Linkする思い出。約束のCard

二葉ベス

Linkする思い出。約束のCard

「あの……対戦お願いできますか?」


 驚いた。私以外にも女性のカードゲーマーがいたとは。

 訂正。このカードショップで見覚えがないカードゲーマーだったので驚いたと言った方がいいかもしれない。


 カードゲーム。この男性人口が非常に多い趣味の中で、私は赤い点として彼らの中に混じってゲームをしていた。

 これでもカードショップの大会では上位の成績を残しているくらいには強いと自負している。だから店内で私のことを知っている人間は、対等なカードゲーマーとして話しかけてくる。決して女だからとバカにすることはない。


 まぁ、それはいいんだ。今は重要なことじゃない。

 目の前にいるこの子は、普段お店では見たことがない女の子だった。

 オタク受けしそうなちんちくりんさ。オタク受けしそうな明るい栗色をしたふわっとした髪の毛。そしてオタク受けしそうな愛らしさが残るまるっこい童顔。

 どれも私にはないものだし、ハッキリ言って可愛いなとは思う。


 それに、どこかで見た覚えがある気がする。どこであったか。街頭かはたまた街角か。いいや該当なし。私は自慢じゃないが人の顔を覚えられない方だ。

 見たことがある。いや、面影めいたものを感じる彼女を私はしばらく見つめていた。


 でも何故私に? 他にも……。いや、女性のお客さん私だけだっけ。じゃあ私に声をかけるのは普通か。

 断る理由もないので、その返答に「はい」と選択することにした。


「いいよ。ほら座って」

「ありがとうございます」


 私の対面に座るように諭す。スカートのシワを気にするみたいに、椅子とお尻の間に右手を滑り込ませてから座る。

 いちいち女性らしいっていうか、いつしかスカートではなくズボンを履くようになった私にはないものだ。誇っていいと思うよ。


「あ。由愛子です」

「……へ?」

「由愛子、です…………」

「あ、名前ね。これはご丁寧にどうも」


 これは、私も名前を言った方がいいかな。

 そもそもフリー対戦――店内の人に声をかけて対戦、で自分の名前を言うなんてことするかな。

 基本的にカードゲームオタクは変な人が多い。中二病を成人しても発症している人が大声で叫びながらカードをプレイしたり、明らかに異臭を放つ人が平然と店内にいたり。

 私も例に漏れず、変だとは思う。その変というのは「どうして私はカードゲームをやっているか」って意味である。

 詳細は忘れちゃったけど、誰かと約束した気がするから、だったっけな。


 って、私の話はいいんだった。

 由愛子は普通の人のように見える。こうやって自分の名前を言ったり、カードのシャッフルがぎこちなかったり。まるで初心者のようだ。初々しくて可愛いな。

 その初心者が私とやろうって言うんだから、ある程度手を抜いた方がいいかな。

 あ、でもいつものデッキでシャッフルしちゃった。大会用の強いデッキでも、大丈夫かな。なるべく耐えてね、由愛子。


 ◇


 結果から言おう。由愛子の惨敗だった。

 私の見立て通り、彼女は初心者だった。それはいい。今まで対戦する機会がなかった、というだけでは罪ではない。むしろ非があるとすれば私にあるのだ。

 モンスターを召喚。攻撃。だけして、ワイワイガヤガヤすればいればいいものを、何をトチ狂ったのか、最高の手札で最高の動き方をして、最低のワンターンキルをしてしまったのだ。

 由愛子は何も出来ず、私に蹂躙されて死んだのだ。


「あ……ごめん」


 昔から熱くなると、周りのことが見えなくなる体質ではあった。大会の時はちゃんと相手のことを見えていたはずなんだけどな。

 やっぱ手札が良すぎたのがいけない。がん回ししすぎて脳汁の分泌がすごかった。


「いえ。その、楽しかったです……」


 初心者に気を使われてしまった。こういうのは上級者である私がすべき事なのに。

 少し落ちこんでいるところに、彼女はそれから、と言葉を繋げる。


「……えっと。デッキのアドバイス、ってできますか?」

「あー、うん。一応」


 これは名誉挽回の機会なんじゃないだろうか。

 ここで身になるアドバイスをして上級者としての面目を保ちつつ、彼女に楽しいカードゲームをプレゼンすることが今の私にできる最大限の先輩らしいことではないだろうか。

 取り出してくれたデッキはカードを保護するためのスリーブにも入ってない抜身の状態ではあったものの、初心者にいきなりスリーブを買えと言っても、戸惑うだけだろうから口を結んだ。

