第2話 虐殺する主人公(笑)

 美しい中性的な容姿と鋼鉄の体を持つ戦闘人形と呼ばれる兵器が戦場を駆けていく。


 対戦国の大軍に単騎で駆ける様はいつ見ても現実感に乏しく、まるで子供の人形遊びだ。

 戦闘人形アルに向かって敵軍は地水火風の魔導を散々打ち放つ。


 高速で標的へ向かう人間大の火球。

 粗末な家屋などよりはよっぽど大きい泥の弾丸。

 大木をも薙ぎ倒してしまいそうな暴風。

 雨あられのように降りそそぐ槍の様なつらら。



 アルの鋼鉄の体に埋め込まれたエーテル鋼は虹色に反応を示す。

 どの魔導も兵士姿の人形に吸い込まれ、その効果を失う。

 遠距離からの魔導は吸収され、成すすべもなく敵軍は人形の接近を許す。


 俺はリムノス王国兵士炎王えんおうシモンズ。

 アルは俺の部隊に配属されている。


 アルが敵兵大軍を分断させて、俺が本隊を敵陣に送りこむ。

 それだけで大概の戦闘は片づいた。


 アルがいなくても戦闘における才能が俺にはあった。

 だから人より多くの戦闘に参加しても生き残る事ができちまった。

 そしたらいつの間にか出世していって、今では兵士においての最高位炎王えんおうの称号まで得ている。


 結果、風来坊の俺が壮年というには若い年齢で一軍を預っている。


 戦場を見渡すと広大な平原は緑が広がり、見上げれば青が満たされている。

 穏やかな風景が今や、リムノス敵国のエル人兵士の悲鳴で埋め尽くされちまってる。


『虐殺からくり人形アル』


 風王ふうおうの称号を持ち、殺しても、殺しても飽く事なくエル人を見つければ散々殺す。


 人を殺すという機能しか与えられていないかの様に虐殺を続けるも、美しい男性の容姿を鋼鉄で作られ、現実感の乏しいアルは敵味方問わず恐怖の象徴だ。


 アルという呼び方はあいつの親友がつけた。 

 あだ名だ。

 もっと呼びにくい名前だったから聞き取れた部分だけを発音したと聞いている。

 適当な奴だ。


 アルは全身黒を基調とした軍服に身を包み、身の丈以上の巨大な鉄塊てっかいを携えている。

 大雑把に振り回して数十人から編成されるエル人兵士たちを藁束わらたばのように薙ぎ払う。


 アルの鉄塊てっかいによる打撃を受けたエル人兵士は砕かれ、潰され、吹き飛ばされ、その死体は凄惨なものになっている。


 手足が千切れ、目玉が飛び出し、内臓が口からはみ出したりしている。

 死体はどれもが恐怖におののいた表情だ。

 敵国の兵士とはいえ死体を見た新兵達の中にはその光景に吐き出す者も少なくない。


 歴戦を経験したが、俺でも顔をしかめる。


 ひとしきり殺しきるとアルは駆け出し、エル人兵士の隊列を見つけては鉄塊てっかいを振り回して虐殺を繰り返す。






 神様ってのがいるとして、二種類の人間が作られちまった。


 エル人とリムノス人だ。


 ほとんどの人間が地水火風、様々な魔導を使えて当たり前の大陸。

 金糸の様な頭髪に碧眼へきがんを特徴とし、見目麗しい者が多いエル人は魔導の恩恵をうけて育つ。

 炎の魔導で闇を照らし。

 水の魔導で穀物を育て。

 風の魔導で木々を切り裂いて開拓し。

 地の魔導で住みやすい土地を作ってきた。


 それだけじゃない。


 魔導は攻撃手段としても有効だ。

 能力のある者であれば人間を敵視し、害悪となる身体能力の高い魔獣を駆逐するのにも役立つ。


 しかし、不器用を象徴するかのような黒髪、黒目を特徴とする俺達、リムノス人は全く魔導を操ることができなかった。


 魔導を使えないリムノス人は奴隷としてエル人に扱われていた。

 リムノス人の奴隷時代は長きに渡って行われる。


 が、エーテル鋼という鉱物が採掘されるようになってから状勢は一気に変わる。


 エーテル鋼は大気中に含まれる魔素と呼ばれる魔導の素となる元素を吸収し、吸収した魔素を放出する特徴があった。

