エンピリアン達の選択

1

 それからウエフジ研究所の地下二階で、エンピリアンの五人は大人しく閉じ込められていた。

 驚くべき事に、東京の結界が崩壊した翌々日、六人目のエンピリアン――死んだとばかり思っていたアキレウスも、ウエフジ研究所に運ばれて来た。

 どうやら国防党の息のかかった者から逃れるために、一条府道さんの指示で表向きは死んだ事にして、ずっと保護されていたみたいだ。

 アキレウスは他の五人のエンピリアンとの対面で、とても残念そうに言った。


「ありゃ、結局ダメだったか……。俺も天国に行ってみたかったけどなぁ」


 お気楽なアキレウスに、他のエンピリアン達は困った顔をする。


「なあ、天国ってどんな感じだったんだ?」


 それに応えたのはジョゼ・スガワラ。


「いいトコだったよ。オレにはふさわしくないぐらい」

「ん? 何だよ、皆してしんみりしちまって」

「いろいろあったのさ」


 アキレウスは怪しんで眉を顰めるも、改めて問いかける。


「神になるって話は? どうなった?」

「……人間には無理でした」


 そう答えたのはルーシー。

 ようやくアキレウスも色々と察したのか、ちょっと気まずい顔をする。


「あぁ、じゃあしょうがない……。成程ね、人間には無理だったか」


 エンピリアン達の夢は破れた。誰一人として神になる事も、天国の住人になる事もできなかった。

 でも……それで良かったと思う。超能力を持っていても、人間は人間なんだ。それ以上の存在にはなれない。ただそれだけの事……。



 更に一週間後、モーニングスター姉妹にアメリカから迎えが来た。あのマリアさんとフレッドさんだ。

 僕と上澤さんの立会いの下、三階の会議室でルーシーとヘスペリアは迎えの二人と対面する。

 四人は英語で話をしていたから、完全には聞き取れなかったけれど、そう悪い事を言っている雰囲気ではなかったと思う。

 話が一区切り付いたのを見計らって、僕はマリアさんに聞いてみた。


「これから二人はどうなるんですか?」

「アメリカの超能力研究所で働いてもらう事になります」

「何か罪に問われる様な事は……」

「いえ。アメリカ本国で何かをしたという訳ではないので」

「元の生活に戻れるんですか?」

「それは難しいですね。監視が付きます。でも、悪い様にはしませんよ。二人には超能力の更なる解明に寄与してもらいます」


 二人にとっても日本よりは生まれ故郷のアメリカで暮らす方が良いんだろう。

 ルーシーは僕と目が合うと、小さく頭を下げた。


「お世話になりました」

「ああ、いいえ。そんな」


 そのままルーシーとヘスペリアはマリアさんとフレッドさんに連れられて、静かにウエフジ研究所を後にする。東京を大混乱に陥れた罪は大きいけれど、二人に不幸になって欲しいとは思わない。これからはその能力を良い事に使ってもらいたい。



 モーニングスター姉妹がウエフジ研究所を離れて、更に一週間……残りのエンピリアン四人は研究所内限定ではあるけれど、一定の自由行動が許される様になった。

 アキレウス(本名は入崎いりざき累主るいすらしい)とジョゼ・スガワラは、退屈凌ぎにジムに通い始めた。ジムの運営者の有徳さんや、常連の高台さんとは問題なく仲良くやっているみたいだ。

 半礼寅卯――ウサギさんは僕の部屋に入り浸る様になった。海外の大学を飛び級で卒業したかなり頭が良い人らしいので、時々勉強を見てもらっている。

 小館真名武だけは自罰的な精神状態から抜け出せずに、地下の室内で瞑想する日々を過ごしている。もっと自由に過ごしても良いと思うんだけどな……。

 それとアキレウスとジョゼ・スガワラは近い内にC機関に移籍するかも知れないという話を、上澤さんから聞いた。功をもって罪を償うという事だろう。そのぐらい前向きな方が、生き易くて良いと思う。





 ――時は経ち、天国と地獄の一件からはや半月……。遅い梅雨入りで蒸し暑い日々が続く。あれから大きな事件の話は聞かなくなった。

 もしかしたら僕を休養させるつもりで、僕には話さずに裏で処理しているだけなのかも知れないけれど、このまま平穏な日々が続いてくれるとありがたい。車やバイクの免許を取ったり、高卒認定試験を受けたり、僕にもやりたい事がある。そして……行く行くは海外のフォビアの人達も助けたい。

 僕の人生はこれからなんだ。他の人達も、きっとやり直せる。罪を背負って生きて行く事は苦しいけれど……。必ず立ち直れると、僕は信じている。

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