現代悪魔の実験ノート2 怪奇検証
@vanlock
第1話 来客
ご近所の勧めで辿り着いた転職先は、悪魔を名乗る少女、
古来悪魔との契約が口約束で済んでいたらしい事を考慮すると、現代人間社会のプロトコルの煩雑なこと。ある程度の組織にお務めの皆さんは、もう少し総務に感謝した方が良さそうだ。
「おはようございまーす」
郊外マンションの1フロア、13階がまるごと研究所の施設だ。未だ勤続半月未満ではあるものの、諸事情から勤務経験が実質1年以上あるだけに、我ながら全く初々しさの無い挨拶を投げかけた。
なお、おはようなどと発したが、時刻は16時を回ったところだ。フレックスと言うのは名前だけ。実際のところは、夜風の夜型生活に合わせた勤務体系になっているだけである。
「はいはぁ~い。どなたですかぁ?」
表向きには生体認証ということになっているエントランスをくぐると、フロアの奥から明るく朗らかな声が帰って来る。が、しかし、こんなフワっとしたしゃべり方をする人物に心当たりが無い。
入る部屋を間違えたかもしれないと逡巡したが、当フロアの構成は特殊であり、降りるフロアも入る部屋も、間違えようは無い。
などと、戸惑っている間に声の主が応接室から顔を出した。制服姿の、やはり見覚えの無い高校生らしき女の子がこちらを確認し、軽く会釈する。
「あ、どうもこんにちわ~。おーい、ひななん、お客さんだよ~」
ひななん。
「そういえば、そろそろ時間でしたか。おはようございます、新橋さん。」
高く澄んだ声、それでいて落ち着き払った音色が奥の区画から響き、少女が姿を現す。こちらは聞き慣れた声の主、当研究所所長の・・・ひななん、である。
「親方!職場から女の子がっ。」
「誰が親方ですか。あと、研究所は自宅も兼ねていますから、普通にお友達が来ているだけです。大企業勤めの経験しか無い様であれれば仕方ないですが、まあなんというか、慣れて下さい。」
たしかに社会人経験は未熟ではあるものの、都内マンションのワンフロアがまるごと“自宅”と称する環境を、家族経営の企業と一緒にするのは間違いなく違うだろう。
「所長にも、普通に学生のお友達が居たんですね。」
「ハイ、そうです。普通の女子高生の友人ですよ。」
と、いうことは。この子は自称悪魔であるところの夜風とは違い、ごく普通の学生さんということだ。それにしても、どうにも違和感のあるやりとりになってしまった。これが思わぬ誤解を生んでしまったらしく、お客様からクレームを頂くことになる。
「ダメですよお兄さん、新橋さん?でしたっけ。確かにひな・・・さかさんは、ちっちゃくて可愛いですけど、ちゃんと私と同じ学年で中学出ているんですよ。見た目でからかったりするのは良くないです。」
どうやら、高校生と同年代には見えない、ということを不自然に揶揄したと受け取られてしまったらしい。実際にはそういった意図は無いので、むしろこの子の方が夜風に失礼な物言いをしている形になってしまっているのだが、どうしたものか。
「ひななんで良いですよ、こみちゃん。あと、新橋さんはこう見えて配慮ができる人なので、先ほどのやりとりはそういう意味ではないのですよ。まあ、私としてはその様に扱われても気にはしませんけどね、ちっちゃくても可愛いなので。」
「おー、さすがひななん。可愛いよ格好いいよー。」
こう見えて、というのがどう見えているか気になる所だが、確認したところで何かしらのダメージを負うことしか想像出来ないのでやめておこう。
「プライベートということであれば、僕は少し外しましょうか?所長権限で許可頂けるのであれば、2,3時間ほど潰してきますよ。」
「わたしとしては、別に気には留めませんけれど。こみちゃんが相談があると言っていた件は、第三者の耳には入れたくない様なものでしょうか。」
さりげなく自由時間を獲得する算段だったのだが、その権限はお客様であるところのこみちゃん氏に委ねられた。実際のところ、僕の契約上は所内に居ても自由時間のようなものなのだが、お客様の前で、気ままな振る舞いというのも気まずいところがある。
「えっと、ひななんのこと、ちゃんと所長さんとして見てくれているんだよね。さっきのも私の誤解みたいだし、ちゃんと聞いてくれる人になら、大人の人にも聞いてもらった方が、いいのかも。なんて思うんだけど、新橋さんにもお話、聞いてもらってもいいのかな?」
「一応契約に無いお話なので、新橋さんが良ければですけれど。どうですか?」
などと確認を促されたが、これを断っていつも通りに過ごすのは、居心地が悪い。
「なにか困り事でしたか。もちろん、僕にもできることであれば協力しますよ。」
実際、深刻な様子では無いにしても、何があって夜風に話があるのかというのは、気になるところだ。どうやら人間の友人としての付き合いらしいが、中卒で研究所など預かっている時点で相当特殊な人物ではあるはずだ。そんな友人に、一体何を相談することがあるというのだろうか。
飲み物を準備していたらしい夜風を応接室に促し、変わりに人数分のコーヒーを淹れる。夜風お気に入りのバタークッキーを数枚添えて応接に合流すると、お客様は丁寧に立ち上がって挨拶をくださった。
