オモテとウラのパラドクス ~朝起きたら女になってました!? TSから見る裏側の世界~

朝食ダンゴ

プレ・エピローグ

 全力疾走を始めて数分が経っていた。


 俺の肺は、既に限界を越えている。吸っても吸っても、酸素が肺に入ってこない。

 それでも俺は止まらない。俺が俺であるために、行かなければならない。

 毎日通っている校舎だというのに、今の俺にはまるで出口の見えない迷路のようだ。目の前が霞む。喉が焼けるように痛い。荒い息を吐き出し、もつれそうになる脚を無理矢理前に押し進める。汗と雨の染み込んだ長い髪がひたすらに邪魔だ。


 星と月光だけが照明の廊下を力の限り走った。身体中が悲鳴をあげているが、そんなことは問題ではない。

 今だからこそ思う。なんの見返りもなくどんな願いでも叶えてくれるなんて、そんな都合の良い事なんかあるはずがなかった。間抜けな俺は、奴の口車にまんまと乗せられたのだ。


「くそ」


 暗闇の中で、俺は悔やむ。

 あの時、俺が少しでも信じる心を持っていれば。玲於奈の言葉に、もっと耳を傾けていれば。

 こんな事には、ならなかった。


「くそ!」


 何度無意味な悪態を吐いただろう。だからといって、吐かずにはいられない。傷付いた唱子を置いてきたことも俺の背に重くのしかかる。俺の左手の甲に浮かぶ紋。あいつに託された鍵を無駄にするものか。

 奥歯を噛み締めやっと理解した自分の愚鈍さを呪いながらなおも疾走する。

 今度こそ返してもらうぞ。

 階段を駆け上がり、そのまま廊下に飛び出す。壁に激突。知るか。

 目的地が見えた。磨ガラスの窓から白い光が漏れ、扉は邪魔者を排除するように閉ざされている。


 最上階。〝二年二組〟とプレートされた部屋の前で急制動をかけ、扉に勢いよく手をかける。汗で滑った。くそ。もう一方の手で、強引に開く。


「っ……」


 眼前の輝きに一瞬だけ瞼を閉じたが、眩しいのを堪えて目を開く。

 鋭い光のたちこめる広い教室。その中心に、黒装束に身を包んだ小さな少女と、呆然と立ち尽くす玲於奈。


 そして――


 光に包まれて浮かぶ、《俺》がいた。

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