 魔素を取り込み、魔導を放つことが当たり前のエル人にとってはエーテル鋼に長時間触れていると自身の魔素を吸われてしまい、体力を奪われる。


 魔素を元々取り込む必要なく生活できる俺達リムノス人にとってはエーテル鋼が傍にあっても異常をきたすことはない。


 エーテル鋼の特徴に着目して兵器をつくりだしエル人から奴隷を解放したのが、初代からくり王と呼ばれるリムノス王国を建国した人物だ。

 からくり王は剣や槍、様々な武具にエーテル鋼を取り付けた。


 それが魔導絡繰からくりだ。


 魔導を吸収して、放出できる兵器、魔導絡繰からくりを扱えるのは魔素を取り込む必要のないリムノス人のみだ。

 俺はこの武具の扱いに長けている。


 リムノス王国が建国されて約200年。


 魔導絡繰からくりによって大陸の勢力図を塗り替えてリムノスは強国へとのし上がっていった。


 リムノス人はエル人のいくつもの国々の人間に対して魔導を吸収し、逆に魔導をはね返して殺していった。


 しかしハイ・クラスや四帝していと呼ばれる一部の魔導兵士は神話に出てくるような天変地異を操る。

 魔導王、炎帝えんていなどは炎剣レーヴァテインを操り、リムノス大軍を一瞬のうちに業火に包んだという。


 ハイ・クラスや四帝していはエル人の強国、エル神国にも十人程度しかいないといわれる。

 リムノスはエル神国を攻め切る事ができなかった。


 戦争は長い間膠着こうちゃくし、最終的には双方和解までしていた。

 今はまた戦争になったが。


 エル神国と戦争になった際の切り札としてリムノスはかねてから全身がエーテル鋼の兵士を量産していた。


 全身がエーテル鋼、魔導絡繰からくりならどれほど巨大な魔導を使われても吸収できる。

 その特殊兵器で作られた人形へ人間の精神を詰め込んで兵士を作り出す。

 兵士の選定は志願者を募って行われた。


 迫害を受けていた過去。

 魔導を使えない事での蔑視。


 エル人を憎むリムノス兵は少なくないため、志願者も集まり魔導絡繰からくり兵士は量産に成功した。


 しかしアルは違う。


 戦闘人形はおろか、兵士になる決意もない少年の精神が混入。


 無理矢理、戦闘人形にされたばかりのアルは普通で何の才能もない少年だった。

 涙を流す機能は無かったがいつも泣いていた。


 アルの体感時間はずれている。


 元々あった能力でも魔導でもない、しゅという魔術に感染したからだ。

 通常の人間が刹那にしか感じない一瞬の出来事がアルにはもっと長い時間に感じてしまう。


 そのため常人をはるかに超える反応で行動ができるようになり、リムノスでも有数の兵士としての実力を有している。


 戦闘の能力としては優秀だがアルの場合、コントロールができない。


 自分自身もそれ以外も遅々として動く感覚の中で常に生きている。

 結果、眠る事も必要としない機械の体より先にアルの心が壊れてしまった。


 今ではほとんどしゃべる事もできない。

 普通の少年だった。

 誰もが自分を認める主人公になりたい、という夢も声高に語れないほど。


 アルは憎悪でエル人虐殺を行っている。

 その矛先がいつリムノスに向けられてもなんら不思議はない。


 アルを廃棄するにも力が強大になりすぎちまった。

 兵士の最高位、風王ふうおうの称号までもつアルが『抵抗』という『虐殺』が行われる事を考えたら廃棄もできない。


 軍上層部はアルを戦争の兵器として使い潰すことを選択した。

 激戦地域へ送りこみエル神国を消耗させる消耗品。


 アルが自国リムノスに矛を向けた際、単騎で撃破できる可能性があるのはリムノスでも、俺くらいだろう。

 俺の役目は……そういう事なんだろう。


 アルはそんな軍上層部の思惑など見通しているだろう。

 普通だが、馬鹿ではなかった。

 それでもエル人を虐殺する。

 

