アルター・テラ ~廃ゲーマー俺、惑星再現型VR空間の運営による謎のミッション『AR(拡張現実)ダンジョンを攻略したら賞金100万円』にホイホイ乗ったら命がけだった件

虎戸リア

第1話:闇大会

 惑星再現型VR空間――【アルター・テラ】


 鏡戸キョウト・シティ カモガワアンダーグランド闘技場


『相手のファンタズマは……はん、クラーケンかよ。イカ焼きを食べたくなるね』


 俺の耳のすぐ横で、男っぽい口調の女性の声が響く。


「AIのお前がイカ焼きなんて食べたことないだろ」

『イメージだよ、イメージ。やれやれ、これだからシグルはモテないんだぜ』


 さきほどの声の主である、俺の肩の上に座る黒い小さな竜が、器用に肩をすくめながら答えた。


 彼女は、この【惑星再現型VR空間 アルター・テラ】内の人気要素である幻想生物型AI――通称ファンタズマ――の一種であり、俺の相棒だ。正式名称は長ったらしいので俺はただ単に〝ニル〟と呼んでいる。


『じゃ、今度こそ派手にぶちかまそうぜ』


 ニルの言葉と共に俺は軽くストレッチをし、深呼吸する。VR空間内でする意味はないが、まあ儀式みたいなもんだ。


 戦闘前の、この程よい緊張感が心地良い。


「HOOOOOOO!! さあ始まったぜえええええ!! 第546回カモガワアンダァァァァグラウンドォォォォ闘技場の決勝戦だあああああああああ!! いつも通り、解説実況リアルタイム配信BGMそしてジャッジと大忙しなこの俺、ワイズマンがお送りするぜえええ!! つーか誰か手伝えやごらあ!! というわけでこいつを聞いてテンション上げてけえええええ!! BGMスタートと共に最終BET開始だああああああ!!」

 

 実況席で、一見すると賢者のような風体の髭を生やした老人が、拡声器でがなり立てていた。それと共に観客席、そして闘技場の上空を飛来するドローンから歓声が上がる。


 さらにそれ以上の爆音が闘技場の周囲に雑に設置されたクソデカスピーカーから放たれた。ゴリゴリの重低音とビートで嫌でも気持ちが昂ぶるので、この雰囲気は嫌いではない。


『かはは! おいおい、あたし達全然期待されてないぜ』

「挑戦者はそんなもんさ」


 実況席の後ろにある巨大モニターに映る、オッズのリアルタイム表示を見て俺は鼻で笑う。そう、このなんでもありの非合法闘技大会――単に闇大会と呼ぶ――の勝敗を賭け、多額の電子通貨が動くのだ。


 画面右側には俺達。左側には決勝戦の相手であり、俺の目の前で余裕そうに佇んでいる前大会優勝のチャンピオン【ショクシュスキー】というプレイヤーが映っている。一見するとただのオッサンだが、どこか変態チックな雰囲気を纏っている。そもそもその名前、どうかと思うよ?


 オッズは今のところ圧倒的に向こうが低く、俺達は言わば大穴狙いになっている。


 ま、こういう大会に出るのは初めてだし、ここまでの予選も、苦戦したように


「流石は前大会優勝のチャーーーーンピオーーーンだショクシュスキー! 名前はクソだが実力は確かで、人気も圧倒的DA☆ZE!! 〝十番台〟のスーパーTUEEEE水棲型ファンタズマ【AQ-012クラーケン】の使い手にしてこの大会で最多優勝経験を持つショクシュスキーに隙なんてねえ!! 挑戦者が女じゃねえのが残念だが、良く見りゃ可愛い顔してるぜ? え? 挑戦者について? 初出場のラッキーでここまで上がってきた奴のことなんて知るかよ! どうせ負けるから知る必要はねえよなあ!? ファンタズマも〝百番台〟の雑魚ドラゴンだろ!? 子犬パピーを恐れる必要はねえ!」


