第8話 続 虐殺する主人公(笑)~その2~

 ソロルが作り出した氷柱はすぐにアルの鋼鉄の体が虹色に反応して吸収して跡形もなく消え去る。


 再び鉄塊をソロルに向けて薙ぎ払う。


 が、またもソロルが氷柱を作り出すほうが速い。

 鉄塊てっかいの薙ぎはあえなく氷柱に阻まれる。


 これ程、素早く魔導を精製できる奴はエル人にも中々いない。


(拷問にも等しい調整ってやつを施された結果かよ。)


 全部聞いた話だ。

 開戦前はお互い良家の坊ちゃん共が留学までしてたんだしな。


 エル人は聖紋スティグマという刻印をもって生まれる。

 普段は肌の色と区別はつかないが、魔素を取り込めば十人十色の紋様が全身に浮かび上がり、魔導を放つことができる。


 聖紋スティグマで取り込める魔素の量が当人の魔導総量であり、取り込んだ以上の魔素を扱うことはできないと聞いた。


 ハイ・クラス以上のエル人はこの魔導総量がバカでかいらしい。

 奴らと戦えるのはリムノスでも四王しおうくらいだ。

 いや、敵味方の犠牲を問わずに大魔導を駆使されたら生き残れるのはからくり兵くらいだろう。


 ただ、そんなのはエル神国中探しても十人いるかどうかのレベルだ。


 それだけ馬鹿げた強さを持つハイ・クラス以上の兵士を人工的に作成することを目論んだエル人は――


『調整』


 という方法で兵士を強化していた。


 内容は至ってシンプルに残酷――


 魔導で無理やり聖紋スティグマを破壊して広げ、取り込める総量を増やす。


 激痛で指一本ほどの大きさを調整するのにも、兵士たちは悶絶を繰り返す。

 大の男が苦悶のあまり泣き出し、漏らすことも少なくないという。


 調整は体の一部分で行っても効果は少ないため、全身を調整された者はその苦悶から金糸の頭髪は色を失う。

 扱いきれない魔素の影響からか瞳は深紅に染まり、精神は狂気に蝕まれる事も多いと聞く。


(エル人の大人達が作り上げた残酷な風習に巻き込まれたってのかよ……)


(いや、大人が残酷なのはどっちも一緒か……)


 アルが氷柱を吸収している間に

 ソロルは携えてた槍で幾重にもアルを突いていく。


 飛びのいて躱すアルに、今度は雨のような数の氷のつららが打ち放たれる。


 エーテル鋼で作られた体のアルに魔導のつららは当たっても効果はない。


 しかし目くらましに意識を傾けたアルにむけてソロルはまた執拗に槍で突き続ける。

 つららは意に介さず、冷静に鉄塊てっかいで槍の攻撃をいなしてからアルは大きく鉄塊を振りかぶる。


 ガキンっ。


 またも巨大な氷柱に阻まれる。


(ソロルは研究したんだ。)


(アルの殺し方を。)


「お兄様は普通ですの。 怖いのでしょう? 嫌なのでしょう? もう無理なんでしょう? こんなに人を殺せる人ではないのに、 それでも殺し続けなくてはいけなくて。 あなたの事は私が誰よりも理解してますの。 メグお姉様よりも、 タッドお兄様よりも私私私わたしが、 だれよりもだれよりも誰よりも誰よりもお兄様をお兄様をお兄様を、だからだからだから殺すの殺すの。 お兄様を救うのは私わたしわたし、ですの。」


 ソロルと一対一で対峙していたアルが、一度大きく飛びのくと付近にいたエル人兵士に掴みかかり、殴って、頭蓋を潰す。

 そして兵士から肘から手首までありそうなナイフを奪い去る。

 同じような武器を持ったエル人兵士を見つけてまた、潰して奪い去る。


 あんなバカでかい鉄の塊はからくり兵でもなければ振り回すなんてとてもできない。

 とはいえ唯一の武器をアルはいとも容易く手放す。


 鉄塊てっかいでは相性が悪いと判断し、まるでシモンズのように両刀のナイフを交差して構える。


「ああ、 嬉しいわ。 アルお兄様、 私の事を殺すために色々考えてくれているのですね。 ようやくアルお兄様が私だけを見て、 私の事だけを考えて、 私だけを、 ああ、 わたしだけわたしだけわたしをわたし、 やっぱり私、 アルお兄様に殺されたい。 お兄様を殺して私だけのものにしたい。 でも殺されてお兄様だけのものにされたい。」