 そのデッキの中身を見るまでは。


「なぁにこれぇ」


 とあるアニメの主人公が友達のデッキを見た時の反応と同じことを言っていた。

 正当化するわけではないけど、このデッキは、その。素直に酷い。

 とりあえず強そうで固められたカード群は、出すことすら叶わなさそうなくらいゴチャッと散らばっていて、何をしたいのかわからない。

 小学生が組んだ方がまだ戦えるようなデッキを組めるんじゃないか、って思ってしまうレベルだ。

 それにこのカードだけやたらボロくなっているみたいで、端の方が欠けている。それだけ昔から持っていたということに他ならないけれど、他と比べて明らかに相性が悪すぎる。

 よく初心者相手にデッキ診断して「このカードは要らない」とピンハネするという話を聞くが、その気持ちになってしまうのはちょっと分かってしまう。

 あれは言葉が足りなさすぎるか、その本人がちょっと抜けててコミュ障というのに他ならないだろう。

 こういう「明らかに相性の悪いカード」に対する適切な意味はこうだ。


「もっとどのカードを軸にするか決めた方がいい」


 どんなカードにも意味がある、なんて言葉をアニメで聞いたことがある。

 仮にそうであるなら、軸とするカードを決めて、いかにそのカードで戦うかを決めなければ、デッキは迷走して目の前のこれみたいになる。

 だったら、とありとあらゆる可能性を捲し立てるように口にして、後悔した。


 ハッと気付いて、目の前の由愛子を見る。彼女は頬から一筋の涙を流していた。

 彼女は初心者だ。自分を否定しているようなことを捲し立てられて平気でいる人間はいない。

 ましてや最初の言葉は「なぁにこれぇ」。その後に続くアドバイスという名の罵倒の数々は、彼女を泣かすには十分なほどの刃だった。


「……すみませんっ!」


 その言葉を最後に、走って店外へと姿を消していった。

 追いかけることもできず、ただ呆然とその後ろ姿を見るだけ。

 

 や、やってしまった。名誉挽回どころか、汚名挽回もいいところ。私の手に握られた、彼女のデッキはどうしたらいいか。

 捨てるなんてありえないし、また彼女に会えたら返すぐらいだろうか。

 でも、もしかしたらあのままカードゲームをやめてしまうかもしれない。

 そのくらい希薄で、雪みたいにすぐ溶けてしまう関係性で、私には悪かった、ごめんなさい。という機会すら与えてくれないだろう。


 ◇


 それから少しだけ。多分3日ぐらいの日が経った。

 あれ以来彼女のデッキを持って、いつものようにカードショップに行き、1人でデッキをいじっている。

 前はそこに目的なんてものはなく、ただ暇だからっていう理由と、誰かが声をかけてカードゲームしてくれることを待っているだけだった。

 今は違う。勝手ながら自分の家にあるカードを加えて改良したデッキを手に、いつ来るかも、もう来ないかもしれない相手を待つ。

 期待混じりの不安。いいや、不安9割、期待1割。不安しかないわけではない。もしかしたら。このオンボロで傾ければ傷とホイルの輝きが目立つカードを取り返しにやってくるんじゃないか。出会って1時間も経っていない少女に、私は希望を抱いている。


 それにこのカード、どこかで見たことがある気がする。でもだだっ広い砂漠の中でダイヤを見つけるみたいに見当がつかない。

 知識としてこのカードを使ったデッキをいくらでも見たことがある。でもその記録だけじゃなくて、縁のような、古傷のような、そんな何かをこのカードに感じているのだ。

 何故か。それが分かれば苦労はしない。きっかけがあれば、砂漠の中からダイヤを拾い上げられるかもしれない。ダウジングマシーンがあれば。そんなのはないと鼻で笑う。

 せめてあの子が教えてくれれば、話は変わるんだけどな。

 でもあんなに人のデッキをボロクソに言った相手。来るわけがない、か。

 どこかで見覚えのあるあの姿をまぶたの裏に宿しながら、私は夢想に浸る。


 もし。もしも彼女に会えたら……。十分の一。万が一。億の一。そんな細くて、今にも切れそうな糸を手繰り寄せ、彼女の気まぐれでこのカードショップに足を運ぶことがあれば……。