 ワイズマンが煽り、観客が爆笑する。解説実況が一方に偏りすぎなのもアレだが、何より俺が女顔なのは結構気にしてるからマジで放っておいてくれ。


 それを受けて、ショクシュスキー……言い辛いな、チャンピオンでいいや、そう、チャンピオンは余裕そうに観客に手を振ると、その身体に巻き付いていたイカみたいなファンタズマが、墨を勢いよく上空へとばら撒いた。


 そのパフォーマンスで更に会場は盛り上がる。はっ、流石はチャンピオン、煽るのが上手い。


「さーって、ファンタズマバトルを視たことのねえニュービーに俺が懇切丁寧に説明してやる!! このアルター・テラは惑星再現型VR空間って謳うだけに、物理法則は全て地球リアルと全く同じ! だが、逆に言えば、一緒なのは。プレイヤーは、アルター・テラ内に隠されている五百体以上のファンタズマの中から一つだけ選んで、武装とは別に装備できる! そしてリアルにはねえその力を使って、反則上等なんでもありなガチンコファイトするって寸法だ!! さあ見せてくれよ、VR空間ならではの異次元バトル! 火蓋をブチ切り落とす準備はREADY!?」


 ワイズマンの解説が終わると共に、俺は嘲笑うような表情を浮かべ、チャンピオンを挑発する。


「よお、変態。いい加減始めようぜ? こんなクソみたいな大会にお行儀の良いゴングなんて鳴らな――っ!!」


 言葉の途中で、巨大な吸盤のついた触手――いや形状からして触腕か――が雷撃の如く俺に襲いかかる。まるで丸太のような太さのソレが俺の身体を薙ぎ払い、あっけなく闘技場の周囲に張られている不可視の壁へと吹っ飛ばす。


 会場に衝撃音が響き渡り、歓声が上がる。


――挑戦者君」


 遠くで、チャンピオンの声が響く。


「で、出たああああ!! ファンタズマをその身に宿す【ファンタズマ・トリガー】の最速起動! かーらーのー薙ぎ払いだああああああ! これで幾人ものプレイヤーを瞬殺してきたぞおお!! 見た目はキモいが強いぞショクシュスキー! 見た目はキモいが!」


 実況の通り、チャンピオンの両腕はイカのような巨大な触腕になっており、足だった部分からは四本ずつ――計八本の腕が生えて、地面をのたうちまわっている。


 あれこそが、このアルター・テラにおける戦闘行為をリアル以上のエンターテイメントにせしめている要因――ファンタズマ・トリガー、通称P・Tだ。装備しているファンタズマをその身に宿すことで、リアルでは有り得ない身体能力やスキル、そして姿を得られるのだ。


 赤く染まる視界と土煙の奥にいるその化け物を見て、俺は口内の血反吐を吐いた。VR空間であるおかげで痛みはほぼないが、こういうところのダメージは細かく設定されているのが、鬱陶しい。


『ひゅー、やっこさん速いな』

「それに、めちゃくちゃ重い。さすがはチャンピオンと言ったところか。ま、


 現実では存在しないはずの、自身から生える触腕を、ああも簡単に操れる時点でチャンピオンはかなりのだ。


 俺は土煙の中、地面を蹴って加速。


「おっとおおおおお!? 挑戦者、生きてるぞおお!? タフネスに相当自信ありか!? 予選の戦いを見ている限り、武装はおろかP・Tファンタズマ・トリガーすら使えていないぜ!? まぐれで決勝戦勝てるほどアンダーグラウンドは甘くないぜ子犬パピー!」


