第18話
「新たに発覚した被害者は一年G組の鳴坂ミオ(なりさか みお)という生徒だ。彼女は靴を盗まれなかったが、どうやら下駄箱を物色されたらしい。犯行時間はやはり月曜日で二時限目までに起きていた」
「盗まれなかったのに、犯人が何かしたのはわかったの?」
レイの報告にユウジは補足を求めるように質問を行う。被害者と犯行時間はわかったが、未遂で終わった理由は謎である。
「ああ。昨日の夜、私と同様に君の靴を盗む者がいるからかもしれないと彼女に警告したんだ。そうしたら、既に下駄箱を誰かに弄られていたかもしれないと証言してくれた。月曜日の体育から戻ったら、鍵のダイヤルがいつもとは違う位置にあったそうだ。実は彼女の鍵は一ケタ目が壊れかけていて、動かすのに少しコツがいるらしい。それで犯人は下駄箱を開けることが出来ずに断念したと思われる」
「それは不幸中の幸いと言うべきか・・・」
ユウジはレイの説明に納得を示す。鍵が壊れかけていたから盗難を防げたとは何とも皮肉である。
「ああ。いずれにしても中身は無事だし、隣を使う生徒の手や身体が当たった可能性もあるから、彼女もその時はそれほど気にしなかったようだが、私の警告で思い出したそうだ」
本校舎の下駄箱には三ケタのダイヤル式の簡易錠が付いており、使用者が任意で番号を設定することが出来る。その番号を忘れた場合に備えて、マスターキーに値する特殊な工具が存在するのだが、ダイヤルが壊れていた場合はその限りではない。仮に犯人がマスターキーを持っていたとしても、犯人は諦めて退散したのだと思われた。
「その子もやはり、足のサイズは25㎝なんだね?」
「ああ、もちろんそうだ」
ユウジの確認にレイは当然とばかりに頷いた。
「なるほど・・・やはり25㎝に特別な意味があるのは間違いか。じゃ、この足のサイズを持つ他の女子にも確認や警告はしてあるんだね?」
「いや、G寮でそのサイズの女子は私を含めてこの四人だけだ。これで犯人像が更に少し狭まったな。私の時もそうだが、全員が授業中に狙われている。これらの時間に学園内を自由に動けた者が、犯人であるのは間違いない」
レイは犯人に至る確かな道筋を指摘する。
「そうすると、次は犯行時間帯に学園を自由に出歩けた者を洗い出すわけだ」
「ああ、そうだ。その時間に授業のなかった教職員、生徒、学園スタッフを容疑者としてリストアップする必要がある」
「おお、何人出て来るかな?!」
具体的な策が示されたことでユウジはレイに問い掛ける。これまでは学園内の全ての人間が容疑者である可能性があったのが、複数の犯行時間を組み合わせることでかなり絞り込まれると思われた。
「そんなには多くはないと思う。せいぜいニ、三十名だろう。そこから動機やアリバイなどで更に絞り込んで・・・。まあ、今日は漏れのないリストを作ることに集中しよう。病欠で寮にいたはずの生徒の可能性もある。欠席状況や保健室の利用も調べないとだ」
「な、なるほど。それはかなり大変だ!」
「おはよう、レイ。そして高遠君、ところで何が大変なのよ?!」
レイの指摘で捜査の大変さを噛みしめたユウジだったが、突如後ろから声を掛けられる。顔を向けたユウジに身支度をきっちりと整えた川島の姿が映った。どうやら、いつの間にか彼女が食堂にやって来る時間になっていたようだ。
「え、えっと・・・」
事件の捜査はレイと自分との二人だけの秘密としていたし、先程の話題の本人が現れたこともあってユウジは返答に困る。
「おはよう、ミスズ。私との付き合い方のことだよ。そう簡単にキスはさせないと伝えたんだ」
「ち、ちょっと!! レイとキスですって!!」
レイが代わりに答えるが、それは助け舟ではなく、むしろ川島を激しく興奮させる。そもそもレイの位置からは川島が近づいてくるのが見えたはずなので、一言くらい警告があっても良い。どうやら彼女はこの状況を狙って作り出したらしい。
「き、キス?! いや、川島さん声が大きいって!」
「そうだ、ミスズ。キスについては冗談だ。ふふふ」
込み始めた朝の食堂ではあったが、川島の悲鳴にも似た問い掛けは周囲の注目を浴びる。そのためレイの発言でユウジ自身も動揺させられていたが、なんとか彼女を宥める。幸いにも珍しく空気を呼んだレイが早々に冗談であることを白状した。
「もう、レイ! また私をからかったわね!!」
不満を口にする川島だったが、安心した笑顔を見せるとユウジの隣の席へと腰を下ろした。さすがにレイの友人だけあって切り替えが早いようだ。
「お、おはよう、川島さん。あれ? こっち側に座るんだ?」
ちょっとした波乱があったものの、捜査の話を誤魔化せたことでユウジは改めて挨拶と疑問を伝える。川島はレイの隣に座ると思っていたからだ。
「私はレイの顔を見て話をしたいだけ、別に高遠君の隣を選んだわけじゃないよ。勘違いしないでよね」
「ああ・・・そういうことか」
川島の解答にユウジは納得を示す。横に並ぶ方がより親しい間柄のような気もするが、確かにレイの顔を見て会話をしたいのであれば前側一択となる。
「ミスズ、その発言は一昔流行ったツンデレみたいだぞ」
もっとも、レイが川島の言葉尻を見逃すはずもなく、再びちょっかいを出す。
「・・・デレることはないからツンだけね! 頂きます」
先程は激しく動揺した川島だったが、その突っ込みには冷静に対処して食事を開始する。レイは油断しているところに問題発言を投げ入れて来るので毎回驚かされるが、心構えさえ出来ていれば対処は可能なのだ。
「だそうだ、ユウジ。デレはないらしい」
「まあ、世に中にはツンすらされない男もいるしね。こうやって女子二人とテーブルを囲めるだけで満足だよ」
川島に軽くあしらわれたレイはユウジに話を振るが、彼も冷静に答える。
「さすがに二人とも立ち直りが早いな、ところで今日の本田(ほんだ)先生の科学があるから少し厄介になるぞ」
二人の態度から、これ以上のちょっかいは無粋になると判断したのだろう。レイは軽い雑談へと話題を切り替える。
「ああ、だから昨夜は科学をメインに予習をしたよ」
「そうね、私も本田先生は苦手」
レイの意図を理解してユウジと川島も同意を示す。本田は科学の担当の男性教師だが生活指導も兼任しており、その中でも特に厳しいことで知られている。生徒からすれば最も目を付けられたくない先生だった。
「・・・じゃ、そろそろ俺は先に行くよ」
しばらくの間、レイ達と厳しい生活指導教師の話題で盛り上がっていたユウジだったが、頃合いと見て腰を上げる。さすがに登校まで彼女達と一緒では他のクラスメイトの目が気になるからである。それに川島にレイと二人きりの時間を与えるためでもあった。彼女と友好な関係を築くには恨まれてはならないのだ。
「ああ、ユウジ。また後で」
「またね」
レイも軽く頷くとしばしの別れを告げる。川島もそれに続いたので、少しは打ち解けることが出来たようだった。
「うん、また!」
最後に一言添えるとユウジは食堂を後にした。
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