「……すみません。そのデッキ」

「あ……」


 聞き覚えのある声。少し舌っ足らずに、愛らしくオタクが好きそうな少し幼さを感じる声は紛れもなく、由愛子だった。


「預けたままで、本当にすみません」

「……よかった」


 第一声が、まるで生き別れた妹に数十年ぶりに出会って、安否を確認して安心したような。他人同士の私たちがこうやって出会うことなんてないと思ってから、彼女の気まぐれに感謝だ。


「……あの」

「あ、あーごめん! デッキね。はいこれ」


 両手で受け取ったデッキを胸の付け根まで持ってきて、大事そうにギュッと握る。

 先ほど感じた「彼女の気まぐれ」というのは訂正しよう。気まぐれがこんなに大事そうにはしない。

 これはまさしく愛だ。私がかつて置いてきた、デッキへの。カード1枚1枚を大切に思った愛。

 なんか、昔の自分を見ているみたいで少し気恥ずかしく思ってしまう。

 でもその愛は持っていて損はないものだ。それこそが人を強くする。と思う。私は置いてきちゃったけど。


「座ってもいいですか?」

「いいよ。言いたいこともあったし」


 この前と同じように自分のスカートを気にしながら座る彼女はやっぱり女性らしい。私も……。いやいや。私は似合わないか。


「早速だけど。この前は、ごめん。言い過ぎたなって思って」

「…………いえ。気にしてません。泣いちゃったのは、癖みたいなものなので」

「癖?」

「昔から弱虫なんです。いじめられてて」


 まぁ、同性からは嫌われそうな見た目していると言うか、怯えた表情なんかは少しいじめたくなる顔をしている。

 根っからの被虐体質。というべきだろうか。


 じゃあ、何故あの時泣かしてしまった私の前に、再び立ってくれたんだろう。


「あ。ごめんなさい、こんな話されても嫌ですよね」

「まぁ、いいんじゃない。私は気にしてないよ」

「……ありがとう、ございます」


 建前上、少しだけ嘘をついた。本当は気になっている。

 尋常ならざる勇気と、揺るがない決意がなければ、散々言ってしまった私ともう一度会おう、だなんて思わないだろうに。

 どれだけこのカードが好きだったのだろうか。角が傷ついて白く丸まっていたとしても。表面が傷ついて、売りに出そうものなら、店員に絶対ピンハネされてしまうような、傷ありの「好き」を。彼女は大事そうに握る。

 本当に、いい子だ。カードゲーマーにしておくのがもったいないくらいの純粋な子。


「そういえばさ。そのデッキ、私なりに改造してみたんだ」

「え……?」

「せめてものお詫びってことで、いい?」

「……っ! はい!」


 それはそれは元気なお返事で。オタクどもがこういう可愛らしい子相手にデレデレしてしまう気持ちが分かってしまう。

 それから、私はデッキのパーツの説明と回し方を教えてみた。由愛子は乾いたスポンジが水を吸うみたいに覚えていった。流石、初心者だから吸収も早いのかもしれない。


「えへへ……」

「何かおかしい?」

「あ、なんでもないです」


 その割にはとても嬉しそうに頬と唇をだらしなく歪ませているんだけど。

 まぁ、嬉しそうだからいいか。

 試しにお互いにデッキを出して戦ってみたり、それで問題点を並べて、どのカードを抜くか。どんなカードを足したいか。

 真面目に考察してるはずなのに、彼女はずっとニコニコ笑っていた。怖くはないし、なんだったら可愛いんだけど、それはそれとして不気味ではあるのでできればマスクで口元を隠してほしい。まぁ、可愛いから隠さなくてもいいが。


 そして話していると気付いたことがある。何故だか彼女に対して妙な既視感を感じるのだ。まるで昔なじみと話しているような、1度あったことのあるような人と、再会しているような同窓会の気分。