 口元に泡をつくりながらソロルの真っ青だった頬は紅潮する。


「私はずっとアルお兄様を見ていましたの。 お兄様は私の主人公。 お兄様のその武骨な鋼鉄の指で触れてほしかったの。 触れて私を鋼鉄でぐちゃぐちゃにして私を女にしてほしかったですわ。 お兄様、 その鋼鉄で私を女におんなにおんなにおんなに殺りたい殺られたいヤッてヤられて、たい。」


(ソロルはあたしが認めたくなかった、 女になりたがってる。)


(女になったらもう妹扱いすらされないんじゃないのかよ。)


(いや、 もうあんたを妹扱いしてくれる奴はいないのか……)


 アルが飛び込みざまにソロルへ信じられない速度で切りつける。


 攻撃速度は上がっても鉄塊てっかいよりも破壊力の劣るナイフだ。


 さっきよりずっと小さい氷柱を高速でいくつも作り出してソロルも防ぐ。

 アルは構わず両手のナイフで連撃を続けてソロルに槍で反撃する隙を与えない。


「ああぁ、 お兄様がわたしだけをわたしわたし、 おんなおんなおんなおんなに殺るの? ヤるのね? ヤられてやられやられたい。」


 あのよわっちくって、不器用で、ナイフみたいな繊細な武器は扱えないといわれていた、アル。

 そのアルがシモンズ並みの連撃を放っている。


(ソロル、 もうやめて。)


(アルはもう、 あんたのこと――)


「!?お兄様、 どこを見ていますの!? 私はここにいますのよ!? 私を殺すのなら私だけを見て! 私をお兄様だけのものにして! 憎んで! 私の事を! 忘れるなんて許さない! わたしをわたしをわたしをわたわたわたしを……そうでないなら殺さないで!ヤらないで! やめて! ヤられたくない!」


 アルが繰り出す連撃に氷柱を作り出す速度が間に合わない――


「いや!助けて!お兄様!」


 瞬間、あたしはソロルを突き飛ばす――

 アルの高速で放たれた太刀をあたしは無防備に浴びてしまう。


 キィン。


 鋼鉄と鋼鉄がぶつかりあった高音が鳴り響くとあたしの右腕は肩口から見事に切り裂かれていた。


 ソロルは突き飛ばされた後、うずくまって起き上がらない。


「……お兄様が私を忘れてしまうなんて、 お兄様は私の主人公、 お兄様はわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのことあいあいあいして、 ない。」


 狂気じみた様子は変わらないが焦点の定まらない目線でぶつぶつと唱える様は昔の内気だったソロルを少しだけ思い出す。


 アルは切りつけたあたしをほんの少しだけ不思議そうに見つめた後、うずくまっているソロルに向かって追撃のため駆けだそうとする。


「やめろ!」


 あたしは残った左腕で、大槍の魔導絡繰からくりを使って氷柱を作ってアルに向かって放つ。

 もちろんエーテル鋼で出来たアルには通じない。

 アルの鋼鉄の体が氷柱を吸収する。


(でも、 ちがう。)


(ちがうと思う。)


「ソロルを殺すにしたって、 なんの感情もなく……は違うだろ……せめて、 あの時の事、 憎んでやれよ。」


 幾重にも氷柱を放って、アルの動きを止める。

 アルは少しだけ戸惑っているようにも見えなくもない。


「あんた……タッドもメグもいないから悲しくて悲しくて、 それでも希望に縋るしかなくて。 そしたらあんたにとって大事なもんまでどんどんこぼれていっちゃって。」


(見てたよ、 あんたらの事)


