第10話 俺の、ドア
どうやら俺は、本当に冒険者とやらになってしまったらしい。
またしても朝一で我が家の鈴を鳴らしてきた大聖女の手からカードを手渡され、非常に憂鬱な気分にさせられた。
この銅色のカードが、冒険者であることの証らしいんだが。
「良かったですわね。わたくし、ゼルさんを紹介できてものすごーく嬉しいんですの」
「まあ、もう冒険者云々はどうでも良いんだが、君は最近俺を気にしすぎじゃないか?」
差し出した紅茶に唇をつけながら、シエナはキョトンとした顔でこちらを見上げている。あーあ、もう少し眠っていたいのに。
「だってぇ。ゼルさん、わたくしがサポートしてあげないと、悪い人に騙されちゃいそうな気がして」
「サクッと誘拐されていたような奴が言うか!」
「あ、あれはー。その、彼らの演技力が素晴らしかったといいますか」
「どっからどう見ても、野蛮な男どもってなりだったがな」
「ううう。酷いですわ。まるでわたくしがおバカさんみたいじゃないですか」
おバカさんとまでは言わないが、世間知らずであることは間違いないな。しかし、コロコロと表情が変わるというか、落ち込んだと思いきや一転、ぱあっと明るい笑顔になって身を乗り出してくる。
「時にゼルさん。わたくしとパーティを組んで、冒険に出てはみませんか?」
「断る」
「はやっ!? どうして即答なんですの? 冒険者の仕事ってとっても素晴らしいんですのよ。困っている人を助け、多くの危険な戦いに身を投じていく。それはそれは尊い行いですわ」
「興味ないな。俺は、戦ったり身を粉にしてして働いたり、そんな日常を過ごしたくはない。とうわけで、寝る」
どうあっても働くつもりなどない。俺がベッドに入り込んで睡眠の海に溺れようとした瞬間、白い手がシーツを掴んで強引に引き剥がそうとしてきた。
「いけませんゼルさん! そうやって昼間から眠っていたら、きっと腐ってしまいますわ」
「いいんだよ、俺は腐っても」
「なりません! 早くベッドから降りるのです。今からわたくしと冒険者ギルドへ向かいましょう」
「なんでそうなるんだよ!? 行かないぞ。行かないったら行かない」
「行くったら行くのですっ。ゼルさーん」
しかし奇妙な奴と知り合っちまったもんだ。おかげで全然ぐうたらできやしない。だけどさ、こうやって引っ張りあってるうちはまだ良かったんだ。扉を叩く音が聞こえてきた時、本格的に昼寝の夢が絶たれた。
何度も何度も、呼び鈴があるのにドアを叩いてくる音で、シエナがシーツを引っ張る手が止まる。
「すまない。ちょっと開けてはもらえないだろうか。俺は聖騎士の一人だ。この辺りに大聖女シエナ様がいらっしゃる筈なのだが、ご存知ないか?」
「ほら、ご存知ないかだってよ。ご本人」
「しー。静かになさって下さいませ」
急に小声で逃亡中の罪人みたいにコソコソし出したなんとか聖女。まあ、静かになるのはいいことだな。っと思っていると、ドアを叩く音がだんだん強くなってくる。
「今確かに話し声が聴こえたが。いるんだろう? 出てきてくれないか」
「あれだけ言ってんだからドア開けてやれよ」
「嫌です。あの人達ったら、護衛だなんだと言って、すぐにわたくしから自由を奪うのです」
守られてるっていうのは、幸せなことだと思うのだけれど。まあ、俺も護衛がつくことが嫌で仕方なかった時期もあったからな。分からなくはない。しかしうるさい。人の家のドアとは思えないほど強く叩くようになってきた。
「君達! 今声が聞こえたぞ。さては居留守を使っているな。何かやましいことでもあるのか? さっさと出てこい!」
「もー! なんなんですの!? さてはセンタですね。お帰りくださいませ!」
おお! ついに大声出しちゃったよ。センタっていう人が向こうにいるわけか。
「な! そのお声は大聖女様! こちらにおられるのですか!? ドアを開けてください。一体なぜこんなボロい家に」
失礼な奴だ。もう少し表現の仕方というものがあるだろうが。
「嫌です! わたくしはゼルさんとお話があるのです。それに、今日は自由にしていただける日だった筈でしょう」
「そ、それが聖女様……。実はあなた様に折り入ってお願い、」
「嫌です! 嫌です嫌です!」
世話のやける子供みたいな返答をされて、ドアの向こうにいる奴は頭を抱えているんじゃないかと思った。まあ、当たらずも遠からずだったようで、男は困惑がありありと伝わる情けない声を上げる。
