23. 即終了
「――は?」
今俺の中にある思いの丈を一言に集約するなら、きっとこの言葉以外にないだろう。
たった一文字しか口から出てこないほど、今の俺の中はあらゆる感情で埋め尽くされていて、思考がまとまらないのだ。
次のシーンに移ったら、いきなり展開が変わっていたような。そんな読者を混乱させるような事態が、今目の前で起きている。
「ねえヘージ。私たちって今夢の中にいるのかしら?」
「ほっぺでもつねってやろうか?」
「お願いするわ」
おそらく隣にいるナノも、俺と同じ気持ちなのだろう。
あり得ないものを見たような。そんな、目の焦点を合わせることすら忘れてしまう一瞬の出来事が、今目の前で起きたのだ。
「――痛たたた!! ちょっと! そんなに強く引っ張らないでよ!」
「あ、すまん……なあ、俺たちって今夢の中にいるのか?」
「それさっき私が言ったわよ」
あり得ない。あり得て欲しくない。
今まさにドラゴンとのバトルが幕を開けようとした瞬間、刹那の時間で幕を下ろされたのだ。
もっとかみ砕いて説明するなら、エレナが一瞬でドラゴンを倒したのだ。
「ヘージ殿! エレナ殿! 終わりましたよ!」
さっきまで横で作戦会議をしていたはずのエレナは、気づいた時にはドラゴンの眼前まで移動しており、そのままドラゴンの顔面を殴って一発KOを決めていたのだ。
いや、今から壮絶な戦闘シーンが始まるはずだったじゃん。
さっき覚悟を決めたばかりなのに、なんかテンションがすごく下がったんだけど。
「強いなら強いって最初から言ってくれよ。さっきまで作戦練ってた俺たちがバカみたいじゃん……」
「自分は最初から言ってましたよ?! まあでも、これで信じてもらえたようで良かったです!」
「信じざるを得ないわよ、こんな状況……」
倒れたドラゴンの元まで歩いて行ったが、どうやら本当に死んでいるようだ。
あれだけ自分たちを追いかけていたドラゴンが、こうもあっさり倒れると、実はかなり弱かったんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
実際のところは目の前の女が化け物すぎるだけなんだけど。
「そりゃ、あのスピードなら吹っ飛ばされても戻ってこれるわな……」
「自分、パワーとスピードには自信があるので!」
「『人間』って言葉知ってるか? 今度図書館行って辞書を引いてこい」
「――そこまで人間やめてないですよ!?」
いや、やめてるだろこの強さは。
上位のドラゴンであるホワイトドラゴンを、素手のパンチ一発で倒したのなら、人間卒業してても不思議じゃないだろ。
そもそも、空気を撃ちだすとか、空気を蹴って空中を移動するとか、その時点でだいぶおかしいのに、その上ドラゴンまで単騎で倒しちゃったらもう言い訳できないよな?
「いや、むしろ喜ぶべきなのか? こんなに強い武闘家がパーティに入ってくれるのなら、他のクエストなんか一瞬で終わらせられるんじゃ」
「すごい即戦力よ! これでヘージの転職がかなり近づいたじゃない?」
確か、クエストの報酬は当人たちで取り分を決めるが、クエストクリアで取得できるスキルポイントに関してはキッチリ等分されるはずだ。
今回はエレナだけしかこのクエストを受けていないから、報酬の取り分もスキルポイントも全て彼女のものだが、これから先、三人でクエストを受ければ楽して転職も可能だろう。
「ヘージ殿。どうでしょうか? 自分は、自分なりの強さを示せたと思います」
ドラゴンですら歯が立たない化け物じみた強さをもつエレナ。それが仲間になってくれるのなら、どれだけ心強いか。
エレナは少し心配そうな目でこちらを見てくるが、答えはもう決まっている。
「もちろん合格だ。強さに関しては文句のつけようがない」
っていうか、エレナと恐らくこいつより強いであろうエレナの師匠の二人がかりで倒せない魔王軍幹部ってどんだけ強いんだよ。
いや、むしろ俺たちが弱すぎるのか?
「――ありがとうございますヘージ殿! これから、精一杯頑張らせていただくので、なにとぞよろしくお願いします!」
「あーうん。その、近いんだけど」
パーティに入れることがそんなに嬉しいのか、俺の手を持ってこちらを握ってくるエレナ。
彼女もまたナノとは違うベクトルで美女なだけに、不本意ながら少しドキッとしてしまう。
目を背けようと下に目線を下げると、今度はたわわなメロンが二つあり、すぐに目線を横にそらす。
「何赤くなってんのよヘージ」
今の一瞬の目線の動きを見逃さなかったのか、ナノが冷めた目でこちらを見てくる。
いや、俺悪くないから。今の不可抗力だから。
「んで、これどうするんだ? 流石に放って置くわけにはいかないだろ」
「話逸らしたわよね。今目線も意識も何もかも全部逸らしたわよね」
話を逸らすために、全員の意識を横で倒れてる物体に向けさせる。
秒で終わった戦いの後に残されたのは、雪の上に転がっている瞬殺されたホワイトドラゴン。
某狩りのゲームだったらここから皮を剥いで素材をゲットするのだろうが、この世界じゃゴブリンの角を取ろうとするだけでキモがられるし、かと言ってここに捨てて置くわけにもいかない。
そういえばゴブリンキングの時も倒したゴブリンそのまま置いてきたな。あれどうなったんだろ。
「前にも言ったでしょ。私たちの仕事はあくまでも討伐。そういう仕事は別の人がやるから問題ないのよ」
「それじゃあ、こいつはここに置きっぱなしでいいってことか」
「……じゅるり」
「こいつに食欲湧くとか、感性まで人間辞めてるのな」
まあ、好奇心でドラゴンの肉を食ってみたい気持ちはあるが、流石にこいつを前に涎を垂らすような感性までは持っていない。
何はともあれ、紆余曲折をしながらも目的は達成できたため、とりあえず街へ戻ることにした。
「なあ、帰りもクッソ長いんだけど。まさかまたあの道を歩くの?」
ここまでの長い道とドラゴンとの追いかけっこで、体力が限界突破しており、正直立ってるのがやっとなんだが。
「私の背中に乗りますか? 振り落とされないように捕まってもらえれば街までひとっ飛びですよ」
「歩きます、歩くから。地道に安全に歩いて帰るから」
「あの速度を体感しながら帰るのはね……多分普通に帰るより疲れそう……」
もし彼女の背中に乗って行ったら、振り落とされる自信しかない。
それにはナノも同意のようで、仮にちゃんと帰れたとしても、普通に帰るよりゲッソリしてしまうだろう。
危険な近道より安全な遠回りを選び、三人は雪道をトボトボと進みながら帰路へ就いた。
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