(あたしにとって理想だったんだよ。)


(あんたらは。)


(種族も、 性別の違いも。 苦しんでたけど受け入れてた。)


「もういいよ。 これ以上無理だよ。 アル。 逃げよう。 あんたくらいあたしがどっかで養ってやるよ。 どうにかして、 よわっちかったあんたに戻す方法だって見つけてやる。」


 キィン。


(無言で拒否を回答か……しゃべれないもんな。)


(ずっと……ずっと言ってやりたかった。 でも言えなかった。)


(結果がわかってても言わずにはいられない……きっとあいつもそうだったんだな。)


 言い放つあたしにアルはシモンズに似た太刀筋で切りつける。

 鋭すぎる一撃は水王すいおうのあたしでも躱しきれず直撃を受ける。


 あわや胴体が両断されるところをすんでで切り抜けたが、あたしの下半身は意志を通さなくなり、動きを止める。


「ウィル卿のお嬢様に、ライラか。こんなことになってたのかよ。」


 下半身が動かず、座り込むのがやっとのあたしに別の場所で戦闘していたはずのシモンズが尋ねた。


 いや、水王すいおう風王ふうおうがこれだけ戦闘を膠着こうちゃくしていたんだ。


(確かめにきたのか。)


(今は、 今だけは、 来てほしくなかった。)


「アル。 お前がライラを、 リムノスの水王すいおうを攻撃したってんなら、 タイムリミットは過ぎた。 お前は、 間に合わなかったんだよ。」


(風来坊を気取りながら本当は誰よりもまじめで責任取りたがりのこいつがこの状況を見たら――)


(アルは、 殺される。)


(リムノス最強の兵士シモンズに。)


「やめろシモンズ! アルを止めるためにあたしから仕掛けたんだ!」


(シモンズを止めないとアルが殺されてしまう。)


 アルに斬られた部分がバチバチと煙を上げながら、帯電している。


 鋼鉄の体の動作は過程と結果だ。

 過程が途切れていれば、結果は伴わない。

 動けない。

 鋼鉄の体はもう意志を通していない。


 無力だ――


(あたしが望んでこの姿になったんだ。)


(アルとは違って――)


「状況は、 見りゃ、 わかるよ。 ライラ、 お前の性格も知ってる。……今のアルの状態もな。 アルが、 大事にしてたもんは、 全部、 こぼれちまったんだよ。」


「ちがう! こぼれてない! まだあたしやシモンズの事は覚えてる!」


「覚えていて、 この状況は異常、 だろうが。」


(うるさい!)


(知るか!)


(異常なのはわかってる!)


(シモンズを止めたくて適当に頭によぎったことを言葉にしてるだけだ!)


「ライラ。 わかってただろ? 心が壊れてるのに、 強くなりすぎちまった、 こいつを、 いつかこうしなきゃいけないのは。」


「強いとか弱いとか、 そういうレベルにも達してねぇガキを勝手に強者が集うテーブルに座らせたのは誰だよ! あたし達大人だろ! そんな強者の理屈が通じる程、 アルは強くねぇんだ!」


「ライラ。 過去はどうあれ、 今アルに匹敵する存在がいるか?……みんな選べねぇで座るしかないんだ。……ライラを後衛に連れてってくれ、 もう、 戦えない。」


「はっ。」


「結局、 いつも俺なんだよな。」


 シモンズに指示された炎王えんおう配下の兵士は動けないあたしを馬上へ担ぎあげて後衛を目指す。

 アルとシモンズが奇しくも同じ武器で対峙している。

 そんな光景がどんどん離れていく。


 あたしの意思とは別に。


(やめて! お願いだ!)


(あんただって嫌なんだろ?)


(責任取りたがりのあんたが今まで手を下さなかったんだ!)


「アルを、 アルを殺さないで。」


 もう、アルとシモンズの姿も見えない。


「アル―― 泣いてることが伝わらないのってこんなに辛かったんだな。」


 あたしはアルとシモンズの戦闘を見届ける事すらできなかった。

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