「えと、改めまして、ひななんの中学の頃からの友達で、
「坂倉っていうと、もしかして。」
「ええ。先日お会いした坂倉のおばさまは、こみちゃんのお母様ですね。」
なるほど。それで坂倉さんのお母さんと、夜風が顔見知りだったということか。
「新橋 周一郎です。キミのお母さんにね、ここに就職するにあたってお世話になったんだよ。だからさっきのことも気にしなくていいし、もっと気楽に話してもらっていいよ。」
「そうそう。そんなに立派な人でもありませんから、畏まらなくてもいいですよ。」
「間違っちゃいないですけどね、改めて言うことですかそこ?」
などと文句は返したが、自分の部下なのだから、などと言わないあたりが夜風らしい。上下関係を持ち出さない辺り、夜風にとっては部下というより契約相手、という意識が強いのだろう。“2年前”の東京でもそんな素振りはあった。
「あはは、二人とも仲良いんだねー。あっ、もしかしてー?」
「違いますよ。ああ、新橋さんも気をつけて下さいね。こみちゃんは基本しっかりした子ですが、典型的な恋愛脳なので。」
なるほど、その点は僕の、おそらく夜風も苦手なタイプだ。
「えー、なんだか怪しいなぁ。まあ、今日の所は見逃してあげましょうっ。なんてね、新橋さんも、気を遣っていただいてありがとうございます。それじゃあ遠慮無く、気軽にお話させて頂きますね。」
言われてすぐに気軽になれる胆力も見事なものだが、それでも敬語のままというのは、たしかにしっかりしたお子さんなのだろう。性格は、なんとなく坂倉さん、お母さんに通じるものを感じてしまう。
「緊張はほぐれたようで何よりだよ。さて、何か相談事があるみたいだったけど、どんな話なのかな?」
自分で淹れたコーヒーに最初に口を付けつつ、小路ちゃんに話を促す。彼女の方も、やはりそれほど深刻な悩みという様子でもなく、顔色は変えずに話し始めた。
「相談というのはですね、実は私のことではなくて、友達の話なんです。あ、別に何かやましいことがあるから他人の話にしているとかでは無く、本当に友達の話ですよ?」
確かに疑われる様な語り口ではあるが、都度断りを入れながら話すつもりだろうか。この話、長くなりそうだと覚悟を決めた。
「
「今、ブログですか。最近の子にしては随分と珍しいですね。」
最近の子って。所長も今はその年代の子たちと同じ生活をしているはずですよね?実年齢バレることは無いでしょうけれど、違和感出ちゃいますよ気をつけないと。
「まあ所長、そこは置いときましょうよ。坂倉さん、おかしな返信っていうのは、具体的にはどんなものだったんですか?」
「はい、私はよく分からなかったんですけれど、紗菜ちゃんなのに紗菜ちゃんじゃなくて、怪奇現象なのに信じてもらえない、みたいな事を言ってました。」
まるで具体的ではない詳細情報が告げられた。こちらの覚悟とは裏腹に手短にはなったものの、これでは意味がない。
まず、一体何を相談しに来たのかを聞き出すところからが大変そうだ。
「それは確かに、間違いなく、何のことだかよく分からないですね。」
一方の夜風も、どうしようも無い状況であることを理解してもらう意図だろう、小路ちゃんから得られた情報から“よく分からない”という単語を強調する。
「あーん、ごめんねーーー。私パソコンとか詳しくなくてぇ。部活のみんなが紗菜ちゃんの話聞いてたときも実はさっぱりだったんだよ-。でも、ひななんなら難しそうな話もしてたから、何か分かるかもーって思ってー。」
ただ話が分からないというだけなので、そこまで謝る様なこともないのだが。しかし結局、この子は何を伝えたかったのだろうか。
「そうですね、こみちゃんは学校の成績は良いのですが、機械やロジカルな話などは苦手分野でしたね。」
諦めた様に思い出に浸る夜風に対し、なんとか打開策を画策する小路ちゃんから新たな提案があった。
「ねぇひななん、新橋さん。一緒に話を聞いてた子たちなら、ちゃんと説明出来ると思うんだ-。だから、高校の友達も来てもらって、もう一回説明してもいいかな?」
「仕方ないですね、こみちゃんのお友達ならば大丈夫でしょう。新橋さんもそれでいいですね?」
どうやら小休止、ということになりそうだ。だがここで、僕だけが、ある視線に気付く。
相談の追加要員が来ることに異論は無い。無いのだが、僕にはまだ、やるべきことがあった。
「構いませんよ。ちょうど僕も、少し時間をもらわなくちゃいけないタイミングだったみたいです。」
「おや?何かあったのですか?」
夜風は問いかけるが、この事実の責任の半分は、彼女にもある。
「出社直後のルーティンですよ、忘れていました。本当に済まない!ベターにご飯あげてきますッ!」
応接室の外側でじっと佇む、1匹の猫の姿をしたけもの。いつもなら僕が出勤する時刻にあわせてご飯にありついていたのだが、今日はお客さんが来ているのを察知したらしく大人しく待っていたのだ。
本当に、良く出来た先輩である。
ごめんなさい。
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