 多分どこか出会ったんだと思う。だけど思いつかないし、変に聞こうとしたら「え、覚えてないんですか?!」とまた泣かれてしまうかもしれない。

 また目の前の子を涙で濡らすようなことを私は望まないし、そうしてはいけないような使命感を感じる。

 むしろ、泣いている彼女をそっと抱き寄せて、泣き止むまでふわっとしたその髪の毛を堪能したいとまで感じている。


 心のどこかで。記憶の片隅で、私は彼女を知っている。でも誰か分からない。

 もどかしくて、出てこなくて、苦しくて。喉に小骨が刺さったような違和感とチクリと刺す痛みが、私の胸で蠢いている。


 話していれば、いずれ分かるかもしれない。

 私はその問題を棚上げして、彼女との、由愛子との交流を楽しんだ。


 時間はだいたい20時ぐらいだろうか。ふとスマホの時間を見たら、だいたい2時間ぐらい経過してて少しびっくりした。そんなに楽しかったんだ、私。


「どうする? 私、流石にそろそろ帰ろうかなって思ってるんだけど」

「あ。えっと、その……」


 彼女は何か言いたいことがあるようで、モゴモゴと、口の中で言葉を噛み砕き、意を決して私へ伝える。


「連絡先、教えてほしいと……思って…………」

「え?」

「ごめんなさい! 嫌なら嫌で」

「大丈夫だよ。ここまで仲良くなったんだし」

「は、はい!」


 一度沈んだ彼女の顔は、私の返事を聞くなりパーッと明るくなり、私を照らしてくれる。今までちゃんと見たことはなかったけど、由愛子の笑顔、なんだかいいな。

 だから普段なら交換しない連絡先を渡したのは、ある意味当たり前だったのかもしれない。


「杏華、さん」

「うん、杏華」

「杏華さん。杏華、さん。きょうかさん……ふふ」


 半ば狂気めいて繰り返される私の名前が少し怖い。

 できれば知っている人であってほしい。でないとストーカーとか言われた際には、この笑顔のまま警察に通報せざるを得ないから。

 でも、その笑顔、その仕草。その表情。どこかで何かが引っかかる。

 家に帰ったら卒業アルバムを見返してみよう。何か分かるかもしれないし。

 こうして私たちは、連絡先を交換して、それぞれの帰路に戻った。


 ◇


 あの日以来、私たちは幾度となくカードショップへと通い、買い物したり、一緒にゲームをしたり遊んだ。

 それとなく周りのオタクたちに話題にされているらしいけれど、私はそんな事気にしないし、由愛子の方も私しか眼中にないらしく、語る目線はいつも私だけだ。

 ちょっとした優越感と、こんなんで由愛子に彼氏ができるとは思えない。なんて考えたり。

 実際にそのことを切り出してみても「わたしは別に。杏華さんさえいてくれればいいので」の一点張りなので、少し不安に思ってしまうところ。


 そして既視感のような引っかかりは、依然として変わらなかった。

 卒業アルバムを見ても、私の引きつった笑顔の写真が載っているだけで、由愛子の情報は何ひとつ載っていなかった。

 使えないアルバムめ。と切り捨てたはいいものの、これからどうやって調べよう。と考えて数週間だ。

 喉に刺さった小魚の骨は刺さりっぱなしで、もどかしさとイライラが募っていく。

 小骨を取る方法は知っている。だけど今度は由愛子のご機嫌が右肩下がりになってしまわないか不安だった。

 絶対あのボロボロのホイルカードが関係している。カードを見た時の既視感が強かったのはそれだ。思い出す鍵は、多分これにあるのに……。


「どうか、しましたか?」

「……あ。そっか、私のターンだっけ」

「珍しいですね、ゲーム中に杏華さんがボーッとしてるなんて」

「そう、かな。あはは。ちょっと気になることがあっただけ」


 由愛子にすがるような真似をしてもダメだ。これは私が思い出さなければいけないこと。由愛子の手だけは、借りたくない。

 だけど、それに相反して、彼女は察する。


「思い出せないんですよね?」

「っ……。な、なんのこと?」


 誤魔化そうとしても無駄だ。そう言っている真剣で、真っ直ぐで、疑いようのない視線だった。

 もう数週間も由愛子の顔を見ているんだ。それぐらいのことは分かってしまう。

 逆に私のこともそれだけ見ていたら、私が何を思っているか、何を考えているかぐらい分かってしまうのかもしれない。

 だからもう、正直に全部吐き出すしかなかった。


「ごめん。既視感はあったけど、思い出せなくて」

「そっか。そうですよね、やっぱり」


 困り眉で強がりな笑顔をぎこちなく浮かべる。

 胸の奥がずきりと痛む感覚。どこかで見た景色のように見えるそれは、過去の思い出の中にあったような景色で……。


「少し、昔話をしましょうか」


 わざとらしく、こほんと喉を鳴らして、彼女は私に優しく触れるみたいに、思い出話をしてくれた。


 ◇


 それは子供の時。何年前だなんて無粋なことは言わせない。だけど、小さかった彼女は今と同じか、それ以上に泣き虫の弱虫だった。

 そんな彼女がいじめられるのは必然で。引っ越して間もない由愛子は男子からよくいじめられていたとのことだ。弱いから。いつも泣いているから。そんな相手を下に見た行為に通りすがりの少女は反旗を翻した。


