三題噺

野端紙折

歯磨き粉 花 本棚

 吉田はいつも使っている歯磨き粉が無くなっていることに気づいた。昨晩磨いたときは確かにここに置いたのに。酔って別の場所に置いてしまったのかもしれないと冷蔵庫も本棚も探した。見つからない。このまま探し続けるくらいならもう新しいのを買ってしまおう。どうせもともと安いものだったし、買ってから見つかっても消耗品だ。

 吉田は部屋を出た。

 家賃4万のアパートは大通りに面した路地にある。少し真っ直ぐ歩くと覇気のないコンビニがある。

 っしゃいっせ〜、と語頭も語尾もない言葉が聞こえる。っした〜、とまた聞こえて吉田は店を出た。何だか3円も取られたビニール袋と不釣り合いな歯磨き粉をぐるぐると回して、来た道をもどる。

 路地への曲がり角には桃色の花が咲く。細長い茎に不釣り合いな大きな薄い花びら。

 眺めていたら昨晩のことを少し思い出した。歯磨きをしながら散歩をしたのだった。ここで花を見てそのあとどこへ行ったのだろう。もう一度酒を飲んで、もう一度、こんどは今買ったばかりの歯磨き粉で歯を磨こう。

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