第203話 大根おろしっていいよね

 なぜか分からないけど、今日は朝からずっと大根おろしを欲している。

 朝ごはんにトーストを食べている時も、お昼に視聴者参加型のレースゲーム配信をしている時も、夕暮れ前にミミちゃんと近所のスーパーへ買い物に出かける時も、大根おろしの存在が意識から完全に消えることはなかった。

 その旨をミミちゃんに話すと、彼女もまたあたしと同じく大根おろしの気分に。

 というわけで、今日の晩ごはんは大根おろしを心行くまで食べることにした。

 葉っぱはしっかり洗ってから適度な大きさに切って、お味噌汁の具にする。

 少し分厚めに剥いた皮は棒状に切り分け、ポン酢と共にジップロックに入れて軽く揉んでから冷蔵庫へ。

 おろし金と大きめのボウルを用意したら、いよいよ大根おろしの作成に取りかかる。


「よ~しっ、気合入れてすりおろすよ!」


「ケガしないように気を付けてくださいね」


「了解!」


 ちなみに、ミミちゃんはだし巻き卵を作ってくれている。

 グリルの中では秋刀魚が焼かれ、お総菜コーナーで買った唐揚げはレンジの近くで待機中。

 だし巻き卵、秋刀魚の塩焼き、鶏のから揚げ。どれも大根おろしとの相性は抜群だ。


「丸ごと一本分の大根おろしなんて、何気に初めてだよね」


「確かにそうですね。たまに丸ごと使うことはあっても、サラダとか煮物とか、何種類かのメニューに分けて使いますから」


 言うまでもなく、大根は本当に優秀な野菜だ。

 安くて体によくて、いろんな用途に使えて、そしておいしい。

 ミミちゃんと大根おろしについて話しながら、あたしはひたすらに大根おろしを生成し続けていく。


***


「つ、疲れた~……」


 いまバッティングセンターに行ったら、多分スイングの途中でバットがすっぽ抜ける。

 それほどまでに、一本分の大根おろしを作るのは相当な握力を要する作業だった。

 普段から力仕事をしている人や握力が強い人は、同じことをしても平然としていられるのだろうか。


「あとはわたしに任せて、ユニコちゃんはソファで休んでください」


「ありがと~。申し訳ないけど、そうさせてもらうね」


 お言葉に甘えてソファでのんびりしつつ、食卓の準備が整っていく様子を眺める。

 少し休憩すると手の疲労感もだいぶ軽くなったので、あたしもミミちゃん共に支度を進めていく。

 テーブルの中央に鎮座するのは、大量の大根おろしが入ったボウル。取り分けるために使うスプーンも忘れていない。

 炊き立てのごはんと熱々のお味噌汁、ミミちゃん謹製のだし巻き卵、秋刀魚の塩焼き、大根の皮の浅漬け、そしてレタスとトマトのサラダ。

 お総菜の唐揚げをレンジから取り出してテーブルに運べば、準備完了。後はもう食べるだけだ。


「「いただきますっ」」


 逸る気持ちを抑えて、まずはお味噌汁を飲んで胃を温める。

 続いて、だし巻き卵を一口サイズにカットして、そこへ大根おろしをトッピング。


「あむっ……ん~っ、おいひい!」


 だし巻き卵は味も火加減も絶妙で、ただでさえ凄まじい満足度のおいしさが大根おろしによってさらに底上げされている。

 慌てずによく噛み、しっかりと味わってから飲み込む。

 余韻に浸りつつ、次は脂ののった秋刀魚をいただく。

 お箸を押し当ててパリッと焼けた皮を割けば、見るからにおいしそうなホクホクの身が姿を現す。

 大根おろしとの相性は言わずもがな。

 材料費で言うと決して高くはないけど、とんでもない贅沢をしている気分になるほどおいしい。


「ミミちゃんっ。はい、あ~ん」


 こういう恋人っぽいことも楽しみつつ、あたしたちは望み通り心行くまで大根おろしを堪能した。

 食べる前には『残ったらラップして明日食べよう』なんてことを話してたけど、結局余裕で食べきることができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る