 ワイズマンの実況と共に俺はチャンピオンに接近。


P・Tファンタズマ・トリガーも使わずに来るとは良い度胸だ」


 チャンピオンの余裕ぶった声と共に、脚部から生えた八本の腕で挟み込むように俺を迎撃。


「ショクシュスキーに接近戦なんて自殺行為だ挑戦者!! 十本の地獄から逃れられる奴はいねえ!」


 左右から来る腕を飛んで躱したところに、触腕が頭上から襲いかかる。なるほど、これは確かに厄介だ。


 空中にいた俺は、それこそバスケのダンクシュートの如く地面へと叩き落とされた。轟音と共に再び土煙が上がる。


「今のは痛い!! まるで小バエの如く、叩き潰された挑戦者の明日はどっちだ!?」


 地面に倒れた俺の身体に、奴の腕が絡みついてくる。うげ、気持ち悪っ。


「き、来たアアアアアア!! ショクシュスキーのショクシュ・プレイ!! これにやられた女子プレイヤーは皆アカウントを作り直したほどの羞恥プレイが始まるぜええええ!!」


 チャンピオンの腕によって俺の身体は持ち上げられ、まるではりつけにされた聖人の如きポーズを無理矢理させられしまう。


 うわー、気持ち悪いし、恥ずかしいねこれ。何よりウザいのが、恍惚の笑みでこっちを見つめてくるチャンピオンの顔だ。アイツ、男もいけるクチか。


「せめて、慈悲ある死を――」


 キモい声でそんな事言いながら、チャンピオンは自由になっている二本の触腕を捻るように合わせ、螺旋状のまるで砲身のような形に変形させていく。


「ア、アドミラアアアアアル!! あ、あれはまさか!? 出るかショクシュスキーの伝家の宝刀ならぬ、伝家の砲塔!!」

「――――〝OCTオクト―パスカル圧縮砲〟」


 捻れ、砲身となった触腕から、雷轟の如き爆音と共に砲弾状に圧縮された風のような何かが発射される。


『おー、すげえなあれ。全然イカ関係ねえじゃん』


 ニルの楽しそうな声に俺はため息をついた。


「せめてタコであればまだしも。さて、BETも締め切られたし――やりますか」


 見れば俺のオッズは天高く跳ね上がっている。この状況、誰が見たってチャンピオンの勝ちは揺るぎない――そう思い込んでいるだろうね。


『やっとかよ。全く、そもそもP・Tファンタズマ・トリガーも使わずによく決勝戦ここまで来れたもんだ」

「だからこそ、賭けが成立する……だろ?」


 目の前に迫るその圧縮された風弾は、直撃したらいくら俺でも一発で死亡ゲームオーバーだろう。


「行くかニル。P・Tファンタズマ・トリガー起動――〝竜接領域ドラゴン・インタフェース〟展開」

『了解っと』


 ニルが俺の中へと取り込まれていく。身体の中から力が湧き上がる感覚。光が、音が、いや、世界が――


 俺の頭部に、光で出来た竜の角が左右それぞれにニ本ずつ現れた。


「はは、くっそ遅えな」


 迫る風弾があまりに鈍い。ニルを俺の両手に集中させ、それぞれの手に赤色のビームブレード状の爪を纏い、絡みつくチャンピオンの腕を斬り落としていく。


「アグレッシィイイイイイブっ!? ここでP・Tファンタズマ・トリガー発動だと!? あの血みてえに紅い光爪にチビドラゴン……おいおいおいおい! まさかあれは!!」


 実況があっけに取られている間に俺は身体を捻って回転しながら、身体や足に絡みつく残りの腕を切断し、着地。頭上を風弾を通り過ぎていき、不可視の壁にぶつかり、圧縮されていた風が解放――轟音を上げる。


「うがああああああ!!」


 チャンピオンが斬られた腕を即座に再生させながら、俺を再び絡め取ろうと操るが――無駄だ。


「茶番は終わりだよ、変態野郎」

「馬鹿な……なんだそのファンタズマは……!」


 迫る腕を全て躱しきり、追い打ちの触腕を光爪で斬り払い、チャンピオンの懐へと飛び込んだ。


「あれはあああああ!!――【DR-000】」


 実況の言葉を聞いて、チャンピオンが目を見開いた。


「000……ファーヴ……ニル……だと!?」


 信じられないとばかりの表情と声のチャンピオンを見て、俺は顔を歪めた。勝ちを確信していたやつほど、それが崩された時の絶望は深い。


「アンビリイイイイイイバボオオオオオオオオ!! アルター・テラ内に、十体しか存在しない〝零番台〟のファンタズマ、【ファーヴニル】の登場だあああああああ!! その存在自体は示唆されていたものの、俺ですら見るのは初めてだぞ!?」


