第7話

 杜ノ宮学園は中高一貫の私立校だけに学校設備は充実していた。高等部だけでも体育館は第一、第二と二棟備えており、生徒達の授業と部活動が差し障りなく運用できるよう配慮されている。

 それでも体育館を利用する室内系の運動部は多く、一度に使うことは出来ない。そこで体育館の使用は部の規模によって曜日ごとに割り振られていた。今日は火曜日なので、第一体育館を利用するのは男子と女子のバスケットボール部、第二体育館は男子と女子のバレーボール部といった具合だ。

 話を切り上げたユウジとレイの二人はそんな二棟の体育館が並ぶ渡り廊下を進み、第二体育館に向う。体育館は双方とも二階建てとなっており、二階部分が講堂を兼ねた体育館、その下は各種倉庫とトレーニングルーム等が用意されている。なので、二階の体育館を使えない日の運動部はこのトレーニングルーム、あるいは学園と外界を隔てる高さ3メートルの外壁内側に設けられたマラソンコースを使って練習や鍛錬をすることになる。


 レイに続いて渡り廊下を歩むユウジは窓から、早くも第一体育館のトレーニングルームでストレッチを始めている生徒達の姿に気付く。細身のラケットを持っている者がいるので、おそらくはバトミントン部だろう。

「そういえば、レイは部活をやっていないんだね」

 スポーツに励む同校生達の姿に触発されたユウジは雑談としてレイに問い掛けた。昨日の一件で彼女が高い運動能力を備えているのは把握している。もしかしたら何かしらのスポーツ経験があるのではと思ったのだ。

「ああ。高校に上がってからはやっていないが、中学まではダンスをやっていたよ」

「おお、ダンス! だから体幹が強いのか!」

「それほどでもないと思うぞ。中学は部活動が必修だったので、仕方なく週に二回の活動で済むダンス部を選んだだけだからな」

「それであの身のこなしと足の速さなのか・・・凄いな」

「そうか? まあ、小さい頃は色々なことをやらされていたから、それで運動神経が鍛えられたのかもしれないな。ところでユウジも何かやっていたのか? 昨日一緒に三階まで駆け上がったが、全く息切れをしていなかったぞ」

 今度はそっちの番とばかりにレイはユウジに質問を返す。


「ああ・・・実は前の学校では陸上部に入っていたんだ。こっちに転入したのは二年の二学期からだったから、もう続けなかったけどね」

 レイの目敏さに改めて感心しつつもユウジはかつて自分が所属していた部活動を教える。

「ほう、陸上部か・・・純粋にフィジカルの高さを争う競技だな。しかし陸上競技と言っても色々ある。ユウジは何をやっていたんだ?」

「えっと、中距離の800と1500メートル走だよ・・・」

 更に質問を繰り返すレイにユウジは困ったように答える。自分でも陸上競技は球技系のスポーツに比べれば地味であり、その中でも特に中距離は際立って地味だと自覚しているからだ。

「なるほど、陸上競技の花形と言える百m走やマラソンのようにライブ中継がある長距離でもなく、中距離なのか。ユウジは本当に平凡だな」

「いやいや、確かに目立つ種目じゃないけど、中距離、特に1500mは奥が深いんだ! 持久力はもちろんだけど、駆け引きを読む頭脳と勘、最後のストレートでは短距離並の瞬発力、そして根性が問われる陸上競技の中でも総合的な能力が問われる種目なんだよ!」

 地味なのは自分でも理解していたが、ユウジは中距離の魅力をレイに熱弁する。既に競技からは引退している身だったが、やはり自分がやっていた種目には愛着がある。彼女にはそれを伝えたかったのだ。


「冗談で平凡と言ったが、別に侮ったわけじゃないさ。なるほど・・・陸上の中距離をやると総合的に身体を鍛えられるし、駆け引きのような心理戦にも強くなるわけか。ふふふ、そんな競技を選んだ人物が本当に平凡であるはずないからな!」

 ユウジの力の入った説明にレイは理解を示す。

「そ、それほどでもないよ。正直に言えば100m走で勝てるならそっちを専門にしていたし」

 レイから褒められたのは嬉しいが、未だに誤解しているようなのでユウジは自分が中距離を選んだもう一つの理由を伝える。

「いずれにしても、中距離走のようなフィジカルの限界に挑む競技をやっていたんだ。それだけでユウジ、君は見た目ほど平凡じゃない。私の推測が正しかったことが証明されたわけだ」

「・・・レイはスポーツが出来る男子が好みなの?」

 あまり謙遜してはレイの機嫌を削いでしまうと考えたユウジはさり気なく話題を変える。ついでに彼女の本心を知るチャンスとした。

「特にスポーツマンが好きということはないな。まあ、フィジカルが高いに越したことはないが・・・率直に言えば、ユウジのことはあまり異性として見ていない。強いて言うなら価値観を解かり合える相棒だな」

「・・・本当に率直だ。でも、レイらしい。勘違いしなくて済む」

 淡い期待を込めた質問だったが、それを察したのかレイは誤解のないように否定する。もっとも、ユウジも彼女が自分に恋している、などという幻想を本気で夢見ていたわけでないので現実を受け入れる。

「まあ、今はだ。君のがんばり次第で私の気も変るかも知れないぞ。少なくても私は同性愛者ではないからな」

「・・・でも、積極的に言い寄って来るような男は好みじゃないんだろう?」

 期待を持たせるようなことを口にするが、この頃になるとユウジもレイの独特の価値観、あるいは捻くれた性質を充分に理解していた。彼女は自分を追う男には興味がないのだ。

「ふふふ、そうだ! さすがはユウジ、わかっているな!」

「無理ゲーじゃないか! まあ、俺はレイ、君の平凡な相棒で甘んじるよ。一緒にいれば退屈はしないからね」

 難攻不落のレイの態度にユウジは皮肉と共に自分の立場を明確にする。

「ん? 本当に甘んじていいのか? 私みたいな可憐な少女と深い仲になる・・・いや、冗談はこの辺で。あそこに目的の被害者がいる。始まる前に話を聞こう!」


 悪女の片鱗さえも見せ始めたレイだったが、第二体育館の入口に差し掛かると、女子バレー部員と思われる女子生徒を目指して歩く速度を上げる。膝に付けているサポーターを気にしているところを見ると、少し前に着替えを終えて体育館に来たようだった。

「ああ、丁度良いタイミングみたいだ」

 ユウジも同意し、それまでの雑談を切り上げる。まずは聞き込みが優先である。この二人は合理的な考えを持っているという点では深く共感していた。

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