『やめろー!』

『うわ、何だこの女! ぐわー!』


 喧嘩っ早い女の子は、弱い者いじめをしていた男子を片っ端からやっつけて、由愛子を助け出したのだ。

 ひくひく泣いていた彼女は、女の子に手を差し伸べられて一言。


『一緒に遊ぼう!』


 なんてありきたりで、単純な女の子であっただろうか。でも由愛子にとってそれは光で、太陽で、花が咲いたようなやんちゃな笑顔で。

 やがて笑顔は伝播していく。目元をゴシゴシ拭いて、真っ赤なまぶたを笑われると、また泣いて。慌てながらも、ごめんと謝ったり。

 その女の子は忙しない。なんで助けたはずの女の子をまた泣かしているんだから。

 だけど慌ただしくも、慰めようとしている姿に、由愛子は心打たれた。この子なら。この子ならきっと友達になってくれるかもって。


『えっと。そうだこれ!』

『え?』

『カード! あげる!』


 彼女の小さな手のひらに握られたのは長方形の紙切れだった。それが由愛子が持っていたホイルカード。今はボロボロになってしまっていて、傷だらけだけど、すごく優しい気持ちから授かった、大切なカード。


『友達の証! 遊ぼ!』

『……っ! うん!』


 その日、嬉しくて遊びすぎて、親に怒られたなんて言ってた。どんだけ遊んだんだか。呆れながらも私も昔のことを思い出していた。

 そういえば似たような出来事があった。見知らぬ女の子を助けて、そして……。


 そうだ、約束したんだ。指切りげんまんして、また会ったらカードゲームしようって。

 翌日その公園に行っても、その次の日も、さらにその先も。

 いつしかどうせ行ってもいないと思って、記憶の片隅に追いやっていたんだ。約束と由愛子って存在を。

 パズルのピースが狂いなくカチリとハマったような、知恵の輪を知恵を絞って解いた時の達成感のような。喉の小骨が取れてスッキリしたような。

 既視感が、ちゃんとした記憶として復活したのを実感していた。


「由愛子……?」

「思い出しましたか?」

「あの時の……」

「あの後すぐ引っ越しちゃって。でも無理を言って戻ってきたんです。約束を守りたくて」


 そんな。だってたった1日2日しか遊んでない仲だよ? 友達の証、なんて言ったカードを大切にとっておいて、私と遊ぶためにはるばる戻ってきて……。

 そんなの。そんなの、嬉しいに決まってる。私が忘れてしまったのが申し訳なくて。罪悪感と歓喜が心の中でぐるぐるかき混ざって。それでも嬉しいって感情に染まっていく。

 どうしよう。どうしようどうしよう。いやいや、彼女の前だからもうちょっと冷静にならなきゃ。でも嬉しい。私のために来てくれたって、戻ってきてくれたんだから。


「だから、勇気を出してみたんです。杏華さんならきっと、大丈夫って」

「由愛子……。ごめん、覚えてなくて。でも、嬉しい」

「わたしもです。胸がドキドキして、収まりません」


 花が咲いた。笑顔の花が。嬉しさと胸の高鳴りが外に溢れ出さないように必死に堪えたような。でも溢れ出す思いは止まらない笑顔が。

 私も少しだけ心臓の心拍数が上がっている気がする。

 ドクン。ドクン。ペースが早くて、止まる気配を感じなくて。

 これは恋ではない。それは分かってる。だけど、運命はこんなところで収束するだなんて思わなかった。だからこれは不意打ちだ。致命傷のような一撃を受けたからには、私だって感じざるを得ない。これがカードで結ばれた縁と約束なんだって。


 ◇


「スマホ、何見てるんですか?」

「ゲームのサイト」


 眺めていたのはデッキレシピがまとめられているゲームのサイトだった。

 今までは大会レシピしか見てこなかった私だけども、最近は少し趣向を変えて、ファンデッキと呼ばれる大会用のデッキから一線引いたようなデッキを探していた。

 興味があった、と言えば嘘になる。動画だって大会のまとめ動画や動き方の考察ばかり見ていて、こういった一線退いたようなデッキを見る機会はなかなかなかった。

 だけど、見れば見るほど、私はこのカードゲームというものの遊び方の一端しか見ていなかったんだと再確認させられる。


 大会に出るだけが、勝つだけがカードゲームではない。

 本来コミュニケーションツール、アナログゲームとして販売されたのがカードゲームだ。ならば他の遊び方だってある。極端な例を言ってしまえばカードを眺めるだけでもいいし、コレクションするだけでもいい。それがゲームというもの。

