乙女ゲーム世界に転生したらヒロインを救うのは王子様じゃなくて暗殺者の私だった件 ~天才前世と超一流の暗殺者技能で最強、無双、ざまぁ、私TUEEE!!~

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***読み飛ばし推奨プロローグ***

「あーっはっはっは! 人生サイコーね、チョロいチョロい!」


 景気良く笑っているが、この女、5分後に死ぬ運命である。

 ――と、いきなり出オチネタバレから入ったが、ともかくその女は絶好調だった。


 年の頃、20歳はたちほどの少女というか、女性というか。

 身なりを見れば成人しているように思えるが、通りの真ん中で高らかに笑う表情と声はそれをいくらか幼く見せていて、一言で言えばガキっぽい。

 二言で言えば年甲斐がなくてウザいし、もっと言うなら、調子こいてる馬鹿女だ。


 だがそれも無理からぬことなのだ。

 彼女はなんというか天才で、それも如才じょさいなく完璧に抜かりなく恵まれていて、容姿もそうだが頭の出来も良く、学業や成績は無論のこと、機転も利けば口まで達者。

 これでお調子に乗っていなければ、さぞかし男たちにもモテモテだっただろうが。


 まあそんな才能に溢れた女子大生がなぜこれほど上機嫌なのかと言えば、答えは簡単だった。

 金である。

 もっと言うなら株とFXである。

 大成功して売り抜けて、大儲けして調子乗ってる。

 それはもう本当に、文字通り景気が良かったら、人は恥も外聞もなく大笑いするものなのだ。


 その彼女は合コンを終えて帰る途中の道すがらだった。

 といっても釣果はなく、なぜというのも単純で、彼女は同席した男も女も歯牙にもかけず酒と料理をかっ喰らい、ひとりではしゃいで盛り上がっていたのだ。


 酒の席で気が大きくなっていたのもあり、私ってば今日大儲けしたのよ桁が聞きたい? 聞きたい? 教えてあげないギャハハハハ、とウザ絡みしまくっていた。

 ノリノリに調子づいてた彼女は、自らセッティングしたその場で飲み明かし、全員分の飲食代まで持ち前の気風きっぷですべて支払ったぐらいだった。


 そうなれば同席者たちも、大っぴらに不満を言えるものでもなく。

 適当に自慢話を聞き流しながらそれぞれお持ち帰りの算段もついて各々別れて、それであぶれたのが彼女ひとり。

 女としては負けもいいところだったはずだが、それに頓着する気配すらなかった。


 それでもなお笑いが止まらないのだ。

 それほどの巨額の稼ぎで、何度も言うが彼女は調子ぶっこいていた。

 絶好調なのだ、誰にも止められないほど。


 千鳥足で表通りをのし歩く彼女に、当然周囲は迷惑そうな目を向けていたが、それをすぐさま注意する者もいないのがこの秀真ほつまのお国柄である。

 それもあくまで短い距離、わずかの時間であればの話だが、最初に言った通りこの女の余命は5分――いや、正確にはもう残り3分である。


 つかの間の夢とは知りもせず、彼女は酔っ払いそのもののぶっ飛んだ声で高らかに笑った。


「あーもーほんっと最高。お金があるって素晴らしいし、才能があるのは誇らしく、運に恵まれれば人生って輝くのね。ていうか今まで私って失敗とかしたことあったかしら。なんもかんも完璧な人生って気がしてきた。山あり谷あり? ヤマ張って大当たりすりゃあそれがサイキョーに決まってんでしょ、えいえいおー!」


 意味不明である。

 が、酔いの夢心地の彼女にとって、この瞬間それはまさしく世の真理。

 己が天下に誇る勝ち組であると、信じて疑わず夜にうたい上げている。


 女性としての慎みのかけらもなかったが、これはこれである意味、女らしさの本質の一面ではあったかもしれない。

 傲慢で、ワガママで、世界のすべては自分のもの、自分に都合よく回る地球はぐるま

 そうであるべきと内心思うだけなら勝手だが、他者にそれを強制すれば角が立つ。

 しかるに、それを自己完結で実現している分だけ、彼女のこの痴態などは身のほどを弁えた謙虚であると……ギリギリ、まあそう言えなくもないだろう。


 迫る人生の終幕まで1分を切った者に、今さら褒めそやしも侮蔑も関係あるまい。

 死ねばみな仏。

 それを許して受け入れてあげるのが、日の本の者らしい慈悲と寛容ではなかろうか?


『普段はあれでしたが、いいところもいっぱいあったんです、ううう……』


 などと、のちに彼女の身の回りの家族や友人は涙ながらに語ってくれるわけだし。


 順風満帆の栄耀栄華。

 容姿端麗で頭脳明晰、完璧超人を自称する彼女。

 才気煥発で脱俗超凡、超絶無比の豪放磊落、普段の飲みの席では誰かが悪酔いして吐いたら嫌な顔ひとつせず率先して片付けてあげるなど、なんだかんだ気が利いてるし、決して嫌味な人物ではないのだ。

 ちょっとばかり大成功して悪ノリが過ぎた、今日の日のイキり散らしぐらい大目に見てあげてもいいと思うのだが。


 どうだろう。

 どうか許してあげてほしい。

 深酔いで注意力が欠けてしまって、うっかり赤信号に飛び出してしまった彼女のことを。


「あえ?」


 プワー――――っ!


 高らかなクラクション。

 気づけば目の前に迫るトラックの車体。

 薄汚れたバンパーと車体前部が、彼女の身体に激突するまで3、2、1――


「――うそお?」


 今際いまわの言葉は、そんな間の抜けた疑問符でしかなかった。




 ――こうして、完全無欠の英雄豪傑ロックンローラー、いつか成り上がって頭角を現せば日の本を背負って立つ未来もあり得た傑物こと彼女、『私』の人生は終わったわけだが。

 まさかその後も人生が続くライフ・ゴーズ・オンとは誰も思わなかった。

 誰も彼も彼女もなにも、きっと実在するなら世界の神ですら。


 この流れならだいたい分かるだろうが、彼女はこの後、異世界に転生する。

 生前にプレイした乙女ゲーム、『ハーモニック・ラバーズ』の世界に。

 そこで存分に前世の栄華栄達、そのツケを利子と利息をつけて支払い、なにもかもままならないまま本当に文字通り何度も死ぬほど苦労するハメになるわけだから――


 まあそんなわけで、この時この場で起こったことに関しては、どうか大目に見て笑って許してあげてほしい。

 かしこ。

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