 アルの心が壊れちまう前。

 ――アガルタの守り人もりびとと名乗っていたあの男。


「1万人のエル人の命を君のエーテルに取り込めば、 君の望みは叶えてあげるよぉ。 ぼくは嘘つきだけど君には嘘をつかないかなぁ。 多分。 レーヴァテインでもあればすぐに終わるだろうけど、 君、 よわっちぃしねぇ。 絶対に叶わない状況を見ててもつまらない。 そうだ。 その主人公(笑)の意志の力ってやつがどこまでもつのかそれ、 見てみたいなぁ。」


 軽薄な物言いの割に意志の強さを感じる薄気味の悪い男だった。


 その男に魔術によるしゅだけではなく希望という呪いまできっちりとかけられたアルは思惑通りに動かされる文字通り傀儡くぐつ人形だ。


 単騎で駆けていたアルは変わらず鉄塊てっかいを振り回し、細切れの死体を量産していたが、現在攻防している相手はなかなかの手練れだ。


 鉄塊てっかいによる打突を躱し続ける。

 エル人たちは遠距離では魔導を放つ。

 ただし接近された時のために剣やら短剣だのと、近距離用の武具も持ち合わせている。


 もともとアルが持つ鉄塊てっかいはそういった近距離用の武器を防がれても上から叩きつぶすというために作られた大雑把なものだ。


 攻撃動作が大仰になるため魔導で運動神経を向上させられるエル人なら避けるのも難しくない。

 エル人兵士は躱しながら持っていた短剣で反撃を試みる。


 反撃を鉄塊てっかいでいなすとアルはまったく動じた様子をみせず、唯一の武器である鉄塊を手放した。


 手放したと同時に相手兵士の首元へ素早く手を伸ばし、素手で兵士の首を掴む

 瞬間、絶命を悟った兵士の顔は恐怖に歪む。


 アルは残った手を兵士の頭蓋へ拳を振るう。

 身の丈を超える鉄塊てっかいを難なく振り回す膂力だ。

 殴りつけられた兵士の頭蓋は――


 グシャっ。


 と音を立てて赤い花弁を咲かす。


 魔導は吸収される。

 そして防御不能の巨大な鉄塊てっかいで叩きつぶされる。

 または反撃して素手で殴り殺される。


 何をしても凄惨な状態にされるエル人には恐怖で逃げ惑う者もいる。

 アルは逃げる者も執拗に追いつめ、害虫駆除でもしているかのように叩き潰す。


 混乱する敵陣は本隊の進撃を防ぐことができず、一気に瓦解し、戦闘は終結した――






 戦闘人形が死体の山の上で佇んでいる。

 見渡す限り死体だらけ

 その場所には似つかわしくない美しい造形のからくり人形。

 現実感がなくアルを死神と認識している兵士もいるくらいだ。


 アルに近づき、問う。


(戦闘の終わった、 この瞬間が嫌いだ。)


 しゅに感染したばかりの時は苦痛で泣き叫んでいた。

 今は、感情らしきものをわずかばかり感じるのみで、こちらの問いにもほぼ反応はない。


「まだ、 アルなのか?」


 いつもと同じ質問。

 アルは視線を一瞬こちらに向けただけだ。


 主人公になりたい。

 あきらめたくない。

 そう宣言していた少年。


(言葉も話せず、 心も壊れかかっているアルの考えを予測するのは至難だ。)


(泣き方も忘れて、 言葉がしゃべれなくなっても。)


(エル人を殺し続けるのはアルが一番大事にしていた奴のためだ。)


(それは、 わかる。)


(だからアルが、 少しでもアルとしての感情が残っているなら願いを叶えてやりたい。)


(きっともう限界だ。)


(アルの精神はもうすぐ完璧に壊れ、 本当の意味で人形になる。)


(悲願を遂げる前に。)


(いずれ敵味方関係なく虐殺する人形になるかはわからない。)


(その時は――)


「結局、 いつも俺なんだよな。」


(嫌な役目だ。)


「俺がアルを、 殺してやる」


 リムノス最強の称号炎王えんおうを継承した俺は美しい人形に宣言した。

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