「無理強いなどするつもりはありませぬ。ただ、司祭様もお困りのようですし、本件にはある大貴族殿が」
「もーう。せっかくのお休みでしたのに。わたくしはこの、ゼルさんのベッドから離れるつもりはありません」
「離れろ! そして休日出勤しろ」
横槍を入れるのもなんだが、ここは俺の家だ。騒ぐなら他でやれ。こうなったら聖女の腕を引っ張って騎士の元へ連れて行くかと考えた矢先、何やら空気が変わり始めていることに気がつく。
「ベッド……ですと? ま、まさか。あの……聖女様。ゼルというのは、男でございましょうか?」
「はい! ゼルさんは立派な男性ですわ」
「あ、あああ! まさか! 昼間から男に騙されてしまったのですか! お、おのれ……おのれ! 許せえええええん!」
ん? なんか矛先が俺に向いてきていないか? プイッと扉からそっぽを向けるシエナ。
「ちょっと待て。よく分からんが奴は何か勘違いしてる。誤解を解いてこよう」
「あ! そんなぁあ! ゼルさん、わたくしを捨てるおつもりですの」
「拾った覚えすらない!」
やれやれと誤解を解くべく、玄関扉のドアノブに手をかけようとした時だった。
「きええええー!」
気合い一閃、ドアがバツの字に亀裂が入ったかと思うと、あっさりと崩壊して風通しが非常に良くなった。
「俺の、ドア」
「貴様がゼルか!? 聖女様をたぶらかーーーーああ!?」
センタとか呼ばれていた騎士は短髪で背が高く、鎧の上からでも解るほど筋肉質な男だった。ロングソードを持っていない方の拳が唸りを上げて俺の顎を狙ってくる。それをしっかりと手で掴まれた騎士は、目を白黒させている。まあ、相手が普通の騎士クラスだったら、別にこのくらいはできる。魔王だったわけだし。
「つ、掴んだだと? 岩をも粉砕する高速の拳を」
「さすがはゼルさんですわ! 魔法だけじゃなくて、体術まで一流ですのね」
「やかましい! いいから弁償しろぉお!」
俺は騎士とやらを風魔法で吹き飛ばし、ついでに聖女も窓から飛ばした。
「うおおおお!?」
「ああーん!」
ここまで不敬なことをしやがるような奴は、魔王時代なら即刻粛清しててもおかしくなかったが、まあいいだろう。後で聖騎士団とやらに修理代を弁償することで勘弁してやる。
とにかく、俺は騒ぎを起こすわけにはいかないんだ。穏便に、目立たないようにしていなくちゃ。しかし、どっかの聖女が絡んでくることで、なんか段々目立ってきてるような感じがする。
◇
「ゼル殿。先程は僕の勘違いにより、大変な無礼を犯してしまい申し訳ない。心から謝罪する」
「もう! センタはいっつも早とちりして、困りものですわ。ねえゼルさん」
「………」
つい先程ぶっ飛ばしたばかりだというのに、こいつら速攻で戻ってきやがった。
「すぐに修理の者を手配したよ! 僕に任せておいてくれれば、万事問題ない」
「問題だらけになりそうな気がするが……まあいい。わかった」
「そういえばセンタ。先程わたくしにお願いがある、なんて仰ってましたよね。どうされたのです?」
センタは流れる汗をハンカチで拭いながら、畏まったように片膝をつく。嫌な予感がする流れだ。
「実は、今回はシエナ様に、メイソン伯爵が折り入ってお願いしたい仕事があるとのことで。急いで報告しにきたのです!」
「まあ! あのメイソン様が、わたくしに?」
チラっとこっちを見てくる聖女様。なんで俺を見るんだよ。いや、ここは反応しちゃダメなやつだ。遠い目をしてやり過ごそう。
「はい。なんでも、聖女様とそのお仲間、ごく一部の限られた者に依頼したいことがあるそうです。冒険者ギルドなどには頼めないようでして、どうもワケありです」
「ゼルさん。メイソン伯爵って、とっても有名な貴族様ですの。ここで依頼を受けておけば、今後きっと素晴らしい事が待っていますわ」
「空が綺麗だ」
こっちに話を振るんじゃない。どう考えても厄介そうな依頼じゃないか。
「わたくし、ゼルさんとなら問題ありませんわ。伯爵に宜しくお願い致します」
「かしこまりました!」
「こら! 俺はまだやるとは言ってないだろ!」
土地柄なのか知らんが、強引に話を進めようとする奴が多いのが困る。
とりあえず俺は、シエナの頼みもメイソン伯爵の頼みも聞くつもりはなく、頑として首を縦には降らなかったのだ。
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