 ワイズマンの絶叫と共に会場が熱狂の渦に包まれる。いいね、こうでなくちゃ!


 ファーヴニル。

 それは北欧神話に出てくる竜であり、その名に込められし意味は――〝抱擁する者〟

 それは、装備者が受けた〝全てのダメージ、衝撃〟を抱き抱え、そして自身の力へと変えるという、唯一無二の特性を持つ。もちろん、ダメージや衝撃自体が消えるわけではないのでその分それを耐える体力や頑強さは必要かつ、一定量以上、それらを溜めないとP・Tファンタズマ・トリガーすらも起動できないというデメリットもある。


 だからこそ――ここまで、俺が無駄に攻撃を喰らっていたのは


 そしてダメージや衝撃の蓄積量は頭上の角の数で大体分かる。


 四本なら――充分だ。


 俺はニルの力を全て右腕に集中させ、同化させていく。手の平の部分が竜の顎、指がその牙となり、手の甲の左右からは赤い光翼が後ろ向きに生えた。

 

 俺の右腕は、竜を模したボウガンと一体化した手甲を、装備しているかのような見た目になっている。


 それを――ゆっくりとチャンピオンへと向けた。


「今度こそ、じゃあな変態野郎。お前がくれやがったダメージ、百倍にして返してやる」

「ま、待っ――」


 チャンピオンの声と共に、俺の頭上の角が全て消える。


 ここまでに溜めた力を全て右手へと集約し――赤い光の奔流として放つ。


 竜を屠りし聖剣より取ったその名は――


「――〝竜却砲グラム〟」


 放たれた衝撃を具現化するかのようにいくつもの光の輪が俺の手から広がっていく。赤い、まるで熱閃のような光はチャンピオンを穿ち、そしてあっけなく消し飛ばした。


 そのあまりの熱量を排出しきれず、俺の右腕から蒸気と陽炎が立ち昇る。


「なななななななんとおおおおおおおお!! 勝ったのは挑戦者シグル!! 憐れショクシュスキーは焼きイカどころ消し炭になったぜえええええ!! こんな大番狂わせが未だかつてあっただろうか!? いやない!! こいつはぁ! まさに!! ミラクォオオオオ!!」


 会場のボルテージが最高潮になる中、俺は視界の隅でメールが二件届いたことを確認した。


 一通は、俺の後輩からだ。


『流石だね先輩。おかげでぶっ込んだ研究費が馬鹿みたいな金額になって返ってきたよ。予定通り、半々といこうか』


 そしてもう一通は――このアルター・テラの運営からだった。


『プレイヤー名:〝シグル〟様。突然のメール、失礼いたします。こたびは、貴殿をアルター・テラ内の最優秀プレイヤーの一人と判断し、次期アップデートの目玉となる、にお誘いしたくこのようにメールを差し上げました。参加していただけましたら、ささやかながら、謝礼もご用意しております。詳細については添付ファイルを御確認ください。なおこの件はくれぐれも内密にお願いいたします。意図的な情報漏洩を確認できた場合はしかるべき措置を行いますのでご注意ください――アルター・テラ運営本部』


 俺はその謎のメールに首を捻らざるを得なかった。まるで図ったかのよう、このタイミング。

 それは、お前のことを見ているぞ、と言わんばかりだ。


 そして、俺はまだこの時点では気付いていなかった――このメールによって俺と後輩、そしてニルが――とんでもない事に巻き込まれる事になることを。

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