 遊ぶならガチデッキ――大会用のデッキ、ではなくとも、相手に合わせたパワーのデッキであれば、プレイングの差はどうであれ楽しく遊ぶことができる。


 私が何故そんなことを始めたのかと言えば、単に由愛子のためだ。

 由愛子はセンスはあるものの、やはりデッキ自体のパワーが何世代か遅れている。だから私が負けたことはほとんどないし、由愛子に勝利の味を食べさせたことはなかった。

 私だって手を抜きたくないし、対等な相手に手を抜かれたと思われれば、きっと由愛子は悲しむ。だからコミュニケーションツールとしてのカードゲームを楽しむために、こうしてファンデッキのレシピを探していたのだ。


「へー、このカードってこんな使い方あるんだ」

「どんな使い方ですか?」

「これ。これと、これを合わせてコンボさせるんだけど、書いてることものすごく強いんだ」

「わぁ、すごい。魔法みたいですね」


 椅子を突き合わせて、机を対面に2人でスマホを覗き込む。

 少し頭が近くて、あと少し近づいたら、額をくっつけかねないような距離に少しだけ心臓の動きが早まる。

 いや、私はそういうのじゃないと思うし。巷で言う同性愛者とかではない。

 前々から彼女はオタク受けしそうな見た目をしているとは言っていたが、私もそのオタクの1人だ。だから近づけばその可憐さと柔らかな香りが私の胸の鼓動を高まらせる。

 ドクン。ドクン。いやいや、そんなんじゃない。否定しても、意識してしまえば、ドキドキはどんどん速度を増していく。もっと冷静になろう。冷静に。冷静に……。


「そ、そういえばさ。いつも負けてばっかで、悔しくならないの?」

「……そういえば、そうでしたね」


 眉をハの字にして、にへらと笑ってみせる彼女は、紛れもなく可愛らしかった。

 でも疑問に集中するという形で、どうにか気を紛らわす。


「杏華さんが、いつも楽しそうにしてたからですよ」

「へ?」


 私の問いかけた疑問が牙となって襲いかかってきた。

 スマホを持っていない方の手が、パタリと机の上に落ちる。

 そ、そんなに楽しそうにしてた? それ以上に、欠点だと思ってたゲーム中の私のこと、褒めてくれたの?

 落ちた右手を拾い上げて、優しく、割れ物を扱いみたいに丁寧な由愛子の柔らかい手が指の隙間に滑り込んでくる。

 一本一本しっとりと、ゆっくりと溶け合うように指を絡めた私たちは、まるでひとつにでもなったような、心ごと融合してしまったように一緒に混ざっていく。


「好きですか?」

「な、何が?!」


 慌ててどもりながらも疑問を口にする。

 好き?! 好きって、由愛子のことが? そりゃ、その。出会って間もないし、思い出だってただ助けただけで、深い仲でもないと思うけど。でも馴れ初めっていうのは十分果たしてるし。その、友達から。いやいや、もう友達、だよね? でもこれじゃあ断っているみたいで嫌だし……。


「カードゲームです」

「あっ……。あぁー……、そういう」


 期待ハズレもいいところだった。

 私が勝手に期待して、勝手に裏切られているだけだった。恥ずかしい。

 でもその答えの用意はとっくの昔にできている。それこそ、カードゲームを始めた時から。


「まー、好きなんじゃないかな」

「顔、真っ赤です」


 素直じゃないって言いたいの?

 そりゃ、すぐに好きって言葉が出てきたけど、それを口にするのは話が別で。

 由愛子みたいに聞いてくる人なんてそうそういないから、ちょっと斜に構えた答え方になってしまったんです。私は悪くない。


「う、うるさい。今日は随分攻めてくるね」

「嬉しくて、つい」


 咲いた笑顔は伝播していく。

 昔は私から彼女へ。今は、由愛子から杏華へ。

 出会いは昔で、まだ私たちの人生の中では接点が少ないかもしれない。

 だけど、再会したのは今。過去から今につながるように、今から未来につなげればいい。これから仲良くなればいい。

 かつての友達と会えて、私も当時の楽しかった思い出がどんどん浮かび上がっていった。

 モンスターを出すことに至上の喜びを感じていたり、魔法や罠に一期一憂したり。

 そんな他愛なくて、素晴らしいゲームを、私は由愛子と楽しみたい。一緒に遊びたい。

 だから今日もカードショップへ足を運ぶ。あの子に、由愛子と遊ぶために。

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