カラメル

@danaomen

原材料名が分からないのだけど存在するもの

 親には、画像を修正する仕事をしている、とだけ言っている。

 具体的に何の、と聞かれたら、まあホームページにあるような画像を作ったり、人間の肌を綺麗にしたり、体を痩せて見えるようにしたり、写真の色味を調整したり、と適当にそれらしく表現している。

 確実に言えるのは、私は仕事をしていて、一定の給料を貰っているからあんまり心配しないでほしい、ということだった。

 あんまり心配しないで、というよりかは、お金がないから貸してなどという相談はしないのでよろしく、という意味合いで、私は仕事をしていると言った。

 

 仕事に休みはほとんどなかったが、私は別に構わなかった。

 休みがあれば、出かけたり外食をしてしまったりするだろうと思っていた。遠出すれば、交通費も飛んでいってしまう。

 おそらく出費に使ってしまうであろう休日を働く日にしてしまえば、浪費はしないで済むし、働く日は食事以外のお金は使われず、財布が守られる。

 働く日が多いことをプラスだと考えていた私は、1日8時間でも10時間でも、働いた。働いた拘束時間に対して給料が支払われるのが約束されているのであれば、それをブラックだとは思わなかった。

 まず、好きなパソコンでの作業が仕事になり、生活の中心になるのだから、嫌な気持ちはなかった。


 人間の肌を綺麗に、というのは当たり前で、世の中に出ている人間の写真やポスターで、肌補正をしていないものなんかあるわけない、というのが正しい。

 昔は画像を加工するためのパソコンソフトやアプリケーションが十万円も二十万円もしたが、今はスマートフォンの無料アプリでできる。動画投稿でさえ、目を大きく修正したり、輪郭を削ったりすることができる。カメラが人間の顔や輪郭を認識して、顎を整えたり目だけを捉えて大きくしてくれる仕組みであるが、オートマチックに何でも修正してくれるなんて、数年前では考えられなかった。

 

 私のスキルである写真の修正も、すべてAIに持っていかれてしまうのだろうか。もうレジ業務専任のバイトは要らない、というように。

 街中の広告において、「この写真は修正されています」「この写真はイメージです」という注意書きは存在しない。肌の修正や目の大きさの修正は、これを自然に行う。アプリのような仰々しい修正はしない。プロがやるのかアプリがやるのかの明確な線引きは、今のところ「どれだけナチュラルに修正をしているか」である。


 私が1人の人間の顔を修正するのに30分かかるのであれば、彼女はそれを10分か15分でやってしまう人だった。

 私みたいに、写真の修正を仕事とする人をレタッチャーと呼ぶのであるが、彼女はその歴が長かった。

 10分か15分で仕上げるレタッチは私より速く、おまけに私より上手で美しかった。


 とある手術の話だが、日本でやるかタイでやるか、の二択がある。

 日本でやるのであれば、日本人医師が執刀するから安心である。

 だが症例数が少ない。順番待ちがあり、割高である。

 一方タイではこの手術は日常茶飯事であるから、毎日この手術をしている。

 症例数が日本の桁違いであり、安全である。おまけに安い。ただ、異国の地で、タイ人医師に自分の体を預ける手術をするか?という不安が、日本での手術を選ぶ人の心理であった。

 手術に対する不安、の意味が理解できなかった当時の私は、自分だったらタイで痔手術を受けるだろうな、と思った。(それよりも安くできることに惹かれた。)

 

 この手術のエピソードが何で急に思い出されたかというと、まさに彼女のレタッチスピードとその品質が、おそらくタイで手術を選ぶ人の心理と重なったからだった。

 安い・美味い・早いの三拍子は牛丼屋でよくいうキャッチフレーズだが、それとまあ大体同じである。

 私のレタッチの速さと質は、一杯2000円くらいするのにあんまり美味しくない上に、提供時間もなぜかうんと遅い牛丼屋みたいなものだった。


 顔の修正といっても顔のシミやホクロを消すだけではなく、左右差のある顔を均一化させて整えたり、自然な大きさで目を大きくしてあげたり、そして可愛らしく仕上げてあげるのが、私の職場でのレタッチだった。

 街中にある芸能人のポスターに比べたら、オーバーレタッチな能力を求められた。

 可愛らしく仕上げる、というのが個人のセンスであって、非常に重要だった。

 悔しいなと思うはずだったが、後から入ってきたその彼女があまりにも上手で早かったので、私も潔く、レタッチャーと名乗るのをやめた。

 私が修正してもらう側の人間だったら、この早くてウマい彼女に調理されたいと願うだろう。私じゃなくて。


 私のスキルはAIじゃなく、同業種の人間によってバトンタッチされることになった。単純な努力値もあるだろうが、センスの有無によって私の仕事はなくなった。

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