった。突如視界が翡翠色の光に覆われたかと思うと、あれほど重かった台車が不意に重量を無くし、思いっきり体重をかけていた俺は綺麗にすっ転んだ。
押し手と共にひっくり返った台車が地面に叩きつけられる音が辺りに響きわたる。
「痛っっった、は、え、なに?……は?」
いやホント何が起こったのか。あまりにも意味が分からない。
あのくっそ重い砂糖の箱が一瞬で消えたのだ。
無様に倒れ込んだまま呆然と周りを見渡すが、そこそこの広さの従業員駐車場とその周辺には人影はない。台車から消えた段ボール箱がそこらに転がっているなんてこともなかった。
そこまで確認した俺は、そろそろと視線を正面に固定する。
「ホント、何なんだこれ……」
現実逃避気味に無視していたが、先ほどからそこには、翡翠色の光を放つホログラムディスプレイのようなものが浮いていた。
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