第237話 本気の勝負⑩
いま使っているマイクはそれほど高性能ではないけど、音質は決して悪くないし、小さな音もしっかりと拾ってくれる。
例えば、お腹の音。普通の声量で話している最中だとしても、『お腹鳴った?』とか『お腹の音聞こえた』といったコメントが流れてくるぐらいにはリスナーさんの耳に届いている。
じゃあ、頬へのキスはどうだろう。
唇が頬に触れた瞬間の音だけじゃなく、その前後の息遣いは?
答えは、目で追えるレベルを遥かに凌駕する速度で流れるコメントが物語ってくれている。
すべて一瞬で流れていくから、『うおおおお!』とか『てぇてぇ!』といったシンプルかつ短めのコメントしか頭に入ってこない。
「いや~、すごい盛り上がってるねっ」
「よ、喜んでいいのか分からないです」
「みんな得してるんだから、素直に喜ぼうよ!」
「そうですよね、ちょっと恥ずかしいですけど……」
納得しつつも、照れて頬を赤くするミミちゃん。
言うまでもないけど、あえて言いたい。めちゃくちゃかわいい。
プライベートだったらこのまま抱きしめて唇を奪うところだ。
「それじゃ、気持ちを切り替えて次の試合にいくよ~!」
ご褒美の余韻に浸りつつ、次の試合に向けてマッチングを開始。
メンバーがそろい、チーム分けをしてコース選択へ。
十試合のうち二試合が終わり、いまのところ一勝一敗。
先に五勝すれば最低でも引き分け、六勝すればその時点で勝利となる。
残る八試合のうち五回勝てれば、腕枕をする権利はあたしのものだ。
***
八試合目を終えた時点で、あたしの戦績は三勝五敗となっている。
そして迎えた九試合目の第四レースで、あたしはミミちゃんの後塵を拝する形でゴールした。
チームリザルトが表示される直前、嫌な予感とでも言えばいいのか……解答欄は全部埋めたけど自信があるとは言えないテストを返却される瞬間のような感覚に襲われる。
「やったー!」
この世で最もかわいく美しく可憐で魅力的な歓喜の声が、部屋に響き渡った。
至近距離かつ生で聞けるという幸せを享受しつつも、今日この時に限れば手放しで喜べることではない。
表示された総合リザルトは、ミミちゃんのチームが一ポイントの差で九試合目を制したことを示している。
つまり、ミミちゃんが六つ目の勝ち星を挙げたということだ。
振り返ってみると、序盤は一試合目がミミちゃん、二試合目はあたしのチームが勝利という五分の展開。
続く三試合目だけでなく四試合目も続けて敗北を喫することになったものの、五試合目は危なげない勝利を収めることができた。
ただ、そこで勢いに乗れず六試合目で再び敗れ、さすがに焦りつつも七試合目はどうにか勝利。
八試合目を落としたことで絶望しかけたけど、残り二試合を勝って引き分けにできれば延長戦に持ち込めると奮起して頑張った。
全力を尽くして頑張りはしたものの、勝利の女神はミミちゃんに微笑んだ。
「ミミちゃん、おめでと~!」
コントローラーを置いて、惜しみない拍手を送る。
負けたのは悔しいけど、いまは見事に勝利を手にした最愛の恋人を全力で称えよう。
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